誤解
-Celestine-
最悪だ……。
あの反応は……迷惑がられている。
「エレーナ、今回もダメな気がする」
「失礼な男です! セレス様を前にあのような態度をとるなんて」
「やっぱり、家と家の関係で、嫌々うけていたのよ」
「秘書のご老人がおられたので口にはしませんでしたが、ご両親を通して抗議なさるべきかと」
「いえ、それをする勇気も度胸もないの」
わたしは身体を洗ってもらいながらも、頭の中ではここからどう立て直そうかと考えていた。
アリアス様は、わたしから目をそらして黙ったままだった。
興味すらないご様子だった……。
うーむ……。
「お嬢様、腕をあげてください。脇のお手入れをいたします」
わたしは両手をぐんと頭上に伸ばし、されるがままの状態で考える。
「なるべく接点をもつようにしよう」
思考が声に出ていた。
「え? なんですか?」
「あ、ごめんなさい、エレーナ、独り言」
「次は、両足を広げてください」
「まだいいんじゃない?」
「万が一、寝台をご一緒になさるかも、ですよ?」
「……お願い」
わたしは、全身のムダ毛処理をしてもらいながら、どうやって趣味の話題を持ち出そうかと考えたのです。
-Celestine-
湯あみを終え、改めてアリアス様の屋敷にいる皆様の前に立つ。
「これからお世話になりますセレスティーヌと申します。黒蝶公爵の娘です。どうぞよろしくお願い申し上げます」
広間に集まる屋敷の人たちは皆、驚いたようにわたしを眺め、次にペコペコとしていた。
彼らの先頭に、さきほどの老人がいて皆を代表するかのように一歩進みでて、口を開く。
「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。セレスティーヌ様のような素晴らしい女性を、アリアス様の奥方にお迎えできること、まことに喜ばしいことと存じます。さ! 皆、持ち場に戻るように――」
彼はそこで、全員を広間から送り出す身振りをする。
ぞろぞろと出ていく使用人たちは、わたしへの一礼をしてから室から出て行った。
一人残った老人が、わたしに言う。
「奥様のお部屋にご案内いたします」
「ありがとうございます」
老人は笑みを見せてくれた。
「奥様、私なんぞにそのようなお言葉は不要でございますよ」
「とんでもない……お名前をお聞きしても?」
「フェラン・トレスと申します。アリアス様の家庭教師をしていた縁で、今は秘書を務めます。フェランとお呼びください」
「ええ、ではフェラン殿、お願いします」
彼に案内されながら、わたし、エレーナの順で屋敷を歩く。
大きくないが、清掃がいきとどいた屋敷は気持ちがいい。通路のいたるところに花台があり、花瓶には美しい花々が飾ってあった。窓からうかがえる庭は草花が色鮮やかで、犬たちが元気に走り回っている。わたしより、犬猫好きのエレーナが目を輝かせていた。
「犬、たくさんいるんですね!」
エレーナの言葉に、前を行くフェラン殿が応える。
「ええ、狩りに使うのです……というより、アリアス様は犬猫がお好きで」
「すばらしいお方です。セレス様、お優しい旦那様でよかったですね」
エレーナ……風呂場での発言はなんだったの……ま、いいか。
わたしの部屋は、二階の奥で、そのひとつ手前がエレーナだった。嫁ぎ先に、いつもくっついて来てくれるエレーナは、今回の部屋が一番広いと喜んでいる。
お互い……年齢を重ねましたね……。
わたしの部屋は……実家で使っていた部屋よりもいい部屋かもしれない。
部屋の奥にお手洗いまで備えた立派なものだ……ん?
「この部屋、前は?」
わたしは、絨毯につく家具があったであろう跡を見てフェラン殿に尋ねた。
「アリアス様がお使いでした。広い部屋はここしかなく」
わたしが遠慮を口にするより早く、フェラン殿が続ける。
「お断りされると、また運ばないといけないのでお使いください」
「ですが……」
「ご遠慮なくどうぞ」
彼はそこで、わたしに断る選択肢を取らせないように、そそくさと立ち去ってしまった。
見れば、馬車で運んできた荷物が全て、部屋の中に運ばれている。
「エレーナ、荷物を出しましょう」
「はぁい……お嬢様、あの……」
「わかっています。あとでお庭に出ましょうね。アリアス様にお願いしましょう」
「ありがとうございます!」
今度こそ、ここで落ち着いて、エレーナの相手も探してあげたいなぁ。
-Alias-
ど緊張して初対面での挨拶でやらかしてしまった俺は、フェランにド説教されている。
「あれでは、奥様が不安になられますよ。あれだけ笑顔でと申したではありませんか」
「すまん……本当に悪かったと思っている」
「アリアス様らしくもない。面倒だと思っておられても、取り繕うことはこれまで問題なくなさっていたではありませんか」
「いや、そうじゃないんだ……」
俺はここで、珍しく本気で怒るフェランに尋ねた。
「でも、そこまでお前が怒らなくていいじゃないか? セレスさんに怒られるならわかるが……」
セレスさんに、怒られたくない……切実にそう思う。
「アリアス様、あの方は使用人を集めて、皆の前で頭を下げてよろしくと挨拶をなさいました」
「……そうなの?」
「できた方です。これまで離縁を繰り返しておられますが、私が調べたかぎり理由は夫側にありますれば、今度こそはと願って、嫁いで来てくださっているに違いありますまい」
「なるほど……」
「それなのに、あれはありませんよ!」
悪かったよ! 本気で悪かったと思ってる。
「爺、すまん。本当に申し訳なかった。でもな……」
「言い訳を、一応は聞きましょうか?」
俺は……爺を落ち着かせるためにも、正直に話そうと思った。これまで爺は、俺を支えてくれた一番の味方だし……恥ずかしいけど……。
「爺、俺がどうして、あのような態度をとってしまったか……はだな」
「ええ、何故ですか?」
ここで、外から使用人の声が届いた。
「失礼いたします。奥様がお目通りを願っております」
待たせるわけにはいかず、爺に「一目惚れしたんだ」と話せないまま、セレスさんを室に迎えた。
……まっすぐ見られない!
「お邪魔して申し訳ございません」
セレスさんなら、いくらでも邪魔してくれていいとは言わず、客用のソファを勧める。すると彼女は、室内を眺めてから、俺を見つめる。
照れます。
「アリアス様、わたしのために部屋をお譲りくださったと聞きました。ありがとうございます」
「あ、いや……」
そんなこと気にしないでいいですよ、当然のことですからと言いたいんだけど、うまく言えない。
困った。
「さきほど、お庭で犬が遊んでいるのを見ました。アリアス様の犬とうかがいましたので、お庭に出て犬に触れたいのですがお許しくださいませんでしょうか?」
そうか……セレスさんも動物好きか。この国では、ペットを飼うという概念がない。なので、ウサギ狩りという建て前で犬を飼い、ネズミ駆除を建て前にして猫を飼っている。
爺が、ぎこちない笑みを浮かべて俺の腕を肘でつついた。
あ、顔……笑顔を作れということらしい。
俺は緊張しながらも、セレスさんに言う。
「よ……よかったら納屋に行きましょう。猫もいるんです……猫が子猫を産んで、そこで育てているんですよ」
棒読みになってしまうのは、緊張のせいだ。
「本当ですか? ぜひ」
それから、俺の案内で納屋へと移動する間、セレスさんは使用人や護衛たちと会うたびに挨拶をする。
彼女の服は、さすがに公爵家のご令嬢だけあって絹服の上等なものだけど、宝石や装飾品がキラキラとしていない。それでいて、見れば良いものだとわかる品の良さがあり、そこが彼女の容姿とピタリと調和し……うん、惚れているからどんなことでも良く見えてしまいます。
納屋の奥、庭の作業に使う道具たちの奥に母猫と子猫たちの寝床がある。俺が作ってやった小屋だ。
子猫たちは、よちよちと小屋から出て来ていて、セレスさんと彼女の侍女が同時に黄色い声をあげた。
「きゃー! かわいー!」
「セレス様! 抱っこさせて頂きましょう!」
「アリアス様? よろしいでしょうか?」
輝く笑顔で尋ねられ、頷くだけでも緊張します……。
「ど……どうぞ」
子猫たちを抱っこして喜ぶ二人……いや、セレスさんに見惚れた。
性格も……いい人なんじゃないか?
それにしても……超キレイ……。




