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第三章 調査

 日下部の家を訪れてから今日で三日目だ。いつものように教室に入る。


「おはよー。心配かけてごめんね。もう平気だから」


 そんな声が聞こえることを願っていたが、今日も日下部の席は空席のままだった。


 日下部春乃は、目立つ存在だった。派手なわけじゃない。むしろ逆だ。


 声を張り上げることもなければ、無理に輪の中心に入ることもしない。


 それでも、気づけばそこにいて、誰かが困っていれば自然と手を差し伸べている。


 運動神経がよく、勉強もできる。なのに自慢しない。それが、彼女だった。


 去年、僕が数学の小テストで赤点を取ったときもそうだ。


 放課後、誰もいなくなった教室で、彼女は黙って隣に座り、ノートを差し出してきた。


「ここ、考え方は合ってるよ。途中で式、飛ばしちゃってるだけ」


 それだけ言って、微笑んだ。責めるでもなく、見下すでもなく、ただ「一緒に」考える。


 そういうやつだった。


 だからこそ――

 彼女が何も言わず、何も残さず、消えるなんて、ありえなかった。



「先生。春乃は今日も休みなの?」


「お見舞いいくので家教えてください」


 さすがに休みが続いているせいか、僕たち以外の生徒も彼女を心配している。


 まさか、日下部が家にいないなんて口が裂けても言えない。


「お前たち日下部の家に行ったんだって?近かっただろ?」


 何も知らない橋本が声をかけてきた。最近バタバタしていて、橋本とはあまり話せていない。


「橋本のほうは、引っ越し落ち着いたのか?」


 僕は、彼の質問には答えずに問いかける。


「いや、前の学校より授業が速くて……西岡先生と補習だ」


 橋本は、頭を抱えながら答えた。


「クサカベサンハダイジョウブデス。シンパイシナイデクダサイ」


 田中は騒いでいるクラスメイトをなだめようとしている。


 だが僕たちには、日下部の家に行くなと言っているように聞こえる。


 今日は神田と一緒に田中の怪しい点を調べる日だ。


 HR(ホームルーム)や授業中、先生の様子に気を配ったが、特に変化は見られなかった。


 わかったのは、西岡と仲がいいことくらいだった。そういえば、西岡は去年の僕たちの担任だったな。


 宿題を忘れて、日下部たちと一緒に怒られていた、去年の思い出がよみがえる。


 その西岡も橋本の補習につきっきりだった。二人は、黒い箱のようなもので何かの実験をしているように見えるが、詳しくは分からない。



 <田中調査チーム>

 放課後、僕と神田は学校に残った。引き続き、田中の行動を観察するためだ。


 学校内で田中を尾行する……怪しまれないように慎重に。


「昨日と同じで、春乃の席を確認してるよ……」


 神田が小声で言う。


「やっぱり気になるんだ……」


 僕も小声で応じる。


 僕たちは尾行を続けた。先生は職員室に戻ることなく、学校の裏手にある駐車場へ向かう。


「車で……春乃の家に?」


 神田の声が震える。


「可能性はある。先生が家のトリックに関与しているなら、直接確認するだろうからな」


「……あれは……?」


 神田がささやく。


 田中のほうを見ると、トランクから何かを取り出していた。


 さっき西岡の補習で見た黒い箱に似ているな。僕は顎に手を当て推理する。


「小型の投影装置……。昨日見た影の演出は、あの装置を使って作られたんじゃ……田中は家の影の仕掛けと教室の監視、両方を管理していた?」


「でも、なんで……?」


 神田が問いかける。


「日下部が家にいない理由を知っているか……あるいは隠そうとしているからとか?」


 確証はない……が、今日はやけに頭が冴えている。


 神田と二人なら僕が頭を使うしかないからだと気づくと妙に納得できる。


「影の位置と光の方向がずれていた理由も、これで説明がつく」


「つまり、誰もいない家に人がいるように見せかけるための演出……てこと?」


 神田が続ける。


「ああ。しかも、それを操作していたのが学校の先生だったとは」


 僕の声には少し緊張が混ざる。僕たちは互いにうなずいた。


 昨日の恐怖は解明に向かって動き出した。でも、田中が関わっているという事実は、単純な怪奇現象ではなく、人為的な謎であることを示していた


 ――そして、この謎の核心に触れるためには、次の行動が必要だった。


「ちょっと待って」


 神田が何かを思い出すかのように叫んだ。


「どうしたんだよ。急にでかい声出すなよ。」


「田中はさっき車で出かけたよ。春乃の家に行ってたらハカセたちが危ない」


 神田の言葉に僕は息を飲んだ。ハカセたちは、もう一度日下部の家を調べているんだった。


「ダメだ。出ないよ」


 僕が電話をとりだしたときには、すでに神田は着信をかけていた。


「日下部の家へ急ごう」


 僕たちは日下部の家へ走り出した。



 <影再調査チーム> 

 放課後、ハカセと森は学校を出て、日下部の家の周辺を歩き始めた。


 昨日の出来事が頭を離れず、足取りは自然と慎重になる。


「この前は家の中まで入ったけど……まずは外から様子を見ることにしましょう」


 ハカセがそう言った。最初に、隣に住む老夫婦の家の前で立ち止まる。


「こんにちは……ちょっといいですか?」


 森が声をかける。老夫婦は少し驚いたようにこちらを見るが、すぐに落ち着いた表情になる。


「そうですね……ここ数日、家に人の気配はなかったですね。犬も散歩に出てこないし、郵便物もたまっているようです」


「やっぱり……」


 ハカセが小さくつぶやく。


 次に、近くの郵便配達員に会い、日下部宅の配達状況を尋ねる。


「ここは一週間ほど前からずっと配達してますけど、郵便受けがいっぱいで押し込む感じですね。


 中を見ると、新聞もチラシも手付かずで……誰も受け取っていない様子です」


 ハカセは眉をひそめながらメモを取る。


「なるほど……郵便物は溜まっているが、家には人がいない。つまり日下部さんは本当に不在です。鍵が開いていたのは昨日確認済みですが、これは誰かが意図的に家に近づかせないための仕掛け……あるいは、家を監視している可能性もあります」


 森はふと、田中のことを思い出す。


「学校で日下部の席をずっと見ていたのも……ただの心配ではないかもな」


 森は小声で言った。


「ええ。学校内と家の両方で状況を把握することで、日下部さんを管理しているのでは」


「次は家の中か。影の謎を解かないとな……」


 森は強い口調で言った。


 ハカセは玄関から二階までの階段の光と影を詳しく観察した。


「見てください。昨日僕たちが見た影、光の方向と合っていませんでした。夕日が西から差しているのに、影は南側に落ちていました」


「あの影……人型だったよな」


「確かに、あの形は人の形に見えました。しかし、位置や長さが合わない。つまり、人間ではなく“物体の形をした何か”がそこにあったのかもしれません」


 二人は廊下を見回す。薄暗い中で家具や物の影が微かに揺れている。


「じゃあ……影を人間に見せるためのトリック?まさか幽霊ってわけじゃ……」


 森が小さく声を漏らす。


「物理的な仕掛けの可能性があります。例えば、夕日の方向に透明な板や影絵のような物を置いて、遠くから見ると人型に見えるようにする、とか」


 そしてハカセは、家の外周をゆっくり歩きながら窓やカーテンの隙間を観察した。


「カーテンの角度も微妙におかしい。外からの光で作られる影にしては、位置がずれている……誰かが意図的に操作している」


 二人はしばらく黙って家を見つめていた。


「ここまで整理できました」


 ハカセがノートを示す。


 郵便物が一週間分溜まっていた → 家には日下部はいない

 家の中に生活音がない → 誰も住んでいない

 鍵は開いている → 出入りは可能

 影の位置と光源が一致しない → “誰か”が作ったトリック


「これで、昨日見た“人影”は恐怖のための演出、あるいは警告」


 ハカセは言った。


「……警告?」


「ええ。誰かが日下部さんの不在を知っていて、家に近づく者に対して“来るな”と示すための仕掛けかもしれません」


 森はハッとした。昨日、田中が教室で日下部の席から目を離さなかった理由も、ここにつながるのかもしれない。


「……まさか、学校の中にも……」


 森が小声で言う。


 ハカセは顔を上げ、遠くの窓の方をじっと見つめた。


「つまり、日下部さんが家にいない理由と、家のトリック、学校での監視――この三つが繋がるとき、全体像が見えてくるはずです」


 二人は互いにうなずき、静かにその場を離れた。影の恐怖は消えたわけではない。でも、少なくとも今は「解明できる謎」として立ち向かうことができる――そんな感覚があった

 

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