表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしとんでもロボが異世界の第三王子に転生したら  作者: とま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/16

第10話:噂「第三王子は鉄でできている」

 学院に、奇妙な噂が広まり始めていた。




「聞いた? 第三王子のこと」


「ああ、鉄でできてるって噂?」


「本当かな。でも、確かに変なところあるよね」


「入学式で、机に頭をぶつけても平気だったし」


「剣術の授業で、木剣を何本も砕いたって」


「魔法の授業では、机が勝手に動いたらしい」




 廊下を歩くたびに、囁き声が聞こえてくる。


 ルーカスの聴覚は、その一つ一つを拾い上げていた。


 不快ではあるが、否定することもできない。


 すべて、事実だからだ。




「殿下、あまり気にしないでください」


 隣を歩くセラが、小声で言った。


 ルーカスは、小さく頷いた。




「気にしていません。事実ですから」


「でも、『鉄でできている』は言い過ぎです」


「確かに。鉄ではありません。正確には……」


「殿下!」


 セラが、慌ててルーカスの言葉を遮った。


 ルーカスは、首を傾げた。




「何ですか」


「自分で噂を広めないでください」


「広めていませんが」


「今、何か言いかけていましたよね。『正確には何々』と」


「ああ、はい。正確には、鉄ではなく――」


「言わないでください!」


 セラが、必死の形相で言った。


 ルーカスは、ようやく理解した。


 ああ、自分で噂を補強するところだったのか。




「すみません。黙ります」


「お願いします……」


 セラが、深くため息をついた。


 ルーカスは、申し訳なく思った。


 どうやら、自分は噂の扱いが下手らしい。




 * * *




 昼食の時間。


 食堂で、ルーカスとセラは向かい合って座っていた。


 周囲の視線が、いつもより多い気がする。


 噂のせいだろう。




「殿下、食べないのですか」


「食べます。ただ、視線が気になって」


「無視してください。食事に集中しましょう」


「はい」


 ルーカスは、スープを口に運んだ。


 温度が高い。


 しかし、熱いとは感じない。


 皮膚の耐熱化が、相変わらず進んでいる。




「殿下、そのスープ、熱くないのですか」


「はい。適温です」


「……湯気がすごいですけど」


「そうですね」


 この会話は、もう何度も繰り返している。


 セラも、諦めたようにスープに視線を落とした。




 そのとき、誰かが近づいてきた。


 振り返ると、数人の生徒が立っていた。


 見覚えのない顔だ。


 おそらく、他のクラスの生徒だろう。




「第三王子殿下ですよね?」


 先頭の生徒が、興味津々の顔で言った。


 茶色の髪に、そばかすのある少年だ。




「はい。何か用ですか」


「あの、本当に鉄でできてるんですか?」


 直球の質問だった。


 ルーカスは、少し考えてから答えた。




「鉄ではありません」


「じゃあ、何でできてるんですか?」


「肉と骨です。普通の人間と同じです」


「でも、普通の人間は、机に頭をぶつけても平気じゃないですよ」


「それは……」


 ルーカスは、言葉に詰まった。


 確かに、普通ではない。


 しかし、どう説明すればいいのか分からない。




「殿下は、体が丈夫なだけです」


 セラが、横から助け船を出した。


 生徒たちが、セラに視線を向けた。




「丈夫って、どれくらい?」


「普通より少し丈夫なだけです。騒ぐほどのことではありません」


「でも、魔法の授業で机が動いたって……」


「それは、魔力の制御ミスです。初心者にはよくあることです」


 セラが、きっぱりと言った。


 その言葉に、生徒たちは少し引いた。




「そ、そうですか……」


「はい。他に質問は?」


「い、いえ、ありません。失礼しました」


 生徒たちが、足早に去っていった。


 ルーカスは、セラに感謝の目を向けた。




「ありがとうございます、セラさん」


「いいえ。ただ、殿下、自分で否定することも覚えてください」


「否定……」


「はい。噂を広めないためには、適切に否定することが大切です」


「適切に否定……難しいですね」


「練習しましょう」


 セラが、真剣な顔で言った。


 ルーカスは頷いた。




 * * *




 午後の授業が終わり、ルーカスは廊下を歩いていた。


 セラは、騎士科の用事で離れている。


 一人で歩くのは、久しぶりだった。




 廊下の向こうから、生徒たちがやってきた。


 彼らは、ルーカスを見つけると、何かを囁き合った。


 そして、一人がルーカスに近づいてきた。




「殿下、質問があるのですが」


「何ですか」


「本当に、熱湯を飲んでも平気なんですか?」


「……誰から聞きましたか」


「食堂で、スープをすごい勢いで飲んでたって聞いて」


「すごい勢いでは飲んでいません。普通に飲んでいました」


「でも、熱くなかったんですよね?」


「……それは」


 ルーカスは、言葉に詰まった。


 熱くなかったのは事実だ。


 しかし、それを認めると、噂を肯定することになる。




「熱かったです」


「え?」


「熱かったので、ゆっくり飲みました」


 ルーカスは、嘘をついた。


 嘘をつくのは苦手だが、セラに言われた「適切に否定する」を実践しようとしたのだ。




「でも、全然顔に出てなかったって……」


「我慢していました」


「我慢……」


 生徒が、怪訝な顔をしている。


 信じていない様子だった。


 ルーカスの嘘は、あまり上手くないらしい。




「まあ、いいです。ありがとうございました」


 生徒が、去っていった。


 ルーカスは、小さくため息をついた。


 否定するのは、難しい。




 * * *




 その後も、何人かの生徒に質問された。


 「木剣を砕いたのは本当か」


 「机が動いたのは本当か」


 「怪我をしても痛くないのか」


 ルーカスは、その一つ一つを否定しようとした。


 しかし、上手くいかない。


 嘘をつくのが下手だからだ。




「砕いたのは本当ですが、力の入れすぎでした」


「机が動いたのは、魔力の暴発です」


「痛くないわけではありません。感じにくいだけです」


 否定しているつもりが、むしろ肯定しているようになっている。


 これでは、噂が広まるのも無理はない。




 夕方、セラと合流したとき、ルーカスは疲れ切っていた。




「殿下、どうしました。顔色が悪いですが」


「噂を否定しようとしたのですが、逆効果だったようです」


「逆効果……」


「はい。否定しているつもりが、肯定していたみたいです」


 セラが、呆れたようにため息をついた。




「殿下、何と言ったのですか」


「『砕いたのは本当ですが、力の入れすぎでした』とか……」


「それは否定になっていません」


「そうですか」


「はい。『砕いたのは本当』と認めた時点で、否定ではありません」


「なるほど……難しいですね」


 ルーカスが、しょんぼりと肩を落とした。


 セラが、複雑な表情を浮かべた。




「殿下、正直すぎるのです」


「正直がダメなのですか」


「ダメではありません。でも、時と場合によっては、曖昧にすることも必要です」


「曖昧に……」


「はい。すべてを正直に答える必要はありません。『覚えていない』『よく分からない』と言うこともできます」


「嘘をつかなくても、否定できる……ということですか」


「そうです」


 セラの説明に、ルーカスは目を輝かせた。


 それは、良い方法だ。


 嘘は苦手だが、「分からない」なら言える。




「やってみます。次に質問されたら、『よく分からない』と答えます」


「それがいいです」


 セラが、少し微笑んだ。


 ルーカスも、微笑み返した。




 * * *




 翌日、早速チャンスがやってきた。


 廊下で、見知らぬ生徒に話しかけられたのだ。




「殿下、本当に鉄でできてるんですか?」


 またこの質問だ。


 ルーカスは、昨日セラに教わったことを思い出した。


 曖昧に答える。




「よく分かりません」


「分からない?」


「はい。自分の体が何でできているか、考えたことがなかったので」


「でも、普通の人間なら、肉と骨ですよね?」


「たぶん、そうだと思います」


「たぶん……」


 生徒が、困惑した顔をしている。


 ルーカスは、これでいいのか分からなかった。


 否定になっているのだろうか。




「あの、殿下、もしかして、自分が何でできてるか本当に分からないんですか?」


「はい。分かりません」


「……」


 生徒が、絶句した。


 そして、何も言わずに去っていった。




 ルーカスは、首を傾げた。


 上手くいったのだろうか。


 分からない。




 後でセラに報告すると、彼女は頭を抱えた。




「殿下……」


「どうでしたか。曖昧に答えられましたか」


「曖昧すぎます」


「曖昧すぎる?」


「はい。『よく分からない』の使い方が違います」


「どう違うのですか」


「殿下の答え方だと、『本当に分からない=普通じゃない』と解釈されます」


「あ……」


 ルーカスは、ようやく理解した。


 「自分が何でできているか分からない」というのは、普通の人間なら言わないセリフだ。


 普通の人間は、自分が肉と骨でできていると知っている。


 それを「分からない」と言うのは、自分が普通ではないと言っているようなものだ。




「すみません。失敗しました」


「いえ……殿下が悪いわけではありません。私の説明が悪かったのです」


「セラさんの説明は、分かりやすかったです」


「でも、実践では上手くいきませんでした。もっと具体的に、何と言えばいいか教えるべきでした」


 セラが、反省している様子だった。


 ルーカスは、申し訳なく思った。




「セラさん、僕のために時間を使わせてすみません」


「謝らないでください。これは、私の仕事です」


「仕事……」


「はい。監督役として、殿下を守るのが私の仕事です。噂から守ることも、含まれます」


 セラが、真剣な顔で言った。


 ルーカスは、その言葉に胸が温かくなった。




「ありがとうございます、セラさん」


「だから、礼は……」


「いいえ。言わせてください。セラさんがいてくれて、本当に嬉しいです」


 ルーカスが、まっすぐにセラを見た。


 セラが、少し顔を赤くした。




「……どういたしまして」


 その一言に、ルーカスは笑顔になった。




 * * *




 数日後、噂は学院全体に広まっていた。


 「第三王子は鉄でできている」


 「熱湯を飲んでも平気」


 「木剣を素手で砕く」


 「魔力で机を動かす」


 すべて、尾ひれがついて大きくなっている。




「これは、まずいですね」


 セラが、深刻な顔で言った。


 ルーカスも、頷いた。




「はい。教会の監察官に、報告されるかもしれません」


「すでに、報告されているかもしれません」


「そうですね……」


 二人は、中庭のベンチに座っていた。


 周囲には、誰もいない。


 噂話をするには、都合の良い場所だった。




「殿下、一つ提案があります」


「何ですか」


「噂を、逆手に取りましょう」


「逆手に取る?」


「はい。噂を否定するのではなく、笑い話にするのです」


 セラの提案に、ルーカスは首を傾げた。


 笑い話にする。


 それは、どういうことだろう。




「例えば、『鉄でできている』という噂に対して、『では、磁石に引っ付くか試してみましょうか』と冗談を言うのです」


「冗談……」


「はい。深刻に否定するのではなく、冗談として笑い飛ばす。そうすれば、噂も『冗談の一種』として扱われます」


「なるほど……」


 ルーカスは、その提案を考えた。


 冗談を言う。


 それは、難しい。


 しかし、試してみる価値はある。




「やってみます」


「頑張ってください。私も、手伝います」


 セラが、微笑んだ。


 ルーカスも、微笑み返した。




 * * *




 翌日、早速チャンスがやってきた。


 廊下で、生徒の集団に囲まれたのだ。




「殿下、本当に鉄でできてるんですか?」


 また、この質問だ。


 ルーカスは、深呼吸した。


 冗談を言う。


 笑い話にする。




「鉄ですか……では、磁石を持ってきてください。引っ付くかどうか、試してみましょう」


 ルーカスが、真顔で言った。


 生徒たちが、一瞬沈黙した。


 そして、誰かが吹き出した。




「磁石って……殿下、面白いですね」


「いや、本気で言ってるのかも……」


「どっちにしても、笑えるな」


 生徒たちが、笑い始めた。


 噂を否定したわけではない。


 しかし、深刻な雰囲気は消えた。




「殿下、もしかして、冗談ですか?」


「どうでしょうか」


 ルーカスが、曖昧に笑った。


 その笑顔が、少しぎこちなかったが、生徒たちは気にしなかった。




「殿下、意外と面白い方なんですね」


「そうですか?」


「はい。噂で、怖い人かと思ってました」


「怖くはないです。たぶん」


 ルーカスが答えた。


 生徒たちが、また笑った。




「『たぶん』って何ですか」


「自分のことは、よく分からないので」


「殿下、変わってますね」


「よく言われます」


 会話が、和やかに進んでいった。


 噂の「第三王子は怖い」というイメージが、少し和らいだ気がした。




 生徒たちが去った後、セラが近づいてきた。


 隠れて見ていたのだ。




「殿下、上手くいきましたね」


「そうですか?」


「はい。冗談も言えていましたし、笑顔も良かったです」


「ありがとうございます。セラさんのアドバイスのおかげです」


「いいえ。殿下の努力の成果です」


 セラが、微笑んだ。


 ルーカスは、その笑顔を見て、胸が温かくなった。




 噂は、まだ消えていない。


 しかし、「怖い」から「面白い」に変わりつつある。


 それは、大きな進歩だった。




「セラさん」


「はい」


「僕、少しずつ、人間らしくなれている気がします」


「……はい。私もそう思います」


「ありがとうございます。セラさんがいてくれるおかげです」


「殿下……」


 セラが、少し顔を赤くした。


 ルーカスは、その反応の意味が分からなかったが、悪いことではない気がした。




 空には、青い空が広がっていた。


 雲が、ゆっくりと流れていく。


 平和な午後だった。




 噂との戦いは、まだ続く。


 しかし、一人ではない。


 セラがいてくれる。


 それだけで、前に進む勇気が湧いてくる。




 ルーカスは、空を見上げながら、小さく笑った。


 今度は、自然な笑顔だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ