それぞれの過ごし方
-Alias-
『――ということから、帝都でのお披露目は情勢が落ち着いてからと考えておりますので、秋くらいを予定しております』と。
皇室へ、お詫びの手紙を書く。
『われ、嫁もらったなら見せに来んかい! こら!』と、叱られる前に、お手紙を出すことで『ええで、なら待つわ』と言ってもらえるようにだ。
そして似たような内容で、黒鷹公爵と黒獅子公爵へも出しておく。黒蝶公爵へは、セレスさんから出してもらうようお願いした。
そういう書類仕事を終えて、会議に出る。
城の主塔からの眺めはすばらしいですよ、とセレスさんとエレーナどのに伝え、二人が眺望を楽しんでいる間、俺の部屋で会議をと爺が言い出したのだ。
爺とヴォルツの他、父上から言われてついてきた黒竜騎士団の副長ボバン・カントナ――彼は黒竜騎士団総長の息子さんだ――と、俺の代わりに領地を守ってくれている代官で家宰のオルネスト・ヴァランの四人と、俺が集まっていた。
聞けば、ヴォルツはボバンと騎士見習い時代を一緒に過ごしていたらしい。ボバンはヴォルツがいなければ、剣術大会で優勝できたと悔しがっていた。
ヴォルツって、強いんだな。
俺の近くにいたら、強さを発揮できないと思うんだよ……今回、黒竜騎士団を俺につけたことといい、ヴォルツの護衛役といい父上は適材適所を知らないようだ。
そもそも爺だって、まだまだ現役で公爵家全体を支えることができたと思うんだけど……。
「無事に領地に入ることができたからこそ、アリアス様にお伝えしておきたいことがございます」
爺の発言で、打ち合わせが始まる。
彼の発言を待つ間、せっかく温かいお茶を出してもらっているからと思い、緑茶――日本の緑茶のほうが断然うまい! こっちのは緑の色してるけど苦い薬草茶みたいな感じ――をいただく。苦いことは、体にいいことだと信じて、なるべく飲むようにしていると、十年ほど風邪をひかない。
爺が一同を順に見て、発言を続ける。
「お館様におかれましては、来月……五月の定例公会で帝都に行かれる際、陛下に公爵家の相続に関することでご許可を得ると仰せです」
父上、最近は頭痛がひどいらしい。治療に専念するために、カジニスに譲るのか。
怒りにまかせて、顔も見ないで領地に入ったけど、父上だけには挨拶しておいたほうが良かったなぁ……しかしまだ爺より少し年上くらいで、引退ってほどには……でも、平均寿命が日本よりもぐっと低いここでは、六十後半てのはしんどいのだろうか?
「次の黒竜公爵は、アリアス様が継がれます」
なるほど、カジニスでは領民が困るだろうし、他の兄貴でもダメだろうと思っているので誰がきても問題ありませ……は?
アリアスって、俺じゃん……。
「まて、俺?」
俺の声は、震えていた。
「さようです、アリアス様」
爺の発言に、驚いていたのはオルネストだけで、他の三人はうんうんと頷いている。
そういうこと!
ボバンが俺にくっついて着たのは、これが理由だったのか!
いる!
たしかに、必要!
なぜなら、父上が帝都で「アリアスに継がせる」と言い、陛下が「ええよ、ええよ」と許可したら、あの兄たちが「わかった、頑張れ」とならないに決まっている。
あの兄たちなら、軍を動かして俺を捕まえて、「譲れ」と脅すに決まっている。あの兄たちがそれぞれに軍を動かすもんだから、領内は今以上に困ったことになるでしょう……。
次の問題。
俺、公爵になんてなりたくないんだよ!
この領地で、おだやかに暮らしていたいんだ。
最強ツエーできない俺は、人の死が近くにあるこの世界で、そんな派手な役割はいらんの!
……公爵ともなれば、帝国内における公国の公王。皇室との付き合い、他の公爵との付き合い……諸侯との関係……というか腹の探り合いやら何やら……関わりたくない。
それに、戦争が当たり前にある世界の国だ。
ただでさえ、魔獣とかいうファンタジーな存在が普通にいる世界で、なんならデカい竜だっているらしい、見たことないけど。
怖くなってきた……。
「アリアス様」
オルネストが、俺を見ていた。
「私はアリアス様が、このベルク郷のご領主となられ、これまで領民のためにしてきたことを知っております。大丈夫、きっとうまくいきます」
俺が黙っているので、不安がっていると思われたらしい。
「……断ることはできない?」
恐るおそる爺に尋ねた俺は、目をまん丸くする一同を見て、こういうことを言うから変人扱いされるのだと再確認する。
「領民のため、お受けください」
爺は言い、その言をヴォルツが継ぐ。
「騎士や一般の兵まで、アリアス様のご兄弟から気持ちが離れているのが現状です……多くが不満に思っている人が公爵になり、この八州はまとまりましょうか?」
ボバンも言う。
「そのとおりです。我ら黒竜騎士団は、使える主君を選びます……アリアス様にお仕えさせてください。これは騎士たちの総意ととって頂いてかまいません」
俺は、こういう風に言ってもらえて嬉しく感じた。
ただ、同時に困難を前にしたときの重い気持ちも同時にあることを誤魔化せない。
……ここで、あることに気づく。
父上が、セレスさんとの縁談を強引に進めた理由がわかったのだ。
家のため、俺のため……そういう意味だったのだ。
同時に、父上の意図に気づく。
現在、ヴァスラ帝国は摂政による専横が皇室の権威を貶め、また摂政に協力する黒鷹公爵と黒獅子公爵のおかげで、国内の力関係が大きく傾き、国が乱れる原因のひとつとなっている。
中立を保っていた黒蝶公爵が、どうして今、当家との縁談に前向きになったのかはわからないが、こちらの味方につけることで、対立はあれども均衡がとれるようにと考えたのだ。
ということは、皇帝陛下はこの相続と、今回の俺とセレスさんの結婚を後押ししたに違いない。
誰がもっとも得をするかを考えると、それは皇帝陛下に他ならないからだ。
次に公爵領内において、兄たちの領地で反乱がおきていて、それが公爵直轄領へと伝播している状況となっているが、好転させる材料が俺だ。
逆に、あの父上であっても、公爵からおりなければならないほどに追い込まれていたとも言える。
これしか、打破する手を思いつかなかったんだ……いや、これを考えたのは……。
俺は、爺を正面から見て、口を開く。
少し、怒っていたので口調が厳しいものになっていた。
「爺、悪だくみの責任はとってもらう。俺が公爵となってから、領内を治める、収める図をすぐに描くように」
爺は目を見開き、次に笑みを浮かべて頭を下げた。
わかっているよ、爺。
一礼したのは、喜ぶ顔を隠すためだってことくらい……。
-Celestine-
嫁いでから十日めの昼。
四月も、半分が終わってあと十日ほどだ。
アリアス様は仕事で忙しくても、夕食と食後のお茶には必ず付き合ってくれる。感謝を伝えると、「俺が、そうしたいから」と相変わらずの棒読みだけど、言ってくれた。
えへへへへへ。
ニヤける! ニヤけます!
「セレス様?」
ヴォルツ殿の声で、立ち止まっていたと気づいた。
城下町を見学しているのです。
「どうしました? ニコニコされて」
「楽しくて」
嘘です、いえ、楽しいのは嘘じゃないです。
城下町には名前がなく、ただベルク城があるから、ベルクと呼ばれているらしい。でも、町の規模は小さくない。行商人が多く、市場には食べ物がたくさん並んでいる。肉も魚も多く、豊かな土地なのだとわかる。
「セレス様、あれ、楽しそう!」
エレーナの声で視点を転じると、井戸の上に何かの装置がつけられていて、それをガチャガチャと動かすと、装置の先から水がドバーと出ていた。水たまりができあがり、女性たちが衣類を水につけて、その周囲で子供たちが裸足ではしゃいでいる。
彼らの笑い声に誘われて、そこに近づくと皆の視線がわたしに集まった。
名乗るべきかと立ち止まると、ヴォルツ殿が住民たちに言う。
「アリアス様の奥様となってくださった方だ。セレス様である」
人々が一斉にひれ伏す。
だけど、わたしは楽しそうにしてほしい。
「やめて、皆さん。顔をあげて……これ、どういったもの? わたしのところにはなかったの」
母親に頭をおさえられていた子供が笑い、教えてくれた。
「喞筒だよ、お姉ちゃん」
「こら!」
子供を叱る母親に笑みを向け、その子の手をとり膝をおった。スカートが濡れていたけど、気にならない。
「ね、使い方を教えて」
「いいよ」
その子がポンプの後ろに立ち、手で棒をあげたりさげたり……重そうなので手伝う。
すると、ポンプの先から水がドバー!
子供たちが再び笑いはじめ、女性たちがそこでしていた作業を再開……洗濯をしていたのだとわかった。
水は石畳で整地された人工の池から、溝を通って流れでいく。ヴォルツ殿が、水の行方を指さして教えてくれる。
「道の側溝を通って、暗渠へ流れて濾過されます。濾過の施設、ご覧になります?」
「ええ! ぜひ! でももう少し待って!」
わたしは「えーい!」と声を発して、ポンプを動かし水を出す。
女性たちが何かの歌を歌いながら洗濯をして、子供たちが水で遊ぶ。
「この井戸、アリアス様が掘ってくれたんですよ」
洗濯をしていた女性の一人が、教えてくれた。