第四章 真実
「みんな無事に合流できてよかった」
神田はほっと胸をなでおろす。みんなも安どの表情を浮かべている。
ハカセたちは神田からの着信に気づき、学校と日下部の家のちょうど中間あたりにある、この公園で合流することにした。
といっても遊具はなく、汚いトイレとベンチがひっそりと置いてあるだけだ。
「まずはお互いの調査結果を整理しよう」
そう言って僕は自販機で買ったジュースをみんなに渡し、推理したことを話した。
「……なるほど。影は田中が仕掛けたトリックってことですね。それで、僕たちに電話したと」
ハカセが僕たちの考えをまとめる。
「驚いたな。俺たちも家を調べて影は人為的なものだとわかったぜ」
森は自慢げに調査結果を報告した。
「だけど、何で田中はそんなことをしているのかな」
神田はジュースを口に含みながら質問した。
たしかに田中の動機が分からないし、日下部の家には誰もいなかった。
彼女はどこにいるのだろうか?もしかしてすでに……そう思うと背筋がぞくっとした。
「次の動きはどうしますか?」
ハカセは冷静に次の作戦を模索している。
「田中が怪しいわけだから直接対決するしかなくね?」
「森の言う通りだ。まだ日下部の家にいるかもしれない。そこを抑えよう」
「そうですね。もしかしたら日下部さんもいるかもしれません」
「田中に会うってこと?危ないよ」
危険を心配する神田をよそに男性陣は意気揚々としている。
「よし。急ごう」
僕はそう言って、持っていたジュースを一気に飲み干し、カバンを手に持ったその時だった。
「その必要はありません」
聞き覚えのある声が公園の入り口から聞こえた。恐る恐る振り返ると田中が立っていた。
僕は息を呑み、神田も目を見開く。森も固まったままだ。
ハカセだけは、冷静にノートを握りしめている。
田中はゆっくりと歩み寄る。手には小さなリモコンのような装置が握られていた。
夕日の光が彼の指先を赤く染める。
「日下部さんの家の中、見ましたね……?」
田中の声には抑揚がない。僕はうなずく。
二日前に影を見て、怖くて飛び出したあの瞬間が頭をよぎる。
「家の中に誰もいないのに、影が人の形に見えた――あれ、私の仕掛けです」
田中はリモコンを操作して、地面に落ちる小さな物影を指さす。
確かに、それは人型に見えたが、近づくとただの板だった。
「日下部さんは、最近家で生活できません。理由は……心配しないでください、危険があるからです」
田中の視線が、ふと遠くを見つめる。
「影の演出、家の鍵、郵便物――すべて、来る者を遠ざけるためのものです」
僕はようやく理解する。恐怖を感じたのは、計算された演出だったのだ。
神田が小さな声でつぶやく。
「……つまり、怖かったのは私たちだけじゃなかったんだ」
僕は最後に問い詰める。
「先生、普通に話せたんですね」
田中は微かに笑みを浮かべる。
「真実を知ったあなたたちは、もう驚く必要はありません。重要なのは、日下部さんの生活が乱されないことです」
その言葉が、公園の空気に静かに溶けていく。
僕たちは胸の奥に緊張を残しつつも、少し肩の力を抜いた。
恐怖の正体は、人為的な計算の結果だった
――でも、まだ家の奥や学校の影には、見えない余韻が漂っていた。
「あんたの目的は理解したが、肝心の日下部はどこにいるんだよ。さっきあいつの家に行ったときは、いなかったぜ」
イライラした様子で森が尋ねる。僕たちは、田中の仕掛けたトリックに夢中で、彼女の居場所のことは頭から抜けていた。
「そうよ、早く春乃を返してよ」
神田も声を張り上げ、怒りをあらわにする。
「え!あなたたちが日下部さんを解放したのでは?」
さっきまで笑みを浮かべていた田中の表情は一変していた。
「いえ、僕たちは二日前にも家を訪れましたが、その時も彼女はいませんでした」
ハカセがノートを見返しながら、田中の質問に答える。
「二日前?二日前に私が行ったときは、いましたよ彼女」
「どういうことだよ?あの時、日下部はいたっていうのか?」
「けど、私が呼び掛けても返事はなかったよ」
みんなが困惑している。何が起きているのか理解できなかった。
「先生は二日前にも日下部の家に行ったんですよね?その時あいつは家にいた……間違いありませんか?」
僕は真実を確かめるように田中に問いかける。
「ええ。間違いありません。でも、そのあと君たちが訪れた時には、すでにいなかったと」
田中も確認するように答える。
それなら犯人は、僕たちが来ることをわかっていたってことか……僕は二日前の出来事を思い出す。
確か、森と話をして日下部の様子を見に行こうとしたんだ。その時みんなも誘って。
みんな……違和感がよぎる。いや、みんなじゃない。あの時誘いを断った人物がいたはずだ。
「橋本……あいつは、僕たちが日下部の家に行こうとしていたことを知っていた」
「けど橋本はあの日、先生と進路相談していたんじゃないの?」
神田は田中のほうを向いて質問する。
「いいえ。その日はしていませんよ。すぐに日下部さんの家に向かいましたから」
その言葉に、全員の視線が一斉に交わった。夕暮れの公園には、夏とは思えない冷たい風の音だけが残る。
「じゃあ……橋本は、その時間、自由だったってことか」
僕は自分の推理を口にしながら、嫌な確信を強めていく。橋本は、あの日だけ妙に落ち着いていた。
日下部の噂が出たときも、怖がる様子も、興味を示す様子もなかった。
「……偶然とは思えませんね」
ハカセがノートに走り書きをしながら言う。
「田中先生が日下部さんを確認した後、僕たちが家に行くまでの“空白の時間”。その間に動けた人物は限られています」
「でも、どうして……?」
神田の声が震える。田中は唇をかみしめ、しばらく黙ってから口を開いた。
「橋本くんは……日下部さんの家庭の事情を、かなり詳しく知っていました。本人から聞いたのか、あるいは――」
「学校関係者から、ってことか」
森が言葉を継ぐ。ぞくり、と背筋が冷えた。日下部春乃が家にいられなくなった理由。
田中が『危険がある』と言ったその意味が、少しずつ輪郭を帯び始める。
「……先生」
僕は田中を見据える。
「橋本は、今どこにいるんですか」
「今日は学校を早退したと聞いています」
田中の声は硬い。
「理由は、体調不良」
「体調不良、ね。都合が良すぎるだろ」
森が鼻で笑う。
ハカセが顔を上げた。
「一つ、確認したいことがあります。橋本くんの家の場所、皆さん知っていますか?」
橋本の家は――日下部の家から、歩いて十分もかからない場所にある。
「……まさか」
神田が息を呑む。
「行こう」
僕は即座に言った。
「今すぐ橋本の家だ。もし日下部が――」
その先は、誰も口にしなかった。夕焼けはすでに色を失い、公園には長い影が伸びている。
かつて恐怖を演出するために使われた“影”とは違う、本物の不安が、僕たちの足元にまとわりついていた。
僕たちは無言で走り出す。次に待っているのが、真実なのか、それとも取り返しのつかない現実なのか
――まだ、誰にも分からなかった。




