6月のこいのぼり
今年もこいのぼりが気持ち良さそうに
空を泳いでる
私の息子は外で遊ぶのが好きだ
晴れた日は小学校から帰ってくると
だいたい友達と外で遊んでいた
鬼ごっこをしたりかくれんぼをしたりと
外から楽しそうな声がいつも聞こえる
特に好きな外の遊びは川遊び
学校が休みの日は決まって
川に入っては冷たい水を感じながら
石をひっくり返してはサワガニを探す
ある日、川で一緒に遊んでいると
息子がそっと囁いた
お母さん、鯉がいる
息子が指さす方を見ると
色鮮やかな錦鯉と綺麗な黒色の鯉がいる
小さいのから大きいのまで数匹いる
きっと近くの池で鯉を飼っている人が
いるが、そこから逃げたのだろう
小さな鯉は流れの緩やかなところで泳ぎ
大きな鯉は流れが速い所と遅い所を
行ったりきたりしている
息子はその鯉たちを見て
僕もあんな風に気持ちよく泳げるように
なりたいと言った
息子は川遊びは好きだけど、泳ぎは
得意じゃなかった
私はお魚みたいに泳ぐにはいっぱい練習が
必要だよと言った
息子は少し俯いた後、
僕、たくさん泳ぎ練習すると言った
その日から息子は苦手だったプールも
進んで行きたいと言うようになり
プールに行けない日は川の浅瀬で
水に顔をつけたりと練習に励んだ
6月に入り本格的に暑くなってきて
学校でもプール開きがされた
あるプール授業の日、
時間になっても息子が帰ってこない
心配になりいつもの浅瀬に行くと
スクール水着で川の少し深い所で
バタ足をしている息子がいた
お母さん少し泳げるようになったよ!!
そう喜ぶ息子を私は少しほっとした後
泳げるようになってすごいと褒めた
だけど今度からちゃんとお母さんに
言ってから泳ぎにきてと注意した
謝る息子を連れて
また今度泳いでみせてと
微笑みかけながら家路に着いた
6月は梅雨の時期でもある
息子は雨が続き川に行けず残念そう
そんな中、雨が降らない日が続いた
その日の天気は曇り
息子はお母さん泳いでくると言って家を出た
私は少しだけねと後から言った
しばらくして小雨が降ってきたので
息子を迎えに行った
いつもの川を見て私は言葉を失った
川の水量がいつもに比べて多い
急いでいつもの浅瀬に向かうと
水かさは増していて、深くなっている
そしてそこに息子の姿はない
鉄砲水だ、上流の方は雨が
強く降っていて一気に水が来たんだ
私は無我夢中で辺りを探した
近くを通りかかった人が私を止めた
あんた、流されちまうぞ、何してんだ
それどころでは無い
息子がいなくなった
息子は流されてしまった
息子を見つけないと
溺れているかもしれない
どこかで助けを呼んでいる
その人は焦っている私を見かね
私の家まで連れて行き
近所のおばさんに一緒にいるようにと言って
数人で息子を探しに行ってしまった
仕事を早くあがってきた主人も探しに出た
何十分、いや何時間が経っただろうか
主人が息子を抱えて帰ってきた
良かった見つかった
私は息子を抱こうとしたが止められた
息子は息を引き取っていた
何が起こったか分からなかった
その日から私は食事も喉が通らなくなった
葬儀などは主人が
全て手配してやってくれた
あの日なんで止めなかったのだろう
なんで一緒についていかなかったのだろう
私が泳いでみせてなんていわなければ
私が練習いっぱいしなきゃなんて言わなければ
毎日同じことを考えて
自分を責める日々が続いた
主人はお前のせいじゃないと
言ってくれるが立ち直れない
すっかり痩せ細って周りの人も
何も言わなくなっていった
もう私もいなくなりたいそう思い始めた
ある日夢を見た
息子が川を悠々と泳いでいる
ああ、本当ならもっと上手くなっていたよね
ごめんね、ごめんね
そう思っていると
息子は川から上がりふわりと体を浮かせた
そのまま屋根より高くまであがると
お母さん、僕、今こんなに自由に
空を泳ぎ回っているよ
川の鯉なんかよりずっと
自由で気持ちがいいんだ
お母さん
もう僕のことで自分を責めないで
お母さんのおかげで僕は今、
こんなに上手に泳げてるんだよ
だから元気を出して
僕を心配させないで
僕安心して泳いでられないよ
ふとそこで目が覚める
私は何をしているんだろう
あの子があんなに元気そうなのに
私がこんなんじゃダメだ
気づけば涙が止めどなく溢れている
泣きながら、もうお母さん大丈夫だから
心配かけてごめんね、安心して気持ちよく
泳ぎたいよね
私がおばあちゃんになったらきっと泳ぎを
教えてもらいに行くから
それまでにもっと上手くなって待っててね
そう約束した
その日から私は家事を少しずつやりだし
ご飯もちゃんと食べるようにした
パートも今探している途中だ
そして心に余裕ができてきたころから
1回も忘れることなくしていることがある
それはこいのぼりを飾ること
5月の子どもの日ではなく
息子が亡くなった6月に
息子が毎年、泳ぎが上手くなっていくのを
見せに帰って来てくれるように
一緒に泳ぐ仲間がいてくれるように
願いを込めて、、
私の家はこいのぼりを6月に飾る
今も息子が私たちを見守りながら
こいのぼりのように広い空を
気持ちよく泳いでいると信じながら、、、
fin