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第一章 日常

 「きゃあああああああああああああ」


 教室中に突如、女性の叫び声が響き渡った。


「これで僕の怖い話はおしまい!」


 僕は満足げに言った。


「相変わらずヒロの話は怖いなぁ」


「あ、見て!鳥肌が止まらないんだけど」


「やはり昼休みは北村くんの怖い話が一番ですね」


 僕のことを褒める声が次々と聞こえてくる。みんなで集まって怖い話を披露する。


 それこそが僕たちの日常なのだ。そうはいっても、話をするのは昼休みだ。


 太陽の日差しは容赦なく教室に降り注ぐため、怖い雰囲気は全くでない。


 夏休みも明け、授業が本格的に再開する九月中旬にもかかわらず真夏のように暑い。


 そんな残暑を吹き飛ばそうと誰かが言い始めたのが発端だった。


 しかも今日は、二学期から転校してきた橋本が初参加だ。彼に恐怖を味わってもらうため神田に派手に驚くよう指示していたが、あそこまでの悲鳴には驚いた。


 演出の効果もあり、恐怖で震えていそうな橋本に僕は問いかけた。


「なぁ、橋本。僕の話はどうだった?怖い話ならこの中では一番うまいと思うよ!」


「まぁ……怖かったけど、それくらいの話ならオレもできるかも……」


 橋本は言葉を選んでいたのか、ゆっくりと答えた。


 出会って間もないやつに、自分の話をつまらないと言われたらカチンとくるが、僕は怒りを抑えて橋本に言った。


「なら橋本の怖い話聞かせてくれよ!」


「あ、私も聞きたい!」


 神田が目をキラキラさせながら僕の後に続ける。こいつは怖がりのくせに、人の怖い話をやたらと聞きたがる。そしてオチの前で騒ぎだして雰囲気を台無しにする……。


 さっきの叫び声も少し早かったぞ。まあ今回話すのは転校生の橋本だし、できればそうしてくれたほうがありがたい。


 僕からすれば、転校生の怖い話が成功するのはつまらない。


 いやな性格だなと自分でも思ってしまった。これから橋本と友達になれるのだろうか?


 そんなことを考えている間に彼は、怖い話をみんなに披露していた。



 あなたが笑うと

 世界が私を押しつぶす


 だから私は

 その笑顔を

 独り占めにする


 寝ても覚めても

 あなたの影を追い

 指先で記憶をなぞる


 誰にも渡さない

 誰にも見せない

 あなたは

 私だけのもの


 声が聞こえなくても

 匂いが消えても

 私の心は

 あなたを見張っている


 逃げようとするなら

 夢の中ででも

 私はあなたを抱きしめ

 決して離さない


 愛してる

 だから壊す

 壊したら

 永遠に

 一緒にいられる



 詩から始まるなんて、怖い話の導入としてはうまい。でも話し出したばかりだ。


 焦るな!僕は橋本の話に耳を傾けた。


「……するとそいつがオレに向かって……おい()()ここなんかいるぞって言ってきたんだ……」


 いま『稲川』って言ったよな。こいつの名前って稲川だっけ?


 まさかの言葉に僕だけではなく全員が困惑していた。


「もしかしてお前、稲川淳二のパクリ?」


 数秒間の沈黙を破ったのは、これまで黙って聞いていた森だった。


 森とは同じ野球部で親友と呼べる間柄だ。


「ばれたか!」


「パクリとかしらけるわぁ」


「あ、でも橋本も盛り上げようとしてくれたんだからいいじゃん!」


 三人の言い争いはヒートアップしているようで、場はぴりついている。


 このままそっとフェードアウトしてしまいたいくらいだ。


 トイレに行くと言って立ち去ろうとした瞬間、三人の後ろから低い声がした。


「でも、こういう話をしていると死者の霊が集まってくるんですよね」


 その言葉を聞いて、さっきまで言い争っていた三人は黙り込んだ。


 言葉を発したのは大村(ひろし)だった。


 大村は長身で猫背、眼鏡をかけた研究者らしい風貌なのでハカセと呼ばれている。


「ちょっとハカセ。急に怖いこと言わないでよ」


 神田が驚きながら言った。


「死者ってことは、あいつの霊も来てるのかな……」


 森はボソッと呟いた。


「いや勝手に殺すなよ。ちょっとの間、学校を休んでいるだけだろ」


 森の不謹慎すぎる発言に僕は強くツッコんだ。


「でも長い間休んでるよね」


「ああ。今日で一週間か」


 橋本は話を聞きながら、誰も座っていない席を見つめていた。


「日下部の家、行くの?」


 橋本が何気なく聞いてきた。


「ああ、近所だしな」


「……ふーん」


 それだけ言って、橋本はそれ以上何も聞かなかった。


 この教室には一週間欠席している生徒がいる。その生徒は、日下部春乃。


 僕たちは普段、彼女を含めた五人で一緒にいる。そこに転校生の橋本を加え、六人で中学最後の時間を過ごす予定だった。


 担任の田中は、ただの風邪だというが、さすがに一週間も休むと心配になる。


 『キーンコーンカーンコーン』昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。


 怖い話に夢中で昼食も食べきれていなかった。僕は、半分ほど残っている焼きそばパンを口にほおばり、コーヒー牛乳で一気に流し込んだ。



 始業のベルと同時に『起立、礼、着席』という号令が教室に響いた。


 五限目の英語の授業はとくに眠い。昼食後であることも一因だが、何より田中の授業が問題だ。


 あの先生の声は一段と眠気を誘う。おまけに授業内容もリスニングや発声練習が中心でつまらない。


 こいつの授業を受けるくらいなら自分で勉強していたほうがはるかにましだ。


 僕は、英語の教科書の下に数学の問題集を広げ、関数の問題を解く準備をする。


 幸運なことに、僕の席は窓際の一番後ろだ。


 ここは教卓にいる田中から一番見えにくく、内職をするのに最も適している。


「ミナサン、スバラシイハツオンデスネ」


 相変わらず田中はくだらない授業をしている。ネイティブとは程遠い発音をBGMに数学の問題集に取り掛かるが、思うようにペンが走らない。


 睡魔と雑音のせいもあるだろうが、昼休みの森の発言が気になっていた。


 もし本当に事件に巻き込まれてたらと考えると、持っていたペンが自然と震える。


「ミスターキタムラ、ツギヨンデクダサーイ」


 田中が僕を指名した。僕はその場から立ち上がり教科書を掲げ、田中に問いかけた。


「先生、何ページですか?」


「オーマイガー!」


 田中の呆れた声が教室中に響き渡った。結局、残りの時間は廊下に立たされ、いまは六限目の授業中だ。授業をしている西岡はとても怖い。


 怒鳴りつけるという意味ではなく、言動が怖いのだ。


 理科の教師ということもあるのだろうが、『科学の発展には犠牲がつきものだ』とか『この薬品は実験に使えそうですね』などと言い、周りを引かせている。気がつけば授業も残り十分ほどだ。


「なぁヒロ。もし日下部が何かの事件に巻き込まれていたら犯人誰だと思う?」


 横から聞こえてきた声に驚き思わず「は?」と返してしまった。


「いや、もしもの話だよ。なんかやらかしそうなやつって誰よ?」


 森はにやにやしながら聞いてきた。


「田中はただの風邪って言ってただろ。しょうもないこと言ってんじゃねーよ」


「その田中が怪しくねーか?だってあいつ日本人のくせに片言じゃん」


「確かにそうだけど……もし事件に巻き込まれていたなら、ニュースになってるでしょ」


「僕は西岡先生が怪しいと思いますね」


 森の前に座っているハカセが会話に交じってきた。


「俺たちで事件の真相を暴こうぜ」


「森くん、ナイスアイデア。早速作戦会議をしましょう」


 森とハカセはノリノリで事件を解決しようと意気込んでいる。


「まだ事件と決まったわけじゃないだろ。まずは、日下部の家に行ってみようよ。ただの風邪かもしれないんだし」


 僕は興奮した二人に向かって言った。

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