マルクル会長
パトリシア・デルバックはデルバック侯爵家の長女だ。年の近い妹もいるようだが、デルバック夫妻はなかなか子宝に恵まれず、ようやく授かったのがパトリシアだ。夫妻にとっては大事な娘なんだろう、いかにも甘やかされて育てられた子だ。
おそらくデルバック侯爵は娘を手離したくないんだろう。婿をとってパトリシアに家を継がせる気なのだろう。
半年前、気がついたら、彼女の婚約者候補の一人にあがっていた。
俺は全くきいちゃいない!
パトリシア本人に聞かされて、大慌てで帰宅して、両親に問い詰めたけど渋い顔をするだけだった
朝食を終え、学院に向かうため家を出ようとすると兄貴に呼び止められた
「あれ?今日は、休み?」
「いや、今から出るよ。送っていくから一緒に乗りな」
「ありがとう」
馬車が動き出すと、兄貴が話しかけてきた
「大変なことになってるね、でも、おめでとう、なのかな?」
「え?ちょっと待って、もう兄貴も知ってるの?」
「そりゃあ、もう、昨夜のうちにメリッサから聞かされたよ」
「う…」
「で、本心はどうなんだい?」
「…まだ、昨日、初めて会ったばっかだし。どこの家かも分かんねーし…」
「そう」
「そうだよ、みんな、気が早いわ」
「まあ、でも、父さんはデルバック家と距離をとれるいいチャンスと考えてるだろうね」
「なに?父さんってデルバックのこと嫌いなの?」
「え?おまえ、知らないの?父さんとデルバック卿が不仲なのは王宮では有名だよ」
「は?え、じゃあなんで、俺がパトリシアの婚約者候補なわけ?」
「……それは…」
兄さんが口籠った
「なんだよ、兄さん、知ってるんだろ?」
不仲の家との縁づくりのために、親父が俺を政略結婚に差し出すなんてことは考えにくい、他に理由があるはず。
素直な兄貴だから知っていればきっと教えてくれるだろう、そう思って、兄貴が話し出すのを待った。
「…ジル、おまえ、メリッサの祖父を知ってるか?」
「マルクル商会の会長だろ?」
「そう、その会長とデルバック卿は懇意にしているんだよ。なんせ、卿は産業省の長だから、国中の商会を把握しているし大きな商会とは親密だからね。父さんは、そのやり方が気に喰わないんだよ」
「それは分かるけど。だからって、婚約者には繋がらないだろ?」
「それがどうも、会長は、ジルが幼かった頃から目をつけていたらしいよ。メリッサの家には、母さんに連れられて遊びに行っていただろ?魔力量、魔力の質、センス、それだけじゃなく意外と頭がキレる小僧だって、祖父様が感心していたそうだよ」
「それはどうも」
“意外って、失礼だな”と突っ込みたくはあったけど、そんなに持ち上げられることは滅多にないから黙っておいた。
「で、デルバック卿に、おまえを推薦したらしい。次男だし」
「え?マジかよ?」
それよりも事の成り行きを知って唖然とした。
「大人は勝手だよね」
そういって兄貴は微笑んだ。
貴族社会では、親が決めたとか誰それの紹介でとか会ったこともない相手と婚約なんてことよくある話だ。でもそれは、家格が高い家や嫡子に多いことで、領地を引き継がない子どもたちは自由恋愛も許されている。
俺は次男だから、将来は家を出て、省庁や研究所にでも勤められればいいかなと思っていた。結婚なんて頭になかった。
マルクル会長とは幼い頃に挨拶した記憶くらいで、はっきり顔立ちまで覚えていない。
朧げな記憶にある会長に脳内で目鼻をつけて、おもいっきり意地の悪い爺さんに仕立て上げてやった。
意地の悪い顔にしたら、余計に腹が立ってきた!