ディートマーとシルフィ
「ディートマー! 会いたかったわ!」
「シルフィ……! ああ僕もだよ」
静かな公園の噴水の前で2人はしっかりと抱き合った。……が、ディートマーはハッと我に返りシルフィの肩に手をやり周りを気にして適切な距離を取る。
「……? ディートマー? どうしたの」
不満そうな顔をするシルフィにディートマーは笑顔を見せた。
「……ちょっとここでは……。もっと静かな場所へ行こう」
そして周りに人が居ない所へ行き、ディートマーは事情を話し出した。
「……実は、メラニーが父に泣きついたようなんだ」
「───は? あのドン臭い女が?」
シルフィはディートマーの裏側を知る数少ない人間だ。そしてシルフィは彼の婚約者だったメラニーが自分達2人を見て悲しげにしているのを優越感を持って見ていた。
「どうやらメラニーの父アイスナー子爵に泣きついたようだ。流石に『婚約解消』となると子爵も黙っていられなかったのか我が家に抗議が来たらしい」
「なんですって!? ……だから私はみんなの前であの女に『婚約破棄』を言い渡してやろうって言ったじゃない! それならあの女もその場で泣き崩れて話は終わりだったはずだわ!」
「───そうは言っても……。マルク殿下の件があるから」
───『マルク王子』。
かつてこの国の王太子だった者。王家のたった1人の美しい王子として恵まれた立場にいた彼は……、今や王位継承権を無くし名目は『男爵家の婿』として監視付きで王都から離れた鄙びた地に送られ侘しく暮らしているという。
この国でそれを知らぬ者はいない。
───3年前の、ある夜会でマルク王子達が引き起こした事件。
パーティーの最中、公衆の面前で国王が定めた婚約を破棄しその相手に冤罪をかけ、身分違いの男爵令嬢との結婚を宣言した……愚かな王子。
当時学園生だったマルク王子は婚約者が居ながらも浮気相手の男爵令嬢と好き勝手な行動を続け、とうとう卒業パーティーで『婚約破棄』と『断罪』を行うという暴挙に出た。
……しかしながら、普段の彼らの行いを知っていた周りの人々と何より怒れる元婚約者の公爵家一族によりそれは見事に覆された。
マルク王子が高らかに『婚約破棄』を叫び婚約者を断罪しようとあり得ない罪を言い出してから、婚約者側……いや王子達以外の者達から反撃を受け彼らが撃沈するまではあっという間の出来事だった。
そうしてたくさんの貴族達の前での言い逃れの出来ない状況の為、国王や王妃が庇う事すら叶わなかった。そのままマルク王子は廃嫡となり『王位継承権』も奪われ、ほぼ幽閉状態で男爵令嬢と共に国の僻地へ行き監視付きで生涯を終える事になっている。
国の王太子のやらかしと凋落を見て、それまで王都で流行っていた王子や貴族の身分違いのラブロマンス、そして婚約者への『婚約破棄』『断罪』が書かれた恋愛小説の数々は、それからはすっかりなりを顰めた。
小説と現実は違う、と自国の王太子の憐れな成れの果てを見て皆が思い知ったのだ。
それからは『婚約』を破棄したり解消したりする事はかなり眉を顰められる事になった。……特に、新たな相手が出来ての婚約の解消はその家の品格を疑われ白い目で見られ貴族の格が落ちるのだ。
───あの騒動から3年。
……当時の恋愛小説に憧れていたシルフィは、婚約者のいるディートマーと恋に落ちた時に恋愛小説のようになる事を望んだ。
シルフィは金に近い茶髪に緑の瞳。スタイルや顔立ちも自分でもかなり美しいと思っている。地味な黒髪のメラニーをパーティーで思い切り断罪してディートマーと愛を誓い合う……。そんなシーンを夢見ていたのに。
しかしまだ世間はそれを許す風潮ではない。泣く泣くヒロインになる事と断罪を諦めてあの女を見逃してあげたというのに……! 愚かにも自分達に歯向かうなんてあの鈍臭そうな元婚約者はなんて生意気なのだろう。
シルフィはギリリと爪を噛んだ。
「……とにかく公に『婚約破棄』なんて事は今のご時世には出来ない。それをすれば、僕らは世間から弾き者にされてしまうだろう。だから、今回の事は『メラニーの不貞』でなった事にする。……もう、その相手も考えてある」
「───まあ。貴方に利用される可哀想な『ご友人』は誰かしら?」
シルフィはクスリと意地悪そうに笑った。
「……ふっ。鈍臭い奴は要領のいい人間に利用されるものなんだよ。だいたいそれくらいしか奴らに利用価値なんてないじゃないか。
……ちょうどメラニーのクラスに居る『リカルド』に役に立ってもらおうと思ってる。アイツちょっと特Aクラスに居るからって偉そうなんだ。特に最近は付き合いが悪くて生意気なんだよ」
そう言った後ディートマーはニヤリと笑った。
「悪い人ね、貴方も」
「君はそんな僕が好きなんだろう?」
2人はふふと笑い合いながら口付けを交わした。
お読みいただきありがとうございます。
ディートマーはメラニーと婚約者となって暫く経った頃に、メラニーが罪をなすり付けた使用人を庇った辺りから、『蔑ろにしても構わない人間』という認識が出来てしまったようです。
反対に同じ感覚を持ったシルフィとはその歪んだ考えを共有していました。