恋の知らせは髭も伸びる?
今回の新作は、苺がふんだんに使ってあってチェリー酒で色付けしたのか薄らピンク色した生クリームで飾られていた。
ほどよいクリームの甘さと苺の甘酸っぱさがふんわり焼けたスポンジに絡まり、口の中が満たされる
パトリシア、とその取り巻きたちに吸いとられた英気が戻ってくるようだ
「一口食べる?」
ひと欠片ささったフォークをアーノルドに差し出す
「うん、もう、お腹いっぱいだよ」
「はぁ?食ってねぇじゃん」
「ジル、なに言ってるの?マリアの笑顔で心がいっぱいだよ」
「……おまえはいいよな」
「そうだろ?」
「こうやって好きな女もいりゃ、婚約者も申し分ないもんな」
「………」
「なに?」
「ジル?」
「だから、なに?」
「パトリシア嬢で手を打つとか、諦めちゃダメだよ」
「こんなとこで、新しい出会いなんてねえだろ」
「そうかな?」
「そうだろ?」
「じゃぁ、君に聞くけど、今日の昼、どうして食堂に来なかったのさ?僕、見たんだよね~」
アーノルドが意地悪い笑みを浮かべた
「あ、あれは、たまたま、うん、たまたまだ」
「へぇ~、な~んか楽しそうだったよね。君のあんな顔、初めて見たよ」
「あ、あれはっ!」
「あれは?」
アーノルドのニヤニヤが止まらない
「で、彼女、どんなだったの?」
「か、か、可愛い…かっ…た…あーもぅ!見られてたのか」
「ふぅ~ん…ジルが周りの気配にも気づかなくなるくらいだったんだ」
「くっ…」
俺は恥ずかしさのあまり、両手で顔をかくした
「ジルに春が来たかぁ~」
「…うるさい」
「パトリシア嬢、怒るだろうなぁ」
「…やめろ」
「初恋?だね?」
「…悪いか?」
相変わらずアーノルドはニコニコしてる
「で、1年生?」
「たぶん、な」
「ふぅ~ん…名前は?」
「シ…し、知らねぇ…」
シトリーヌと言いかけて、俺は言うのをやめた
もし言ってしまったら、コイツはいらんことを仕出かしそうだったから
まだ彼女のことをよく知りもしないのに、嫌がられたら、俺の初恋が散り去ってしまうから
夕食後、両親と兄貴の婚約者メリッサと4人でアーノルドがもたせてくれた菓子を食べはじめたときだった。
「だ、旦那様、奥様!」
家令のイーシスが慌ててやってきた。
「お寛ぎのところ、大変申し訳ございません。あの…」
「なにがあった」
「はい、先ほど私どもにもお気遣いいただいたお菓子の箱に、エルヴォート家のご子息様から、これが…」
そういってイーシスからの一枚の紙を見た途端、いつも緩く波打っている父の口髭が、一気にピーンッと伸びた
"ぉわっ!髭、そんな伸びるのッ!?知らなかった…
親父の感情って、髭で分かるのか?犬のしっぽみてぇ"
俺は、そんな呑気なことを思いながら、紅茶を飲んでいた
親父の髭が伸びたのは、俺のことが原因だとも知らず…