4 回想のシルエット
「ねえ、生駒くん、大学、どこ受けるの?」
「市大工学部」
「ふーん、学科は?」
「環境工学。河川や海洋の汚染対策、水質浄化とか。まあ、そんなこと。おまえは?」
天王寺ステーションデパートの中二階の喫茶店は、沈みかけた太陽の赤みがかった光が差し込み、趣味の悪いオレンジ色のインテリアが色あせて見えた。
生駒と中道朱里は小さな合板のテーブルを挟んで向かい合わせに座り、とっくに飲んでしまったミックスジュースの溶け残った氷をストローでかき回しながら話し込んでいた。
「まだ決めてない」
「なんや、朱里らしくないな。ビジョンをいつも持つことっていうのが信条やないんか?」
「ええ、そうよ。やりたいことははっきりしてるのよ。どこに進学するのが一番いいかって悩んでるだけ」
「ふーん。で、なにやりたい?」
「デザイン。インテリアかプロダクトデザイン。本当に形になる物の設計」
「それでなにを悩むことがある? ぴったりくる大学がないんか?」
「進路を選択する条件として、それだけでいいのかなって」
「十分だろ。なんでも予定通りに進むわけやないから、その時々でベストを尽くす、っていうのもアリだろ」
などという子供っぽい進路相談のために、朱里と一緒にいたわけではない。
「あっ、そうや。来月の委員長交流会の段取りを考えてくれないか。さすがに今度は、そのとき任せというわけにはいかないぞ」
「でも苦手なのよ。ああいう行事」
「なっ、俺も手伝うから。おまえが引っ張らないと、他の女の子達が出て来ないんやから」
「でも私、リーダーシップっていう性格じゃないから」
「みんなの期待、それがわからんか?」
「なに、それ」
「高校時代最後の会合で、いわばお祭りや。吹奏楽のアトラクションを入れようと発案したのはおまえやろ。うちの吹奏楽部のレベル、たいしたことないのに」
「そうだけど」
「そりゃ、NHKのグランプリをとったおまえのソロでも俺はいいと思うけど、おまえがクラブのみんなでって、言ったんやないか」
「ソロはダメ」
「な、ここで我が恵比寿高校女子最高の成績優秀者のおまえが」
「変な言い方はやめてよ」
「そうやろ」
「じゃ、わかったわ。できるだけやってみる。でも、あまり期待しないでね」
やる気は満々なのに、じれったい朱里の態度は、今日に始まったことではない。
生駒は、朱里が言葉と裏腹にきちんとやりとげることを知っていた。
朱里は特別にかわいいという子ではなかった。
たくさんのにきびがあった。眉間にしわを寄せて難しい顔をしていることも多かった。
しかし生駒は、自信に満ちておおらかで、周りにいるものを引き込まないではおかない朱里の笑顔が好きだった。
天王寺公園を眺める朱里の横顔が、夕日に照らされていた。
長くカールした睫毛。
夕日の赤い点がとまった瞳。
濃紺の制服。
胸ポケットの星型の校章と三年七組のプレート。
そしてガラステーブルの上で組んだふわっとした手。
生駒は朱里の視線を追って、公園の森とその先に見える通天閣のシルエットに目をやった。
「きれいね」
「ああ」
「私、ここ好き」