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誤解を解く

 -Alias-




 四男の俺にも、領地はある。大きくはないが、城を中心に小さな町があり、領内には複数の集落もあって、森もあるし川や湖もあった。


 俺は気に入っている。


 その領地にいる代官のオルネストから届いた書類を確認し、決済印を押していたらドアがノックされ、セレスさんと爺が、それぞれ盆を手に入ってきた。


 俺は慌てて立ち上がり、彼女から盆を受け取ろうとするが、笑みでそれを断った彼女がふわりとソファに腰掛け、お茶を淹れてくれる。そして盆には、焼き菓子が盛られた皿もあった。


 空腹を感じて、次に違和感を覚える。


 あれ? 飯を食べたっけ?


 ここで俺は、壁時計をみて焦った。


 午後十時過ぎ……。


 あ……仕事が多くて働いていたら、夕食も無視してこんな時間に……。


 セレスさんが来てくれたという初日に、ぼっち飯をさせた上に気を遣わせて……。


 爺を見ると、俺を見ていた。


 その目は、呆れと怒りが半々だ。


 そういえば……しばらく前にドアを何度もたたかれて、声をかけられていたけど、領地の隣の土地を所有しているミラ伯爵に出す手紙を書いていて、急いでいたし集中していたから「邪魔しないでくれ!」と怒鳴っちゃったんだった……あれ、晩飯のお知らせだったのね……いつものように、籠ってすみません。


 でも! でもだ! 仕事が多いんだよ? 用水路や井戸や風車やあれやこれやの工程やら、発注やら、見積りやら、配置図やら……多いんだよ、やること。それに領地の西方では隣国と戦争やってて、俺の領地を通って物資を運んだりしているからいろいろと面倒もあって……心配も多いから、俺が仕事をしないと領地の人たちが困っちゃうんだよ! インターネットがある世界なら、「うぃーす、見積りおねがいー」「おくりましたー」「この金額でなるはやでー」みたいな感じでできるんだけど、この世界では書類のやりとりだけでも大変なんだ! ていう、言い訳を緊張でできない俺は、机に置かれたお茶と焼き菓子の皿を前に固まっていた。


 セレスさんが、「お邪魔をして申し訳ございませんでした」と言って、部屋から出ていこうとする。


 爺の鋭い視線の意味、わかっている……俺は全力で緊張に抗い、声を出した。


「セ……一緒に、お茶を」

「え? お邪魔になりませんか?」

「な……りません」


 彼女が、笑顔を見せてくれる。


 かわいい……キレイだ……天使だ。


 爺が、いつの間にか部屋から出て行った。


 執務椅子から移動し、ソファへと腰掛けた俺の隣に彼女が座る。


 こんなこと、こんな状態……になるなんて、俺もこうなって初めて知ったけど、本当に本気でどストライクの人を前にすると、緊張してしまって、うまく話せない。


「アリアス様?」

「はい」

「お聞き及びとは思いますが、わたしは四度も離縁をされた女です。それに年齢もアリアス様より上です」


 え? 年上なの? 俺は二十歳だけど……いくつなんだろう? まったくわからん。おそろしく美人でスタイル抜群なのはわかります……いかん、下品なことを考えては失礼だぞ、俺!


「家のためとはいえ、お受けくださりありがとうございます。お邪魔にならないよう努めますけども、邪魔なときはご遠慮なくおっしゃってください」


 笑顔で、そんなことを言われた俺は苦しくなった。


 彼女がどうして、こんなことを俺に言う理由……というか、これまでの経験が彼女にこれを言わせていると感じることができたのだ。


 彼女の言葉と、声と、表情から……。


 ……この人は、邪魔者扱いされていたのだ。


 こんなすばらしい人が、どうしてそうなったのかわからないけれど、彼女が離縁を繰り返してきたのは、セレスさんを邪魔に感じる相手に原因があったのではないか?


 もしかしたら、彼女が相手にそう思わせたのかもしれないけど、でも、それはきっと違うだろうと思えるのだ。


 今の俺は、俺にこう言う彼女が、相手にそう思わせることはないだろうと感じることができる。


 俺は、自分のお茶を淹れようと視線を転じた彼女の横顔を見つめる。


 少し、唇が震えているのがわかった。


 キレイな横顔を見ていたら、自然と声が出ていた。


「キレイ、です」

「え?」


 セレスさんが、俺を見る。


 俺は頷いて、彼女を見て、言った。


「邪魔じゃないです……うれしいです」

「……本当……ですか?」

「容姿が好みすぎて……緊張……するから……喋れません」

「……そんなこと、言っていただいたのは初めてです」

「少し……まだ少ししか話せていませんが……容姿だけ……じゃなくて、内面も……すばらしい方……だと思っています」


 セレスさんは、照れたようで顔を隠す。


 俺は、頬を染めた彼女の横顔を見つめた。


 不安を抱えて、来てくれたセレスさんのために、頑張って話そうと勇気が出た。


「俺は、あなたと……な……仲良く……したいです」


 笑ってほしくて、頑張って言ったのだけど、セレスさんは泣いてしまったんだ。




 -Alias-




 セレスさんを部屋に送って、自室に戻り仕事をしていると爺がやって来た。


 そして、護衛の小隊をまとめる騎士のヴォルツ・グロースも一緒だった。


 大事な話かな?


 兄上たちがちゃらんぽらんだから、あちこちで反乱が起きている件かな?


 父上が兄上たちの誰に継がせるかの件で、兄上たちが喧嘩している件かな?


 領地から届いた稟議の中で、爺は反対だったけど俺が通した農業用水路延長の件かな?


 それとも、領内の治安強化予算の件だろうか?


「アリアス様、まさかセレス様をお一人にしたのですか?」


 爺の責めに、俺は目を丸くする。


「すぐに行かれませ」


 ヴォルツの言葉に、俺は瞬きをした。


 反応しない俺に、爺が口を開く。


「花嫁迎えた夜に、仕事よりも大事なことがありますでしょう?」


 その問いかけに、ピーン! ときた。


 いや、しかしながら私としましては健全な関係を構築していきたいところでございまして、先ほどのやり取りがあったとしましても、それはあくまでもお互いの気持ちの確認といいますか、意思表明的なものでございまして、まだ関係各所の調整ならびにお互いへの理解を深める場を経ての良好なる夫婦関係をですね? 時間をかけておこなっていきたいという所存でございます……嘘です、緊張するから怖いのです。


「爺、ヴォルツ、お前たちだから言っておく」


 二人は、真面目となった俺の顔を見て、表情を硬くした。


「はっきり言う。俺はセレスさんに惚れてる。一目惚れした」


 お前たち相手なら、すっと言える。


 二人は目を見開き、それから口をパクパクした。


「で……ではなぜ⁉」


 ヴォルツの問いに、俺は脚を組み真面目な顔で答える。


「緊張して……だめだ。彼女を前にすると、緊張してダメだ……セレスさんには、先ほどこの件を伝えた……笑ってご理解くださった」


 話は終わりだという俺を前にして、二人は遠慮なく笑うと、「安心しました」「よかったよかった」と言って部屋から出ていく。


 ……大事な話があるんか? と構えていたら、これが話だったんか⁈ という俺の胸中は声とはならず、大きなため息ひとつのみ。


 明日、両親と兄たちに会わせる時……緊張しておかしなことにならないように頑張ろう……。


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