第11話:実技試験で"合格しすぎる"
実技試験の日がやってきた。
学院では、月に一度、各科目の実技試験が行われる。
剣術、魔法、体術。
それぞれの基礎的な能力が評価される。
ルーカスは、緊張していた。
いや、緊張という感情が正しいのか分からないが、胸の奥がざわついている。
実技試験で、自分の「異常」が露呈するのではないか。
そんな不安があった。
「殿下、大丈夫ですか」
セラが、心配そうに声をかけてきた。
試験会場の訓練場で、二人は並んで立っていた。
「分かりません。力加減を失敗しそうで」
「練習通りにやれば、大丈夫です」
「練習では上手くいっても、本番で失敗することはあります」
「それは、誰でも同じです。殿下だけではありません」
セラの言葉に、ルーカスは少しだけ安心した。
そうだ。
緊張するのは、普通のことだ。
自分だけが特別なわけではない。
「ありがとうございます、セラさん」
「どういたしまして。では、私は騎士科の試験があるので」
「はい。頑張ってください」
「殿下も」
セラが、小さく微笑んで去っていった。
ルーカスは、その後ろ姿を見送った。
セラがいなくなると、少し心細い。
しかし、試験は自分で受けなければならない。
* * *
剣術の実技試験が始まった。
試験内容は、基本の型の演武と、教官との模擬戦だ。
評価基準は、姿勢、動作の正確さ、攻防のバランス。
ルーカスの番が来た。
訓練場の中央に立ち、木剣を構える。
周囲には、他の生徒たちが見守っている。
その視線が、ノイズとして感じられた。
しかし、今は無視する。
集中すべきは、剣だけだ。
「では、始めてください」
教官のヴィクトルが合図を出した。
ルーカスは、基本の型を演武し始めた。
一の型、二の型、三の型。
順番に、動きをなぞっていく。
力加減に注意しながら、ゆっくりと、確実に。
木剣が空を切る。
折れていない。
砕けていない。
大丈夫だ。
演武が終わった。
教官が、評価を記録している。
その表情から、良いのか悪いのか分からない。
「次は、模擬戦です。私と打ち合ってください」
ヴィクトル教官が、木剣を構えた。
ルーカスも、構えを取った。
「では、始め」
教官が、最初に動いた。
木剣が、ルーカスに向かって振り下ろされる。
ルーカスは、それを受け止めた。
カンッ。
木剣同士がぶつかる音がした。
ルーカスの木剣は、折れていない。
力加減は、上手くいっている。
教官が、連続で攻撃を仕掛けてくる。
横薙ぎ、突き、切り上げ。
ルーカスは、それを一つ一つ受け止め、反撃する。
しかし、問題が一つあった。
教官の攻撃が、遅い。
いや、教官は十分に速いはずだ。
問題は、ルーカスの感覚だ。
神経の高速化が進んでいるせいで、相手の動きがゆっくりに見える。
結果、ルーカスの反応が速すぎる。
教官の攻撃を、すべて先読みして防いでしまう。
反撃も、的確に決まる。
あまりにも、的確すぎる。
「……殿下、少し手加減していただけますか」
教官が、苦笑しながら言った。
ルーカスは、首を傾げた。
「手加減、しているつもりですが」
「いえ、逆です。もう少し、攻撃してきてください」
「攻撃……」
「防御ばかりでは、試験になりません。殿下の攻撃力を評価したいのです」
教官の言葉に、ルーカスは頷いた。
そうか。
防御に専念しすぎていた。
攻撃もしなければならない。
ルーカスは、構えを変えた。
今度は、攻撃主体で。
しかし、力加減には注意しながら。
木剣を振る。
教官に向かって、突きを放つ。
力は抑えている。
つもりだった。
ガッ!
教官の木剣が、弾き飛ばされた。
ルーカスの突きが、教官の防御を貫通したのだ。
「……」
訓練場が、静まり返った。
教官が、呆然と自分の手を見ている。
木剣を持っていた手が、少し震えていた。
「す、すみません。力が入りすぎました」
「いえ……大丈夫です」
教官が、木剣を拾い上げた。
しかし、その顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
「殿下、試験は終了です」
「はい」
「評価は……最高点です」
「最高点……」
「はい。技術、反応速度、攻撃力、すべてにおいて、一年生の水準を大きく上回っています」
教官の言葉に、周囲がざわめいた。
最高点。
それは、嬉しいことのはずだ。
しかし、ルーカスの胸には、重いものが沈んでいった。
「殿下」
「はい」
「一つ、お願いがあります」
「何でしょうか」
「次からは、もう少し……目立たないようにしていただけますか」
教官の声は、小さかった。
しかし、その意味は明確だった。
「異常すぎて、困る」ということだ。
「……分かりました」
ルーカスは頷いて、訓練場を後にした。
背後から、囁き声が聞こえてきた。
「やっぱり、噂は本当だったんだ……」
「第三王子、化け物じゃないか……」
「教官の木剣、一撃で弾き飛ばしたぞ……」
ノイズが、耳に流れ込んでくる。
ルーカスは、それを無視して歩き続けた。
* * *
試験が終わった後、ルーカスは中庭のベンチに座っていた。
一人で、考え事をしていた。
そこに、セラがやってきた。
「殿下、試験はどうでしたか」
「最高点でした」
「それは……おめでとうございます?」
セラが、戸惑った声で言った。
ルーカスの表情が、喜んでいないことに気づいたのだろう。
「セラさん、僕は失敗しました」
「失敗……? 最高点なのに?」
「はい。目立ちすぎました。教官に、『目立たないでほしい』と言われました」
「……」
セラが、黙り込んだ。
ルーカスの気持ちを、理解しようとしているのだろう。
「僕は、手加減しているつもりでした。でも、それでも強すぎた」
「強すぎる……それは、殿下のせいではありません」
「でも、結果として目立ってしまった。教会の監察官に報告されるかもしれません」
「……」
二人とも、黙り込んだ。
沈黙が、重くのしかかる。
「殿下」
セラが、口を開いた。
「はい」
「目立たないようにする方法を、一緒に考えましょう」
「方法……」
「はい。今回は失敗しましたが、次は対策できます」
セラの言葉に、ルーカスは少しだけ救われた気がした。
そうだ。
失敗しても、次がある。
対策を考えて、改善すればいい。
「ありがとうございます、セラさん」
「どういたしまして」
セラが、微笑んだ。
その笑顔を見て、ルーカスの胸が温かくなった。
* * *
「まず、殿下の問題点を整理しましょう」
セラが、真剣な顔で言った。
二人は、訓練場の隅で話し合っていた。
「問題点……」
「はい。今回の試験で、何が問題だったのか」
「力が強すぎた……」
「それだけですか?」
「……反応も速すぎた、と思います」
「そうですね。殿下は、相手の動きを先読みして、完璧に対応していました」
セラが指摘した。
ルーカスは、頷いた。
「普通の人間なら、そこまで完璧には対応できません」
「はい」
「だから、『わざと』失敗する必要があります」
「わざと失敗……」
その言葉に、ルーカスは戸惑った。
わざと失敗する。
それは、嘘をつくことと同じではないか。
「セラさん、僕は嘘が苦手です」
「分かっています。でも、これは嘘ではありません」
「嘘ではない?」
「はい。『完璧を目指さない』ということです。すべての攻撃を防ぐのではなく、いくつかは受ける。すべての反撃を決めるのではなく、いくつかは外す」
「……」
「それは、嘘ではありません。『完璧でない自分』を見せるだけです」
セラの説明に、ルーカスは考え込んだ。
完璧を目指さない。
それは、確かに嘘ではない。
ただ、全力を出さないだけだ。
「やってみます」
「では、練習しましょう」
セラが、木剣を構えた。
ルーカスも、木剣を手に取った。
「私が攻撃します。殿下は、いくつかの攻撃を『わざと』受けてください」
「分かりました」
セラが、木剣を振った。
横薙ぎ。
ルーカスは、それを受け止めた。
「防いでしまいました」
「はい。次は、受けてください」
セラが、再び攻撃した。
突き。
ルーカスは、それを……受け止めた。
「また防いでしまいました」
「殿下、身体が勝手に反応していますね」
「はい。攻撃を見ると、つい防いでしまいます」
「それは、本能のようなものですか」
「……たぶん」
ルーカスの身体には、「戦闘用ロボット」としての本能が残っている。
攻撃を受けたら、防御する。
それが、無意識のうちに発動してしまう。
「では、目を閉じてみてください」
「目を閉じる?」
「はい。視覚を遮断すれば、反応が遅くなるかもしれません」
セラの提案に、ルーカスは頷いた。
目を閉じて、構えを取る。
「行きます」
セラの声が聞こえた。
次の瞬間、何かがルーカスの体に当たった。
「……当たりました」
「はい。目を閉じれば、攻撃を受けられますね」
「でも、試験中に目を閉じるわけにはいきません」
「それは、そうですね……」
二人は、また考え込んだ。
「殿下、別の方法を試しましょう」
「何ですか」
「『わざと遅く動く』のです」
「遅く動く……」
「はい。相手の動きが見えても、すぐに反応しない。一拍遅らせてから動く」
「なるほど……」
それは、確かに可能かもしれない。
反応を意識的に遅らせる。
それなら、嘘ではない。
「やってみます」
ルーカスは、構えを取った。
セラが、攻撃を仕掛ける。
横薙ぎが見える。
しかし、すぐには反応しない。
一、二と数えてから、防御する。
結果、防御が間に合わなかった。
セラの木剣が、ルーカスの肩に当たった。
「……当たりました」
「はい。これなら、『普通』に見えます」
「でも、遅すぎる気がします」
「調整しましょう。一拍ではなく、半拍遅らせるのです」
「半拍……」
練習を続けた。
何度も繰り返すうちに、「適度に遅い」反応ができるようになってきた。
「殿下、良い感じです」
「ありがとうございます」
「これで、次の試験では目立たずに済むかもしれません」
「はい。頑張ります」
ルーカスが、微笑んだ。
その笑顔は、少しぎこちなかったが、確かに嬉しさが込められていた。
* * *
練習を終えて、二人は訓練場を後にした。
夕日が、空を赤く染めている。
並んで歩きながら、セラが口を開いた。
「殿下」
「はい」
「今日の試験、最高点だったこと、本当はすごいことです」
「……」
「目立ちたくない気持ちは分かります。でも、殿下の実力は本物です。それを、否定しないでください」
セラの言葉に、ルーカスは胸が熱くなった。
セラは、自分の実力を認めてくれている。
「異常」としてではなく、「実力」として。
「ありがとうございます、セラさん」
「どういたしまして」
「僕は、目立ちたくないのではないのです」
「え?」
「普通でいたいのです。でも、普通でいるのが、とても難しい」
ルーカスが、正直に言った。
セラが、少し悲しそうな顔をした。
「殿下……」
「セラさんと一緒にいるときは、普通でいられる気がします」
「……」
「だから、ありがとうございます。セラさんがいてくれて」
ルーカスが、まっすぐにセラを見た。
セラが、顔を赤くした。
「殿下、それは……」
「何ですか」
「いえ、何でもありません。ただ……」
「ただ?」
「私も、殿下と一緒にいると、嬉しいです」
セラが、小さな声で言った。
ルーカスは、その言葉に胸が温かくなった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
二人は、微笑み合った。
夕日が、二人の顔を赤く照らしていた。
目立たないように生きる。
それは、難しいことだ。
しかし、一人ではない。
セラがいてくれる。
そのことが、何よりも心強かった。




