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7 追悼

 七時過ぎにはメンバーが揃った。赤石は遅刻だという。

 柏原が優を紹介した。

「三条優といいます。先生が交通事故にあわれて柏原俊介弁護士事務所を閉鎖されるまで、先生の下で勉強させていただきました」

 生駒は思わず目を剥きそうになった。優はそれを目で制しておいて朗らかな声を響かせる。

「残念ながら、教えていただいたことを職業にするというところまでいきませんでしたので、今は雑誌のモデルをしたりライブハウスで歌ったりしています。このお店では、生駒先生にも親しくしていただいています。今日は柏原先生から、足代わりの助手として参加するようにと言われましたので、お役にたてるかどうかわかりませんが、出席させていただくことにしました。どうぞよろしくお願いします」

 優は最も得意とする種類の笑顔を振り撒いた。

「じゃあ、みんなも簡単に紹介するか」

 と、柏原が、優に弓削を紹介し始めた。


「弓削俊美。デザイナー。インテリア中心だけど、なんでも。かつては絵画的センスの良さで評判が高かった」

「ちょっと! 過去形で言わないでくださいよ」

「ハハ、すまん。ユウ、弓削のデザインはたぶんおまえも見たことがあるぞ。一時話題になった、紫風化粧品のマンボウというコロンの瓶。あれはこの人のデザイン」

「へえ! 私もずっと使っていました!」

「事務所も自宅も朱里の家の近く。住道だ」

 弓削が色白の顔を少し赤らめて、ちらりと生駒を見やった。

「まだ奥さんと別居しないのか?」

 柏原は軽口を言って、弓削を、そして参加者全員をリラックスさせようとしている。

「はあ? 変なこと言わないでくださいよ。その兆しはありますけどね」

「忙しすぎて僕みたいになるなよ。じゃ、次は佐藤健さん。フリーのファイナンシャルプランナー。住まいは奈良の帝塚山」

 今日ただひとりだけ、きちんとジャケットを着込んでいる。髪には少し白いものが混じっているが、整った顔立ち。好男子だ。


「で、次は草加恵」

「佐藤恵です。草加というのは旧姓です。アーバプランでは総務的な仕事をしていました」

 と、恵は自ら名乗った。アーバプラン始まって以来の社内結婚で、そろそろ子育ても終わる専業主婦である。


「次が蛇草真治さん。アーバプランの設計。後から来る赤石の銀行の設計を担当した。現在は塾の講師」

 コナラ会では竹見沢に次ぐ年長者。竹見沢、蛇草、佐藤、生駒、弓削、草加と順番にひとつ違いだが、なんとなく年長、中堅、若手という序列ができている。

「最後に蛇草さんの従弟、鶴添光一さん」

 アーバプランとは関係ないが、数年前、この会に蛇草のゲストとして参加して以来、顔を出している。豊中市内で内科医院を開業している。

「今日も真治さんに誘われて、あつかましくやって来ました。どうぞよろしくお願いします」

 鶴添が愛想よくユウに会釈した。


「ついでにあいつのことも紹介しておくか。ユウ、遅れてくるやつだ。赤石裕也、千日銀行の土佐堀支店長。住吉区に住んでいる。アーバプランがそこの設計をしたことで縁ができた。で、コナラ会のメンバー入り。実は、俺の大学の友人でもある。さ、これで紹介は終わり。みんな注文してくれ。今日もオルカは営業だから、ちゃんと金はもらうぞ。生駒、そろそろ始めよう」


 生駒は店内の空気が引き締まってきたことを感じた。

「じゃあ弓削、おまえが朱里と会ったときのことを話してくれ」

 弓削が要領よく説明し始めた。


「僕は大東市の住道に住んでいますが、職住近接で、近くにアトリエがあります。朱里さんの住まいも近くですし、たまに駅のあたりで顔を合わせることがありました。まあ、会えば挨拶はするという程度です。それで七月二日の夜にも電車の中でばったり会いまして。彼女が勤めていた会社を辞めて独立するという話を聞いたんです。興味があったので、晩飯を一緒に食べましょうと誘いました。それで、駅前の居酒屋でいろいろと聞きました。新しい仕事のことや車を買ったことなどです」

 朱里が話したときの印象として、地に足ついた将来の夢を真剣に語っていると感じたし、彼女の生活が充実していることも伝わってきた、という。

 弓削の様子からは、会が始まった頃にはあったかすかな怯えはすっかり消えていた。

「どうかな……、朱里さんは自殺したんだ、と言いきれる人はいますか?」と、話を締めくくった。


 すぐに応える者はいない。

 じっと弓削の顔を見ていた佐藤が生駒に目をやり、次に柏原の顔を見て、また弓削に視線を戻して口を開いた。

「生駒も弓削も、いったいどういうことなんだ? 朱里は自殺したんじゃないのか? この間の喫茶店で話したことは、僕はほんの、なんというか、彼女への哀悼というような話題だと思っていた。今日もその続きだと思って来たんだけど、ちょっと違うようだな。ふたりとも、本気で彼女の自殺はおかしいと思っているのか?」

 弓削が身を乗り出す。

「そう思っているんです」

 佐藤はまた口を開きかけたものの、唸り声をあげて沈黙してしまった。


 柏原はなにくわぬ顔でカウンター席のメンバーを眺め回している。

 恵は手元に置かれたグラスを見つめているが、グラスに付いた水滴はきれいなまま。

 蛇草は左手で目を覆い、少し他の者に背を向け気味に片肘を突いている。空気中に目に見えない小さな棘をばら撒いているかのようなこの男の態度を、生駒はいつも快く思っていなかった。

 やはり今日も、この陰気な男はぼそりと、

「そう思っている、か」と、吐き出した。

 弓削は気にしていない。

「どうかな……。たぶん、生駒さんも同じことを考えてると思いますから、話を先に進めてもらえませんか」

 と、椅子に座り直して、正面を向いたままいう。どうかな、というのはこのおだやかな男の口癖だ。


「じゃあ、俺の方の話をしよう。俺も最近、朱里に会った。弓削が会ったすぐ後、七月十日」

 生駒はまるで弓削の話の再現のように、朱里に会ったときのことを話した。


「まあ、そういうことや。他に最近、朱里に会った人は?」

 恵が首を横に振る。

 長い髪を耳の上にかけて、生駒を横目で見つめている。白いブラウスと紺のフレアスカートという、追悼会議にふさわしい装い。

 しかし生駒が微笑みかけると、すっと目を伏せた。


「実はな、自殺に疑問を持っている人が他にもいる」

 生駒の声に、いっせいに視線が集まった。

 その中に弓削のもの言いたげな視線もあった。

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