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もしとんでもロボが異世界の第三王子に転生したら  作者: とま


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第1話:転生、起動、そして王子は熱い

 目を開けた瞬間、ルーカスは違和感を覚えた。


 いや、違和感という表現は正確ではない。


 すべてが違っていた。


 視界に広がるのは、見慣れた戦場の灰色ではなく、白い天井と金色の装飾。柔らかな光が差し込む窓、絹のカーテン、そして自分を見下ろす複数の人間たち。


 ――人間。


 その単語が脳内で処理されるまでに、0.3秒。


 かつての自分なら、0.001秒で完了していた演算だ。




「殿下、お目覚めですか?」


 白髪の老人が、震える声で問いかけてくる。


 殿下。


 その呼称の意味を理解するまでに、さらに0.5秒。


 処理速度の低下が著しい。これはバグか、それとも――




「殿下? ルーカス殿下?」


 老人が再び呼びかける。


 ルーカス。


 それが自分の名前らしい。




「……起動確認。全システム、正常」


 口から出た言葉に、周囲の人間たちがざわめいた。


 何かおかしなことを言っただろうか。


 ルーカスは首を傾げる。その動作が、妙に重く感じられた。




「殿下、お加減はいかがですか? 三日も眠っておられましたが……」


「三日。72時間。スリープモードとしては標準範囲内です」


「……は?」


 老人の顔が困惑に歪む。


 ルーカスは、自分の発言の何が問題なのか理解できなかった。




 ――後に知ることになる。


 自分がこの世界の『オルディネ王国』の第三王子であること。


 そして、前世で自分は『戦闘用ロボット』だったこと。


 しかし今、目の前の状況を処理するので精一杯だった。




「医師を呼べ! 殿下の様子がおかしい!」


 誰かが叫ぶ。


 足音が遠ざかり、また近づいてくる。


 ルーカスは、その音の一つ一つを正確に捉えていた。


 足音の数、四。体重推定、60キロから80キロの範囲。歩行速度から判断して、二名は走っている。残り二名は早歩き。




 ――なぜ、こんな情報を処理しているのだろう。




「殿下、少しお水を」


 侍女らしき女性が、銀の杯を差し出してくる。


 ルーカスは反射的にそれを受け取り、口元に運んだ。


 液体が喉を通過する。


 温度、摂氏42度。やや高め。しかし、問題なし。




「熱くありませんか?」


「いいえ。適温です」


「で、ですが殿下、それは沸かしたてのお湯を……」


 侍女の顔が青ざめる。


 ルーカスは杯を見下ろした。確かに、湯気が立っている。


 しかし、熱いという感覚がない。


 これは――異常だ。




「……バグ?」


「は?」


「いえ、何でもありません」


 ルーカスは杯を置き、自分の手を見つめた。


 白い、細い指。爪は綺麗に整えられている。


 これが、自分の身体。


 金属でも、合金でもない。肉と骨と血でできた、人間の身体。




 なのに、なぜ熱湯を熱いと感じないのか。




「殿下!」


 扉が勢いよく開き、白衣の男が飛び込んでくる。


 医師だろう。年齢は40代後半、体格は中肉中背。右手に診療鞄を持っている。


 ルーカスの脳は、無意識にその情報を処理していた。




「失礼いたします。脈を診させてください」


 医師が手首を掴む。


 その瞬間、ルーカスの身体が反応した。


 危険、接触、防御――




「っ!」


 医師が手を引っ込める。


 ルーカスは自分が何をしたのか理解できなかった。ただ、医師の手が赤くなっているのが見えた。




「殿下の肌が……熱い……」


「熱い?」


「火傷するほどに……」


 医師が驚愕の表情で手を見つめている。


 ルーカスは自分の腕を見た。特に変わった様子はない。


 しかし、確かに何かが起きている。




 ――自己修復機能、作動中。


 脳内に、そんな文字列が浮かんだ気がした。


 自己修復。それは、かつての自分――戦闘用ロボットとしての自分が持っていた機能だ。


 損傷を受けた際、自動的に修復を行う。


 だが、今の自分は人間のはずだ。なぜ、そんな機能が。




「殿下、何か変わったことはございませんか?」


 医師が恐る恐る問いかける。


 変わったこと。


 ルーカスは少し考えた。




「すべてが変わっています。でも、具体的に何がと言われると、難しいです」


「は、はあ……」


「ただ、熱いものが熱くないのは、少し不便かもしれません」


「不便……」


 医師の顔が引きつる。


 どうやら、また何かおかしなことを言ってしまったらしい。




 * * *




 それから数日が経った。


 ルーカスは少しずつ、この世界のことを理解し始めていた。


 オルディネ王国。王政国家で、歴史は200年以上。


 魔法と剣が共存する世界。


 そして自分は、この国の第三王子。


 王位継承権は低く、政治的な重要性もそれほど高くない。


 ある意味、気楽な立場と言えた。




 しかし、問題が一つあった。


 いや、正確には、いくつもあった。




「殿下、本日の予定をお伝えします」


 侍従のグスタフが、恭しく頭を下げる。


 60代の老紳士で、ルーカスの世話係を長年務めているらしい。




「午前中は座学の復習、午後は剣術の基礎訓練、夕刻には学院への入学手続きがございます」


「学院」


「はい。王立学院でございます。殿下も今年で15歳、入学の年齢に達しました」


 15歳。


 ルーカスは自分の身体を見下ろした。


 確かに、成長途中の少年の身体だ。


 前世では、製造から廃棄まで、年齢という概念はなかった。


 不思議な感覚だ。




「承知しました。予定通りに」


「畏まりました」


 グスタフが退出する。


 一人になった部屋で、ルーカスは窓の外を眺めた。




 王都の街並みが見える。


 煉瓦色の建物が立ち並び、人々が行き交っている。


 馬車が通り、商人が声を上げ、子どもたちが走り回っている。


 活気のある、平和な光景だった。




 ――戦場とは、まるで違う。


 かつての自分が見てきた景色は、灰色と赤だけだった。


 瓦礫と炎と、倒れていく人間たち。


 その中を、自分は淡々と進んでいた。


 任務を遂行するために。


 感情など、必要なかったから。




「感情……」


 ルーカスは呟いた。


 今の自分には、感情があるのだろうか。


 よく分からない。


 ただ、この景色を「綺麗だ」と思う何かが、胸の奥にある気がした。




 * * *




 午後の剣術訓練は、問題だらけだった。




「殿下、もう少し力を抜いてください」


 教官が困り顔で言う。


 ルーカスの手には木剣があった。


 いや、「あった」というのは正確ではない。


 木剣だったものが、今は木屑の山になっていた。




「申し訳ありません。力加減が、よく分かりません」


「い、いえ、殿下のせいではございませんが……」


 教官が冷や汗を流している。


 これで三本目だ。


 握った瞬間に粉砕してしまう。




 ルーカスは自分の手を見つめた。


 見た目は普通の、少年の手だ。


 しかし、どうやら中身は普通ではないらしい。




 ――骨格強度、上昇中。


 また、脳内にそんな文字列が浮かんだ。


 自己修復機能が、勝手に身体を強化しているのだ。


 止め方が分からない。




「本日の訓練は、ここまでにいたしましょう」


 教官が早々に切り上げを宣言する。


 ルーカスは頷いた。


 このまま続けても、木剣を消費するだけだ。




 訓練場を出ると、廊下で誰かとすれ違った。


 赤茶色の髪を一つに束ねた、凛とした雰囲気の少女。


 年齢は自分と同じくらいか、少し上だろうか。


 腰には剣を佩いている。騎士か、あるいは騎士見習いか。




 少女の視線が、一瞬だけルーカスを捉えた。


 鋭い、値踏みするような目。


 しかしすぐに逸らされ、少女は足早に去っていった。




「……」


 ルーカスは、その後ろ姿を見送った。


 なぜか、脳が勝手にデータを記録していた。


 身長、推定162センチ。体重、推定54キロ。歩行パターンから判断して、戦闘訓練を受けている。剣の扱いに慣れている。脅威度、中程度。




 ――いや、なぜ脅威度を計算しているのだ。


 ルーカスは首を振った。


 前世の習慣が抜けていない。


 ここは戦場ではないのだ。




 * * *




 夕刻、学院への入学手続きのため、ルーカスは馬車で王立学院を訪れた。


 白亜の校舎が、夕日に照らされて輝いている。


 広大な敷地に、複数の建物が点在している。


 貴族の子弟が通う、この国で最も格式の高い教育機関だ。




「殿下、こちらへどうぞ」


 案内役の職員に導かれ、校舎内を進む。


 廊下は広く、天井は高い。


 壁には絵画や彫刻が飾られ、歴史の重みを感じさせた。




 しかし、ルーカスの意識は別のところにあった。


 足音。


 呼吸音。


 衣擦れの音。


 心臓の鼓動。


 ありとあらゆる音が、耳に流れ込んでくる。




 ――聴覚感度、上昇中。


 また、あの文字列だ。


 神経系の高速化が進んでいるらしい。


 その結果、感覚が鋭敏になりすぎている。




「殿下? お加減が……」


「いえ、問題ありません」


 ルーカスは首を振った。


 問題は、大いにある。


 しかし、説明のしようがない。




 手続きは、事務室で行われた。


 書類に署名をし、学院の規則を確認し、寮の部屋を割り当てられる。


 ルーカスは淡々とそれをこなした。




「最後に、入学式についてご説明いたします」


 事務官が書類を広げる。


 入学式は三日後。新入生は講堂に集まり、学院長の訓示を受ける。


 その後、各自の所属するクラスが発表される。




「何かご質問は?」


「いいえ。十分に理解しました」


「さ、さようでございますか……」


 事務官が少し怯んだ様子を見せる。


 どうやら、自分の受け答えは、この世界の基準では「普通」ではないらしい。


 言葉遣いを調整する必要がある。




 帰りの馬車の中で、ルーカスは考えていた。


 学院生活。


 多くの人間と接することになる。


 感覚のノイズは、さらに増えるだろう。


 処理落ちを起こさないようにしなければ。




 ――しかし、どうやって?




 答えは、まだ見つからなかった。




 * * *




 入学式の前日、医務室への呼び出しがあった。


 健康診断だという。


 ルーカスは、少し不安を覚えた。




 王宮の医師には、すでに「異常」を見られている。


 学院の医師にも、同じことが起きるのではないか。


 そうなれば、厄介なことになる。




 医務室は、校舎の東棟にあった。


 白い壁、清潔な床、薬品の匂い。


 いくつかのベッドが並び、奥には診察室がある。




「第三王子殿下ですね。どうぞ、こちらへ」


 出迎えたのは、白衣を着た中年の女性だった。


 銀縁の眼鏡をかけ、厳格な雰囲気を漂わせている。


 学院の医務官、マーガレット・ホーソンと名乗った。




「失礼して、診察させていただきます」


「お願いします」


 診察台に座る。


 マーガレットが聴診器を取り出した。




「深呼吸をしてください」


 言われた通りにする。


 しかし、その瞬間――




「……っ!」


 マーガレットが聴診器を落とした。


 顔が蒼白になっている。




「殿下、心臓の音が……」


「何か問題が?」


「通常の三倍の速度で動いています。それなのに、呼吸は完全に安定している。これは……」


 マーガレットが震える手で、再び聴診器を拾う。


 もう一度、胸に当てる。


 そして、さらに顔を青くした。




「今度は……通常の半分に……」


「そうですか」


 ルーカスは、特に驚かなかった。


 自分の身体が「おかしい」ことは、すでに分かっていた。


 ただ、それがどの程度「おかしい」のかは、把握していなかった。




「殿下、これは……医学的に説明がつきません」


「そうでしょうね」


「何かお心当たりは?」


 マーガレットが真剣な目で問いかける。


 ルーカスは少し考えた。




「強いて言えば、僕の身体は、勝手に『修復』しているようです」


「修復?」


「はい。壊れたところを直すように、弱いところを強くしているようです。自分でも、止め方が分かりません」


「……」


 マーガレットが絶句する。


 その反応は、予想通りだった。




「この件は、内密にしていただけますか」


「……なぜです?」


「騒ぎになると、面倒なので」


 ルーカスは淡々と答えた。


 実際、騒ぎになれば、学院生活に支障が出る。


 それは避けたかった。




 マーガレットは長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。




「……分かりました。ただし、定期的に診察を受けていただきます。何か異変があれば、すぐに報告してください」


「承知しました」


「それと、殿下」


 マーガレットが眼鏡を直す。


 その目が、鋭く光った。




「無理は、なさらないでください。どんな身体であっても、限界はあります」


「……はい」


 ルーカスは頷いた。


 限界。


 その言葉が、妙に胸に引っかかった。




 * * *




 医務室を出ると、廊下で誰かにぶつかりそうになった。


 とっさに身を引く。


 相手も同時に身を引いた。




「……あ」


 赤茶色の髪。


 凛とした雰囲気。


 先日、訓練場ですれ違った少女だった。




「失礼しました」


 ルーカスが頭を下げる。


 少女は一瞬、驚いたような顔をした。




「王子殿下が、頭を下げる必要はありません」


「ぶつかりそうになったのは事実なので。お怪我はありませんか」


「……ありません」


 少女が困惑した表情を浮かべる。


 どうやら、また「普通ではない」反応をしてしまったらしい。




「あなたは、騎士科の方ですか?」


 ルーカスが問いかける。


 少女の服装と、腰の剣から判断した推測だ。




「……はい。騎士科二年、セラフィーナ・ヴェルディと申します」


「セラフィーナさん」


「セラで構いません」


 少女――セラが、ぶっきらぼうに答える。


 愛想は良くないが、嘘をついている様子はない。


 ルーカスの脳が、そう判断した。




「では、セラさん。僕はルーカスです。よろしくお願いします」


「……よろしくお願いします、殿下」


 セラが微かに頭を下げる。


 その動作が、訓練された騎士のそれだった。




「殿下は、明後日の入学式から?」


「はい。一年生として入学します」


「そうですか」


 セラの目が、一瞬だけルーカスの全身を見た。


 値踏みするような、観察するような視線。


 先日と同じだ。




「何か気になることが?」


「いえ……失礼しました。では」


 セラが足早に去っていく。


 ルーカスは、その後ろ姿を見送った。




 不思議な少女だ。


 敵意はない。しかし、警戒はしている。


 何に対して警戒しているのかは、分からない。


 自分に対してなのか、それとも別の何かなのか。




 ――まあ、いいか。


 ルーカスは考えるのをやめた。


 学院生活が始まれば、嫌でも分かることだろう。




 * * *




 入学式当日。


 ルーカスは、新入生の列に並んでいた。


 周囲には、同年代の少年少女たちがいる。


 貴族の子弟がほとんどで、平民出身者は少ない。




 講堂は広大だった。


 高い天井、ステンドグラスの窓、荘厳な雰囲気。


 壇上には学院長と教官たちが並び、新入生を見下ろしている。




 そして、ルーカスの耳には、ありとあらゆる音が流れ込んでいた。


 囁き声。衣擦れ。足を動かす音。心臓の鼓動。呼吸。


 数百人分の「音」が、同時に押し寄せてくる。




 ――処理負荷、上昇中。


 脳内に警告が浮かぶ。


 まずい。このままでは処理落ちする。




「殿下、お顔の色が……」


 隣に立っていた侍従が、心配そうに声をかける。


 ルーカスは首を振った。




「問題ありません」


 問題は、大いにある。


 しかし、ここで倒れるわけにはいかない。




 入学式が始まる。


 学院長の長い訓示。


 来賓の祝辞。


 新入生代表の宣誓。


 ルーカスは、それを必死で聞き流した。


 聞こうとすると、他の音も入ってくる。


 だから、あえて聞かない。




 やがて、式は終わった。


 新入生たちが講堂を出ていく。


 ルーカスも、その流れに乗って外に出た。




 外の空気を吸った瞬間、少しだけ楽になった。


 閉鎖空間よりは、開けた場所の方がマシらしい。




「殿下」


 声をかけられて振り返る。


 そこに立っていたのは、セラだった。




「セラさん」


「入学式、お疲れ様でした」


「ありがとうございます。セラさんは、何か用事が?」


「いえ……」


 セラが言い淀む。


 その表情に、何か言いたげな色が浮かんでいた。




「殿下は、少し変わっていますね」


「そうですか?」


「はい。他の貴族の方々とは、雰囲気が違います」


「それは、褒め言葉ですか?」


「……分かりません」


 セラが正直に答える。


 その素直さに、ルーカスは少しだけ笑った。




「僕も、自分が『普通』かどうか、よく分かりません。でも、なるべく普通になろうとは思っています」


「普通に?」


「はい。人間として、普通に」


 セラが眉をひそめる。


 「人間として」という言葉が、引っかかったのかもしれない。


 ルーカス自身も、なぜそんな言い方をしたのか分からなかった。




「……殿下は、不思議な方ですね」


「そうですか」


「はい。でも、悪い意味ではありません」


 セラがそう言って、踵を返した。


 その後ろ姿を、ルーカスは見送った。




 不思議な方。


 それは、きっと正しい評価だ。


 自分は不思議な存在だ。


 人間の身体を持ちながら、中身は戦闘用ロボットの残滓。


 感情があるのかないのか、自分でも分からない。




 しかし、それでも。


 この世界で、人間として生きていきたい。


 ルーカスは、そう思い始めていた。




 * * *




 その夜、寮の自室で、ルーカスは一人考えていた。


 学院生活が、いよいよ始まる。


 多くの人間と接することになる。


 感覚のノイズ、身体の異常、「普通」からのズレ。


 問題は山積みだ。




 しかし、不思議と不安はなかった。


 いや、不安という感情が何なのか、まだよく分からないだけかもしれない。




 窓の外には、月が浮かんでいた。


 銀色の光が、部屋を照らしている。


 前世では、月を見上げる余裕などなかった。


 いつも戦場で、いつも任務で、いつも――




 ――いつも、壊すことしか考えていなかった。




 今は違う。


 壊すのではなく、生きることを考えている。


 それが、どれほど大きな変化なのか。


 ルーカスは、まだ完全には理解していなかった。




「人間として、生きる」


 呟いてみる。


 その言葉の重さが、少しだけ分かった気がした。




 明日から、学院生活が始まる。


 何が待っているのかは分からない。


 しかし、一つだけ決めたことがある。




 ――この身体が何であれ、人間として生きてみよう。


 感情を学び、人と関わり、この世界で生きてみよう。


 それが、転生した意味なのかもしれないから。




 ルーカスは目を閉じた。


 初めて、「眠る」という行為を意識して行った。


 システムのスリープではなく、人間の睡眠として。




 意識が沈んでいく。


 その感覚は、不思議と心地よかった。




 * * *




 翌朝、ルーカスは異変に気づいた。


 枕が、焦げていた。




「……」


 どうやら、寝ている間に体温が上昇したらしい。


 自己修復機能が、睡眠中も働いているのだ。


 皮膚の耐熱化が、さらに進んでいる証拠だった。




「これは、問題ですね」


 ルーカスは焦げた枕を見つめながら呟いた。


 寮の備品を燃やすわけにはいかない。


 何か対策を考えなければ。




 しかし、今は時間がない。


 今日から授業が始まるのだ。




 ルーカスは手早く身支度を整え、部屋を出た。


 焦げた枕は、とりあえずクローゼットに隠しておいた。


 後で、どうにかしよう。




 廊下を歩きながら、ルーカスは考えていた。


 学院生活、一日目。


 何が起きるか分からない。


 しかし、それでいい。




 人間として生きるということは、きっと、予測不能なことの連続なのだ。


 前世のように、すべてを計算し、すべてを制御することはできない。


 それが、人間というものなのだろう。




 そう思いながら、ルーカスは教室へ向かった。


 新しい一日が、始まろうとしていた。




 ――これが、元戦闘用ロボットが、異世界の第三王子として生きる物語の、始まりである。


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