第15話:保守派の"安全講習"が罠
学院から、一通の通知が届いた。
「特別安全講習のお知らせ」という題名だった。
「安全講習……」
ルーカスは、通知を読みながら呟いた。
内容は、魔法や剣術を扱う上での安全意識を高める講習、というものだった。
一見、普通の授業のように見える。
しかし、ルーカスの脳は、何か引っかかるものを感じていた。
「殿下、その講習、気をつけてください」
隣にいたセラが、声を落として言った。
彼女も、同じ通知を受け取っていたようだ。
「気をつける……何にですか」
「この講習、教会の保守派が主催しています」
「教会の保守派……」
「はい。殿下を『禁忌』として監視している勢力です」
セラの言葉に、ルーカスは表情を引き締めた。
教会の保守派。
彼らは、ルーカスを「異形化」の疑いで監視している。
その彼らが主催する講習。
何か、裏があるに違いない。
「罠、かもしれないということですか」
「可能性は高いです。殿下を挑発して、『異常』を引き出そうとしているのかもしれません」
「なるほど……」
ルーカスは、考え込んだ。
挑発に乗らなければいい。
冷静に、普通に振る舞えばいい。
しかし、それが難しいことは、これまでの経験で分かっていた。
「どうすればいいでしょうか」
「欠席する手もあります。体調不良を理由に」
「それは……」
ルーカスは、首を振った。
欠席すれば、「逃げた」と思われる。
それは、疑惑を深めるだけだ。
「出席します。ただし、慎重に」
「分かりました。私も、同行します」
「ありがとうございます」
ルーカスが頷いた。
セラがいてくれれば、少しは安心だ。
* * *
安全講習は、学院の大講堂で行われた。
集まったのは、一年生全員と、一部の上級生。
ルーカスとセラも、その中にいた。
壇上には、講師が立っていた。
黒い衣を着た、中年の男。
教会の監察官の一人だった。
名前は、ヴィンセント・モロー。
保守派の中でも、特に強硬な姿勢で知られているとセラから聞いていた。
「皆さん、本日は安全講習にお集まりいただき、ありがとうございます」
ヴィンセントが、穏やかな声で話し始めた。
しかし、その目は冷たかった。
狩人が獲物を見るような目だ。
「この講習では、魔法や剣術を扱う上での『危険性』について学んでいただきます」
講義が始まった。
内容は、魔法の暴発による事故、剣術訓練中の怪我、そして「異常な力」を持つ者の危険性。
最後の項目で、ルーカスは身構えた。
「異常な力を持つ者は、自分でも制御できないことがあります。そのような者は、周囲に危険を及ぼします」
ヴィンセントの視線が、一瞬だけルーカスに向けられた。
明らかに、自分を指しているのだと分かった。
「では、いくつか質問をさせていただきます」
ヴィンセントが、生徒たちを見回した。
その視線が、ルーカスで止まった。
「第三王子殿下、よろしいでしょうか」
「……はい」
ルーカスは、立ち上がった。
周囲の視線が、一斉に集まった。
「殿下は、ご自身の力を完全に制御できていますか」
直球の質問だった。
ルーカスは、少し考えてから答えた。
「完全に、というのは難しいと思います。誰でも、完全な制御はできないのでは」
「では、制御できない力があると認めるのですね」
「いいえ。誰でも、という意味です」
「しかし、殿下には特別な力があると聞いています」
ヴィンセントの目が、鋭く光った。
挑発だ。
ここで否定すれば嘘になる。
しかし、肯定すれば疑惑を認めることになる。
「特別な力……とは、何のことでしょうか」
ルーカスは、質問で返した。
曖昧にする。
セラに教わったことだ。
「入学式で、机に頭をぶつけても平気だったと聞いています」
「平気ではありませんでした。痛かったです」
「しかし、怪我はしなかったと」
「丈夫なだけです」
「丈夫……どの程度?」
ヴィンセントが、にやりと笑った。
追い詰めようとしている。
ルーカスは、冷静を保とうとした。
「普通より、少し」
「少し、ですか。では、剣術の授業で木剣を何本も砕いたのは?」
「力加減を間違えました」
「魔法の授業で、机が勝手に動いたのは?」
「魔力の暴発です。初心者にはよくあることだと」
「初心者に、机を動かすほどの魔力暴発が起きますか?」
ヴィンセントの質問が、徐々に鋭くなっていく。
ルーカスは、答えに窮し始めた。
「それは……」
「殿下、正直に答えていただけませんか」
「正直に答えています」
「では、殿下の身体は、普通の人間と同じですか」
核心を突く質問だった。
ルーカスは、一瞬躊躇した。
その隙を、ヴィンセントは見逃さなかった。
「躊躇しましたね。つまり、違うということですか」
「そうは言っていません」
「しかし、すぐに『はい』とは言えなかった」
「……」
ルーカスは、言葉を失った。
これは、まずい。
どう答えても、罠にはまる。
そのとき、声が上がった。
「失礼します」
セラだった。
彼女が、立ち上がっていた。
「何でしょうか、セラフィーナ・ヴェルディ殿」
「講習の趣旨から外れているのではないでしょうか」
「何がですか」
「これは『安全講習』です。特定の生徒を追及する場ではありません」
セラの声は、毅然としていた。
ヴィンセントの目が、細くなった。
「私は、『異常な力』の危険性について説明しているだけです」
「殿下を例に挙げる必要はありません。他の事例でも説明できるはずです」
「しかし、殿下は最も分かりやすい例です」
「殿下を『異常』だと決めつけるのは、失礼ではないでしょうか」
セラが、一歩も引かない。
ヴィンセントとの間に、緊張が走った。
「ヴェルディ殿、あなたは監督役でしたね」
「はい」
「監督役として、殿下の『異常』を報告する義務があるはずです」
「報告する『異常』がなければ、報告のしようがありません」
「つまり、殿下には異常がないと?」
「私が見る限りでは、ありません」
セラが、きっぱりと言った。
会場がざわめいた。
監督役が、王子の「異常」を否定している。
それは、大きな意味を持つ発言だった。
「……そうですか」
ヴィンセントの表情が、一瞬だけ歪んだ。
しかし、すぐに元に戻った。
「では、本日の講習は以上です。皆さん、安全には十分注意してください」
講習が、唐突に終わった。
生徒たちが、ざわめきながら退出していく。
ルーカスは、セラのところに近づいた。
「セラさん、ありがとうございます」
「いいえ」
「助けてくれて」
「当然のことです。殿下を守るのが、私の仕事ですから」
セラが、小さく微笑んだ。
しかし、その表情には、緊張の跡が残っていた。
「セラさん、大丈夫ですか」
「……はい。少し、緊張しただけです」
「僕のために、危険を冒してくれて」
「危険ではありません。正しいことを言っただけです」
セラが、きっぱりと言った。
その言葉に、ルーカスの胸が熱くなった。
* * *
講習が終わった後、ルーカスとセラは中庭で話をしていた。
周囲に人がいないことを確認してから、セラが口を開いた。
「殿下、今日の講習、やはり罠でした」
「はい。質問が、明らかに誘導でした」
「殿下が『異常』を認める発言をするように、追い詰めていました」
「セラさんが助けてくれなければ、認めていたかもしれません」
「……殿下」
セラが、真剣な顔で言った。
「今後も、このようなことがあるでしょう。保守派は、諦めません」
「分かっています」
「だから、対策が必要です」
「対策……」
「はい。質問に対する答え方を、事前に準備しておくのです」
「なるほど……」
それは、良いアイデアだった。
想定される質問と、その答えを用意しておく。
そうすれば、本番で慌てることもない。
「やりましょう」
「では、今から練習します」
セラが、質問を投げかけ始めた。
「殿下の身体は普通ですか」
「木剣を砕いたのは本当ですか」
「異常な力を持っていますか」
一つ一つの質問に、ルーカスは答えを考えた。
否定するのではなく、曖昧にする。
嘘をつかず、でも核心には触れない。
「殿下、上達しています」
「ありがとうございます」
「でも、まだ改善の余地があります」
「はい。練習を続けます」
二人は、日が暮れるまで練習を続けた。
* * *
その夜、ルーカスは寮の自室で考えていた。
今日の講習は、危なかった。
セラがいなければ、罠にはまっていただろう。
保守派は、自分を「禁忌」として処分したがっている。
そのために、様々な手を使ってくるだろう。
今日の講習は、その一つに過ぎない。
しかし、セラがいてくれる。
彼女は、自分を守ってくれる。
騎士志望の誇りを持って、正面から立ってくれる。
「セラさん……」
ルーカスは、その名前を呟いた。
胸が、温かくなった。
セラのために、自分も強くならなければ。
彼女に守られるだけではなく、自分も彼女を守れるようになりたい。
そのために、何をすべきか。
力加減を覚える。
感情を学ぶ。
人間として生きる。
それが、今の自分にできることだ。
地道に、一つずつ。
そうすれば、いつか、セラと並んで立てるようになるかもしれない。
ルーカスは、目を閉じた。
明日も、練習がある。
セラと一緒に。
その思いを胸に、眠りについた。




