ハーマン子爵家との対決 2
「───私は他の男性をお慕いなどしておりません」
今回両親は騙されてはいないようだが、いつまでもこの下手な芝居を見るのも時間の無駄なのでメラニーははっきりと宣言した。
「……メラニー! 嘘をつかないでくれ。……大丈夫、この話はここでだけの話だ。君の事が世間に悪く噂されるような事にはならないから正直に話しておくれ」
ディートマーは表面上は優しくそう言ってから、メラニーだけに分かるように強く睨むように見た。……『言うことを聞け』と圧をかけて。
けれど、ディートマーの言いなりになっていたこれまでのメラニーではない。真っ直ぐに彼を見てハッキリ言い放つ。
「嘘ではありませんよね? だって貴方が言ったのですから。
───『婚約を破棄する』『真実の愛を見つけた。早く婚約破棄をして君から解放されたい』、と」
ディートマーはメラニーに自分のあの日の言葉を一言一句間違えず言われると、思わずカッとなった。
「何を言うんだ、メラニー!!
…………ッ、僕はずっと君を支え守っていきたいと思っていたんだよ。それなのに君に別な男性が出来、婚約解消と言われて僕がどんなに悲しかったことか……!」
最初怒鳴りかけたディートマーは、途中ここにはメラニー以外に人がいる事を思い出し口調を悲しげなものに変えた。
「そうよ! ディートマーはショックでしばらく食事も喉を通らなかったのよ! すっかりやつれてしまって本当に可哀想で……! それなのに貴女って人は!」
ハーマン子爵夫人は息子を労るように見た後、メラニーをキッと強く睨んだ。
勿論、そんな事実はない。ディートマーは婚約解消して新たな婚約目前。思い通りになったと満足して反対に少し太った位だった。
……ハーマン子爵夫人は昔から息子可愛さに何もかも息子に有利になるように口裏を合わす癖があった。
しかし明らかに嘘と分かるハーマン子爵夫人の言い草に苛立ったアイスナー子爵は言った。
「……子爵夫人。我らはどちらが先に浮気したかなどという水掛け論を話しているのではない。そもそもメアリーは不貞などしていないのですから。
……そして、こちらを見ていただこう」
アイスナー子爵はそう言うと、後ろに控えていた執事から書類を受け取りハーマン子爵に渡した。
それを受取り恐る恐るといった様子でハーマン子爵は書類を読み出した。
「……! これは……」
「これは高位貴族も認める公的機関でも利用される者達が調べた調査書だ。そして数々の証人も得ている。……残念ながら私たちは昔からずっとディートマー君に騙されていたようだ」
書類を見て次の句が紡げないハーマン子爵にアイスナー子爵は言った。……かつての友人を、今度ばかりは容赦するつもりはない。
その書類の内容と友人の冷たい態度にハーマン子爵は暫し固まり呆然とした。
「ま……、待ってください! そんなものはでまかせに決まってますわ! うちのディートマーは優しくて良い子ですのよ……!」
「ハンナ! これは高位貴族も認める機関のものだ。我々がこれを疑うのは上位の貴族の方々に逆らい疑うようなものだ!
……これはどういう事だ、ディートマー! お前は今までずっと周りを欺き罪をなすり付けてきたのか!」
ハーマン子爵は今しがたアイスナー子爵に渡された書類をディートマーに渡す。
ハーマン子爵は今まで我が子可愛さと妻の勢いに呑まれて彼らの言い分を信じて来た。……しかしこの書類を見れば一目瞭然。自分の信じて来た世界がガラガラと崩れて、いっそ倒れ込んでしまいたいと思った程だった。
……しかしそうはいっても、それはハーマン子爵が本当は息子に無関心だったから。我が子をよく見ていれば分かるはずの事だった。
ディートマーはそんな父の様子に怯え少し震えつつその書類を受け取り必死で目で文字を追う。
そこにはディートマーが幼い頃から周囲の立場の弱い使用人や友人達、そして婚約者に対して罪をなすり付けて来た事実が事細かく調査され書かれていた。
「……これは……!」
ディートマーはぶるぶると震え思わず絶句する。
今までずっとそれらを誤魔化せて来たのはその悪きことのどれもがそれ程大きな事ではなく、その場限りで近くに居た弱き者に被害者ぶって責任をなすり付けて来たからだ。
こんな風にたくさんの事柄が羅列され、その相手の証言がそれぞれに記載されていてはその一つ一つを完全に否定するのは難しい。
顔色を変えたディートマーを見て、メラニーは言った。
「……だけど勿論これが全てではないのよ? これは調べられる範囲で証拠が揃った分だけのものだもの。私が見たりされたりして来ただけでももっと色々あったわよね?」
「……何を……何を言っているんだ、メメラニー!! 自分の不貞がバレて婚約解消となったからといって、悪あがきが過ぎるぞ!
……アイスナー子爵! 僕はメラニーが浮気していたという決定的な証拠を知っているんです! そしてその相手も分かっています!」
ディートマーのその態度は、今まで取り繕って来た『好青年』の皮を完全に脱ぎ去っていた。
……そうか、これがディートマーの本性なのか、とアイスナー子爵夫妻は相当な嫌悪感を持って彼を見た。
「……私の、ありもしない『不貞』の証拠?」
メラニーは心底呆れながら問いかけた。
自分の立場を守る為だけに口から出まかせを言い続ける、器の小さな姑息な男。……本当に、何故今までこんな人に従っていたのか分からない。まだほんの少しだけ残っていたかもしれない彼への慕情は跡形もなく無くなった。
そんな元婚約者の冷静な態度に更に苛立ったのだろうディートマーは唾を飛ばすほどの勢いで叫んだ。
「はっ! 盗人猛々しいとはこの事だな、メラニーッ! そうだ、お前は不貞をした! しかもその相手は僕の大切な友人である『リカルド ファーベルグ』だ!」
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