見惚れたのです。
-Celestine-
ど緊張する……。
帝国西部八州を治める黒竜公爵は、四公のなかでも最も力と権威がある公爵である。
現在の当主アキレス様は、皇帝陛下から「その武威に並ぶ者なし」とまで称えられたお人で、人格者としても有名だ。
一方……そのご子息たちは問題児がそろっていると陰口を……わたしの夫のアリアス様も、変人だと言われてしまっている。
問題児兄弟四人がそろい、アキレス様と奥様のクレア様が食事の席についた頃合いで、アリアス様が席から立ち、一同に挨拶をした。
「父上、母上、セレス……ティーヌを妻に迎えました。ご縁くださり感謝します」
アキレス様が笑みを浮かべて……獅子のような猛々しさをもつ初老の男性が、穏やかな笑みを浮かべるとそのギャップでいい人そうに思える。
一方のクレア様は、わたしを睨んで……睨んで……睨んでいる! 見間違いではありません!
お義母様が、わたしを睨みつつ口を開いた。
「当家にふさわしい嫁になるよう、これまで以上の努力をなさいなさいな」
「これ、クレア」
アキレス様がお義母様をたしなめると、彼女は「はん!」と息を吐いてそっぽを向いた。
姑問題よ、これは……。
今度のわたしは、姑に追い出されることになるのか?
……いかん、追い出される前提で考えてしまう。
おちつけ、わたし。
アリアス様は、わたしを……えへへへへへ。
「なにがおかしいの?」
姑の問いに、思考でにやけていた顔を整えて謝罪した。
「申し訳ございません。アリアス様とのご縁がうれしく……」
「ふん!」
姑の鼻息に、アキレス様が苦笑した。
ここで兄上たちがそれぞれに名乗る。
といっても、わたしは当然、彼らを知っている。社交界に出入りしていた過去、彼らもいたので顔と名前はわかっている。そして皆、妻帯しているがこの場には伴っていない。つまり、わたしになんぞ紹介するまでもないと彼らに思われているってわけで……はぁぁああああ。
長男のカジニスは、父親から武芸の才能だけを継いだと影口をたたかれる乱暴者。
次男のジストアは、母親から美しさだけを継いだと陰口をたたかれるナンパ者。
三男のファレルは、名門の出身でなければ誰からも相手されない残念者。
誰が継いでも家が傾くだろうと、わたしは思う。けっして、軽く扱われているからそう思うわけではない。
……しかし、彼らとアリアス様は似ていない。
顔、体格もまったく……似ていない。
お母様が違うのでしょうか? という疑問は口にしたら姑に殺されるから絶対にしてはならない! にしても、昼食会で交わされるご家族間の会話を聞いていると、アリアス様はこの家族の中で浮いているのだとわかる。そして、間を取り持つのがお父上のアキレス様だとも。
微笑みを保ち、彼らの会話に口をはさまず、出された料理を頂いていると、三男のファレルから声がかかった。
「ところで君は、四度も離縁をされたそうだね? 噂で聞いているかぎりの理由しか僕たちは知らないのだけど、本当のところはどうなのかい?」
わたしは、どう答えようかと悩む。というのも、一回目は誤解されようがないが、その後の三回は説明が難しい……元夫たちは、社交界に出入りする人たちなので……気をつかう相手たちか? と思うも、わたしの口から出ると、今はすなわりアリアス様の妻――
「答えられないような理由があるってことか! ははははは!」
悩んでいると、答えられないと結論づけられ笑われた。
長男のカジニスが、わたしへの嘲笑にのる。
「アリアスには、こんな中古の女がちょうどいいってことだ」
長男の暴言に、次男が笑ったところでアキレス様がテーブルを叩いた。
ドン! という重い音がしてわたしへの嘲笑が止まった時、アリアス様がわたしの手をとり、スっと立ち上がる。
立ち上がる?
彼の手にひかれて、わたしも椅子から腰を浮かした。
「失礼します」
アリアス様はそう言うと、わたしの手をひく。わたしは皆さまに頭をさげようとするも、アリアス様の進む速さに抗えず、そのまま食事会の場を離れることになった。
「あ……アリアス様?」
「帰ろう、気分を悪くさせてごめん」
わたしは、こちらを見ないまま棒読み口調でそう言ったアリアス様に引かれて、公爵邸を出た。
使用人や兵士、騎士たちが、何事かとわたし達を見ているけど、アリアス様は全く意に介さない。
わたしたちの馬車に乗り、並んで座る。
馬車が動きだしたところで、わたしが彼の横顔を見ると、ぷいっと顔を隠された。
「照れるので、見ないでください」
「……あの、ありがとうございます、わたしのために」
「違います。自分のためです。あいつらの前に、セレスさんを考えなしに出した自分が許せず」
わたしと話をするときは、相変わらず棒読み口調のアリアス様が可愛く思えた。
思えたのです。
-Alias-
最低の顔合わせだった。
あいつら、失礼にもほどがあるだろ……頭おかしい奴らめ。
父上が甘やかすからよくねぇんだよ。
一応、この世界では兄貴たちだけど、情なんてないんだよ、こっちは。あんま調子のってっとくらわすぞ、ボケが!
「失礼します」
自室でイライラしていた俺は、入室してきた爺にその表情を見られた。
「ご当主様からの使いが参っておりますが?」
「追い返せ」
「よろしいので?」
「いい」
「予定より早くお戻りになられましたし……何があったのです?」
俺はなるべく冷静に、食事会でおきた出来事を話した。
そもそも家族は、父上以外はセレスさんを歓迎していないことや、彼女の離婚歴をバカにして笑う出来事があったことを、だ。
「……というわけで、しばらく公都を離れる。セレスさんがここにいると、嫌でも彼女はあいつらと顔をあわせないといけないから。領地に行く」
「帝都の舞踏会や晩餐会もご欠席で?」
「最近はいつもお断りしているだろう?」
「帝都での、花嫁お披露目もなさらない?」
「セレスさんがしたいのなら考える」
「では、相談なさってください」
爺! 爺から聞いてもらえない? 今日の連れ出しで、本日分の度胸は使い果たしたんだよ!
ここで爺が、「しかし」と前置きをして言を続ける。
「ご領地の西では、五か国半島連邦との戦争中です。帝国軍は苦戦で戦線は後退している模様……万が一、ご領地にも戦火が及ぶ恐れがあり、しばらくはこちらにいるのがよろしいかと」
「……実は、それも心配で。領地に及ぶようなら、そういう時こそ俺がいないとダメだろ?」
爺はそこで固まると、表情を消して深く一礼した。
なに?
な……なんかおかしいこと言った?
爺が顔をあげる。
「それでこそ、我が主……承知しました。準備をいたします」
「うん……」
なんだろう? なんか褒められたけど、当たり前のことを言っただけで……あ……セレスさんとお披露目の件、話さなきゃだわ。
-Celestine-
「セレス様のために、お怒りになったなんてすばらしい旦那様です」
エレーナは、すぐに意見を変えられる素直な子です!
「わたしも手を引かれた時は驚いたけど……うれしかった」
「ですよね! 今度は大丈夫! 今度こそ! 大丈夫ですよ」
……強調するの、やめてほしい!
言い方! 言い方に気を付けて!
言葉ひとつで気持ちよくも悪くもなるというもの。
部屋でエレーナとおしゃべりしていると、ドアの外でアリアス様の声がした。
「セ……セレスさん、入ります」
エレーナが慌ててドアへと駆け寄り、ドアを開けた。
わたしは椅子から立ち上がり、笑みで迎える。
アリアス様は相変わらず表情が硬いけど、その理由を知っているわたしには可愛く見えてしかたない。
「うふふふふふ」
思わず笑ってしまったところで、アリアス様が立ち止まり、カチンコチンになった。
エレーナにも、アリアス様の事情は伝えている。だから彼女も、緊張で固まるアリアス様を見て微笑んでいる。
二人で椅子を勧め、彼が座った椅子の近くに、エレーナがわたしの椅子を運んでくれたので、そこに座った。対面とならず、やや斜めに並んで、でも顔はすぐに見ることができる位置関係……。
「そ……相談があります」
「はい」
あいかわらず、わたしの顔を見ないで話す。
その横顔が、微笑ましい。
「領地に行こうと思います。セレスさんに領地を見てもらいたいし、ちょっといろいろと仕事があります……これはあまり良くないことですが五か国半島連邦との戦場へと物資を運搬する経路にもなっていて……問題も少なくありませんので、俺は領地に入っていたいと思います」
わかっている。
彼はきっと、わたしのために公都を離れようとしていることを。
わたしのことを、良く思っていないご家族から遠ざける目的もあることを、わたしは理解できている。だけどそれを、そのままわたしに伝えないで、領地のことでという理由にする彼の人柄が嬉しかった。
「ですが、それをすると、本来であれば帝都の別邸に諸侯皆様を招いて……セレスさんをお披露目する会をすべきところをしないままとなります……美しい衣装をまとったセレスさんを、ご両親は見ることができません」
「はい」
もう四度も見ているから、見なくても大丈夫でしょう……て、自分で思って悲しくなった!
やめよう、前向きに生きよう。
「セレスさんを、お披露目したくないのだと俺が思っていると勘違いをされると困るので言いますが俺は――」
わたしは、アリアス様の言葉を遮る。
「いえ、思いません。アリアス様がこう仰るのは、わたしのことを思ってくださってのことだと存じております」
わたしの言葉で、アリアス様がわたしを見る。
目があうと、彼はすぐに目をそらした。
微笑ましくて、嬉しくて、思わず手を伸ばして、アリアス様の右手に触れる。
「セ……」
「アリアス様、わたしはわかっております。ご領地に連れて行ってください」
照れた彼の横顔に、わたしは見惚れた。




