第13話:セラの模擬戦、ルーカスの応援が変
騎士科の模擬戦が開催されることになった。
各学年の代表が選ばれ、トーナメント形式で戦う。
セラは、二年生の代表として出場することになっていた。
「緊張していますか、セラさん」
模擬戦の当日、ルーカスはセラに声をかけた。
訓練場の控え室で、セラは出番を待っていた。
「少しだけ」
「少しだけ……」
「はい。緊張しすぎると、動きが硬くなりますから」
「なるほど。適度な緊張が大切なのですね」
「そうです」
セラが、小さく微笑んだ。
しかし、その表情には、確かに緊張の色が浮かんでいた。
「セラさん」
「はい」
「僕は、セラさんを応援しています」
「……ありがとうございます」
「絶対に勝ってください。僕は、セラさんが勝つと信じています」
ルーカスが、真剣な目で言った。
セラが、少し驚いたような顔をした。
そして、微笑んだ。
「はい。頑張ります」
* * *
模擬戦が始まった。
トーナメント形式で、一年生から三年生までの代表が戦う。
セラの初戦の相手は、二年生の別クラスの代表だった。
ルーカスは、観客席からセラを見守っていた。
周囲には、多くの生徒が集まっている。
応援の声援が、訓練場に響き渡っていた。
セラが、訓練場の中央に立った。
対戦相手は、茶髪の少年だ。
体格はセラより大きいが、動きに無駄が多い気がする。
ルーカスの分析では、セラの方が有利だ。
「試合、開始!」
審判の声が響いた。
二人が、同時に動き出す。
セラの動きは、洗練されていた。
無駄がなく、的確。
相手の攻撃を見切り、隙を突く。
ルーカスは、その動きを目で追いながら、感嘆していた。
しかし、相手も負けていない。
体格を活かした力強い攻撃を仕掛けてくる。
セラは、それを上手くかわしながら、反撃の機会を窺っている。
ルーカスは、何かしたくなった。
セラを応援したい。
彼女の勝利を、後押ししたい。
その思いが、口から言葉となって飛び出した。
「セラさん、生存確率、上昇!」
叫んだ瞬間、周囲が静まり返った。
観客席の生徒たちが、一斉にルーカスを振り返った。
その目には、困惑の色が浮かんでいた。
「……生存確率?」
「何それ……」
「第三王子、何言ってんの……」
囁き声が聞こえる。
ルーカスは、自分が変なことを言ってしまったことに気づいた。
「生存確率、上昇」。
それは、前世で戦闘データを分析するときに使っていた言葉だ。
応援の言葉としては、明らかに不適切だった。
しかし、言ってしまったものは取り消せない。
ルーカスは、構わず続けた。
「攻撃パターン、優位! 回避率、良好!」
周囲の困惑が、さらに深まった。
しかし、ルーカスは気にしなかった。
セラを応援したい。
その気持ちだけが、先走っていた。
試合は続いている。
セラが、相手の隙を突いた。
鋭い突きが決まり、相手がよろめいた。
「勝利条件、達成間近! 継続推奨!」
ルーカスが叫んだ。
周囲が、ますます困惑している。
しかし、セラは聞こえているのかいないのか、集中を切らさずに戦い続けていた。
そして、決着がついた。
セラの一撃が、相手の胸に決まった。
審判が、勝利を宣言した。
「勝者、セラフィーナ・ヴェルディ!」
会場に、拍手が起きた。
ルーカスも、拍手をした。
しかし、その拍手は普通ではなかった。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
高速で、連続して。
まるで、軍楽隊のドラムロールのように。
周囲の生徒たちが、また困惑の視線を向けてきた。
「第三王子の拍手、うるさい……」
「何あれ、機械みたい……」
「っていうか、さっきから応援が変だよね……」
囁き声が聞こえる。
ルーカスは、自分がまた変なことをしてしまったことに気づいた。
応援が変。
拍手もうるさい。
どうやら、応援の仕方を間違えていたようだ。
* * *
試合後、セラがルーカスのところに来た。
その顔は、赤かった。
怒っているのか、照れているのか、判断がつかない。
「殿下」
「はい。セラさん、おめでとうございます。勝利しました」
「ありがとうございます。ただ……」
「ただ?」
「応援が、聞こえていました」
「……」
「『生存確率、上昇』とか、『攻撃パターン、優位』とか」
「……聞こえていましたか」
「はい。会場中に響いていました」
セラが、複雑な表情で言った。
ルーカスは、しょんぼりと肩を落とした。
「すみません。応援の仕方が、よく分からなくて」
「……普通に、『頑張れ』って言ってください」
「頑張れ……」
「はい。それだけで、十分です」
「分かりました。次からは、『頑張れ』と言います」
ルーカスが、真剣な顔で頷いた。
セラが、小さくため息をついた。
「殿下、応援の気持ちは嬉しいです」
「本当ですか」
「はい。でも、もう少し……普通に」
「普通に……」
「はい。普通に応援してください」
「分かりました」
ルーカスが頷いた。
しかし、内心では困惑していた。
普通の応援とは、何だろう。
「頑張れ」と言えばいいのは分かった。
しかし、それだけで十分なのか。
もっと具体的なデータを伝えた方が、役に立つのではないか。
「殿下、何か考えていますね」
「はい。応援の方法について」
「どんなことを?」
「『頑張れ』だけで、本当に役に立つのか、と」
「……役に立つかどうかは、問題ではありません」
「え?」
「応援は、相手を励ますためにするものです。データを伝えるためではありません」
セラの言葉に、ルーカスは目を丸くした。
励ますため。
それは、考えていなかった視点だった。
「励ます……」
「はい。『あなたを応援しています』『勝ってほしい』という気持ちを伝えるのです」
「気持ちを伝える……」
「そうすると、応援された側は、力が湧いてきます。それが、応援の効果です」
「なるほど……」
ルーカスは、その説明を噛み締めた。
応援は、データではなく、気持ちを伝えるもの。
それが、人間の応援なのだ。
「分かりました。次からは、気持ちを伝えます」
「お願いします」
「セラさん、頑張れ。勝ってほしい。僕は、セラさんを応援しています」
「……それは、今言うことではありません」
「え?」
「試合中に言ってください」
「ああ、そうですね」
ルーカスが頷いた。
セラが、小さく笑った。
「でも、ありがとうございます。気持ちは、伝わりました」
「本当ですか」
「はい。嬉しかったです」
セラの言葉に、ルーカスの胸が温かくなった。
気持ちが伝わった。
それは、とても嬉しいことだった。
* * *
セラの次の試合は、三年生との対戦だった。
相手は、騎士科でもトップクラスの実力者だと聞いている。
厳しい戦いになるだろう。
ルーカスは、観客席に座っていた。
今度こそ、「普通に」応援しようと決めていた。
「頑張れ」と言う。
拍手は、普通の速度で。
それだけだ。
試合が始まった。
セラと三年生が、向かい合う。
三年生の動きは、さすがに洗練されている。
セラも負けていないが、押されている場面が多い。
ルーカスは、応援したくなった。
しかし、今度は慎重に。
深呼吸をして、声を出した。
「頑張れ、セラさん!」
普通だ。
普通の応援だ。
周囲の生徒たちも、怪訝な顔をしていない。
成功だ。
試合は、激しさを増していった。
セラが攻撃を仕掛け、三年生が反撃する。
一進一退の攻防が続く。
ルーカスは、また応援したくなった。
しかし、「頑張れ」だけでは物足りない気がした。
もっと、気持ちを伝えたい。
セラを、励ましたい。
そして、つい口から言葉が飛び出した。
「セラさん、勝利確率は47.3%ですが、僕は100%信じています!」
周囲が、また静まり返った。
生徒たちが、困惑の視線を向けてくる。
「……また、変なこと言ってる……」
「勝利確率って何……」
「でも、100%信じてるって、なんかいいな……」
囁き声が聞こえる。
ルーカスは、自分がまた変なことを言ってしまったことに気づいた。
しかし、今回は少し違う反応もある。
「いい」と言っている人もいる。
試合は続いていた。
セラが、相手の攻撃を受け止めた。
そして、反撃に転じた。
鋭い連続攻撃が、相手を追い詰める。
「セラさん、勝てます! 絶対に勝てます!」
ルーカスが叫んだ。
今度は、データなしで。
純粋に、気持ちだけで。
セラの剣が、相手の胸に決まった。
審判が、勝利を宣言した。
「勝者、セラフィーナ・ヴェルディ!」
会場に、大きな拍手が起きた。
ルーカスも、拍手をした。
今度は、普通の速度で。
セラが、こちらを見た。
その顔には、笑顔が浮かんでいた。
ルーカスも、笑顔で応えた。
* * *
模擬戦は、セラの優勝で幕を閉じた。
二年生ながら、三年生を破っての優勝だ。
騎士科の生徒たちからも、称賛の声が上がっていた。
「セラさん、優勝おめでとうございます」
試合後、ルーカスはセラに声をかけた。
セラは、少し疲れた様子だったが、満足そうな表情を浮かべていた。
「ありがとうございます」
「応援、ちゃんとできましたか」
「……半分くらいは」
「半分……」
「『勝利確率47.3%』は、余計でした」
「そうですか……」
ルーカスが、しょんぼりと肩を落とした。
やはり、データは不要だったようだ。
「でも、後半は良かったです」
「後半?」
「『絶対に勝てます』と言ってくれたとき、力が湧きました」
「本当ですか」
「はい。殿下の声が聞こえて、頑張ろうと思えました」
セラの言葉に、ルーカスの胸が温かくなった。
自分の応援が、セラの力になった。
それは、とても嬉しいことだった。
「ありがとうございます。次からは、もっと上手に応援します」
「お願いします」
「はい。練習します」
「応援も練習するんですか……」
セラが、苦笑した。
ルーカスも、少し笑った。
「何事も、練習です。笑顔も、力加減も、応援も」
「殿下は、本当に真面目ですね」
「よく言われます」
「でも、嫌いではないです」
「ありがとうございます」
二人は、微笑み合った。
セラの優勝。
それは、ルーカスにとっても、大きな喜びだった。
自分が応援した人が、勝つ。
その感覚が、こんなにも嬉しいものだとは、知らなかった。
「セラさん」
「はい」
「僕は、セラさんを誇りに思います」
「……殿下」
「本当です。セラさんは、すごいです」
ルーカスが、まっすぐにセラを見た。
セラが、顔を赤くした。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
セラが、俯いた。
耳まで赤くなっている。
ルーカスは、その反応の意味が分からなかったが、悪いことではない気がした。
セラが喜んでいる。
それが、一番大切なことだった。
空には、夕日が沈み始めていた。
オレンジ色の光が、訓練場を照らしている。
良い一日だった。
セラが勝って、自分も少しだけ成長できた。
応援の仕方は、まだ完璧ではない。
しかし、少しずつ上手くなっている気がする。
人間として、成長している。
そう信じて、ルーカスは空を見上げた。




