真実
「───そういう訳で、長兄は王太子、次兄はエンゲルハルト公爵、私はファーベルク伯爵と決まったのですよ」
そう言ってニコリと笑って見せたリカルドに思わずメラニーは気絶してしまおうかと思った。
……そういう情報は、あの最初に相談した時にでも話して欲しかったわ!
そう叫びたいのを我慢してリカルドをジッと見ていると、不意に目が合った。
「……おや。メラニーも知らなかったのですね」
「───どういう訳か、全く聞いておりませんわ」
少し不貞腐れてそう言うと、リカルドはイタズラっぽく笑ってからまたハーマン子爵家の3人を見た。
「……こういう訳です。メラニーは僕の家の事情も知らない。不貞などする関係ではなかったという事ですよ。まあ今日はこれまでのディートマーの数々の悪さの証人となる為にここに来ただけなのですがね」
次期国王の弟が、ディートマーのこれまでの数々の悪さの証人。……言い逃れの出来ないこれ以上はない人選だった。
メラニーは勿論それを意図してリカルドに協力を願った訳ではなかったが……。実はつい先程まで三男で継ぐ家もなく立場が弱いと思い込んでいたリカルドに『証人』になってもらう訳にはいかないと2人で押し問答までしていたというのに。
あんなにノリノリで証人になる事を引き受けてくれたのはそういう訳だったのかと思わず納得してしまった。
そして前を見ると裁判の証拠ともなり得る公的機関の調査書と何より次期国王の弟へのこれまでの非礼と冤罪の数々の露見。とてもではないがそれから逃れられない現実に、流石にもう言い訳も出来ずにハーマン子爵家の3人は茫然自失となっていた。
「───僕は過去のディートマーの件をどうこうする気はなかったのだけれどね? でも今また君は僕とメラニーに『冤罪』をかけた。それに今まで泣き寝入りさせられた罪なき者たちも大勢いる。……残念だけど君はきちんと裁かれなければならない」
『婚約破棄』なんてものをしなければディートマーはこんなに決定的な罪を背負う事はなかったのかもしれない。そう匂わされたディートマーは思わず悔しげに歯を食いしばった。
そんなディートマーを見てメラニーは思う。
……彼はずっと自分よりも立場の弱い者達に自らがした悪き事の責任を押し付けて来た。メラニーも勿論傷付いたし、友人たちもそうだ。そして使用人の中には仕事を失い人生を狂わされた者もいる。
「───ディートマーに、傷付けられ陥れられた人達は沢山いるわ。……私は貴方のこの事実を世間に公表し、今まで罪をなすり付けられた人達が正当に扱われ報われる事を願います」
ディートマーの嘘のせいで評判を落とした人も沢山いる。せめてそんな人達の疑いを晴らすようにして欲しいと願った。
「───そうだね。……アイスナー子爵。この書類を王家に届けてもいいですか? きちんと処理するように掛け合っておきますので」
アイスナー子爵はチラリと元親友を少し辛そうに見た後頷いた。
「……よろしくお願いいたします」
そう言って分厚い書類をリカルドに渡した。
「……そんな、そんな……! ……ああ私の可愛いディートマーが……。前妻の娘を追い出し、せっかくこの子爵家で親子仲良く生きて来たというのに……あああ……」
ハーマン子爵とディートマーは震えながら下を向いていた。
そんな中ハーマン子爵夫人の泣き声だけがしばらく応接間に響いたのだった。
◇
「……リカルド様。ありがとうございました」
ハーマン子爵一家を見送りに両親と弟が玄関に向かってから、メラニーはリカルドにカーテシーをし心からお礼を言った。
「……いや。僕も君との『不貞』の話が出るまではここに出て来ようか迷ってはいたんだけどね」
やはりディートマーのあの悪足掻きが自分で自分の首を絞めた形になってしまったのだ。
「本当に驚きましたわ。まさかそんな手でこちらを撹乱しようとするなんて思わなかったですもの。……私たちは幼い頃ディートマーを介して会いましたが、だからこそ学園では敢えて関わる事はなかったというのに」
メラニーは改めてディートマーに対して呆れて言った。
リカルドは幼い頃は体が小さく立場的にも貴族の三男で、子爵とはいえ嫡男のディートマーに逆らえずにいたようだった。しかし学園に入る頃には成績優秀で眉目秀麗、背は高く銀髪に青い目のクールさが素敵だと女子生徒に人気だったのだ。
今回彼の長兄が王太子になる事が知られれば更にモテる事だろう。
しかしメラニーは婚約者が居たししかも彼は昔自分と同じようにディートマーに嫌がらせをされていた事を知っている。それで話しづらくて彼を少し避けていた。そしてそれはリカルドも同じようだった。
「───多分、ディートマーは僕が昔メラニーの事が好きだったのを知っていたからだろうね。だからあの頃も余計に僕に嫌がらせをしていたようだったし」
「───え」
……リカルドがメラニーの事を、好きだった?
「だから今回『メラニーの不貞相手』を誰にするかと考えた時、僕が一番に浮かんだのだと思うよ」
驚いてリカルドを見たメラニーに気付かないのか彼は更に笑顔でそう言った。
お読みいただきありがとうございます。
少し、ときめいてしまったメラニーです。