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21 つたない聞き込み


 局地的集中豪雨ともいえる激しい夕立のせいで、オルカの前の路地には大きな水溜りができていた。

 今は、先ほどまでの空が嘘のように晴れ上がり、九月のまだ力のある太陽が輝いている。

「調査の報告をしてもらおうか」

 生駒と弓削と優がオルカに集まっていた。二度目の推理会議である。


「なんか楽しんでるやろ」

「当たり前だ。陰気な顔してこんなことできるか。やってられないと思うからこそ、意識的に楽しんで気持ちを鼓舞しないと」

 そうか、と生駒もにやりとした。

 同感だった。

 柏原は弓削にも同意を求めたが、こちらに笑顔はない。生真面目なこの男のことだ。あるいはまた西畑刑事の訪問でも受けたのかもしれない。

 生駒にとって、弓削はまだ嫌疑の外には出ていない。しかし、事実を解明したいという申し出を断るわけにもいかなかった。不適切な言い方かもしれないが、推理会議に参加させておいて、様子を見ようと柏原とは話し合っていた。


「それにしても、最近、柏原、センチ過ぎないか」

 オルカには今日もまた、ぐっとくる歌が流れていた。

「なんで、いちご白書をもう一度なんや」

「おおブレネリ、なんかよりいいだろ。さあ、報告」

「ああ。昨日の夜、上野さんから連絡が入った」

「で、なんと?」

「とりあえず朱里が死んだことを伝えただけ。すぐに帰国するって」

「了解」

「次は、三好千草って女性に会った件。彼女の話は……」


 朱里と三好は、青山企画の先輩と後輩の関係である。

 三好は朱里から新しく設立するデザイン会社に誘われ、ふたりは同時に会社を辞めたのだという。


 三好は朱里が起こす会社に飛び込むことに不安はなかった。

 むしろ、自分達の実力で仕事をしていける環境に魅力を感じていた。

 朱里のデザイン力や実績と、理解者でもある顧客とのつながりを活かして、新しいプロジェクトに情熱を注いでいけることに夢を持った。

 会社を設立する準備作業も楽しかったし、順調な滑り出しだともいえた。

 安心感といえば、朱里の顧客で、長い付き合いのある大迫という男が、パトロンとして協力してくれていることも大きかった。

 唯一の気がかりといえば、新会社の人的財産ともいえる提携デザイナーの参加者が、このところの不況のせいで廃業している者が多く、関西では優秀な人材がなかなか集まらないことだった。

 しかし、とりあえずは小さく始めればいいわけで、まずは会社の基礎固めが先決だった。


 ところが、頼りにしていた朱里が自殺した。

 当然、非常に困った事態になっている。会社は正式に登記する前だったものの、実質的には数件の仕事がすでに始まっていた。


「三好は今後のことについて、今はなにも考えていないそうや。たぶん、再就職先を探すことになるやろうとは言ってたけど」

「そうか、大変だな。いくら設立前でも、清算することはたくさんあるだろう。かわいそうに。それをひとりで処理するんだから」

 柏原の反応に、生駒は告別式の日、喫茶店で涙ぐんだ三好の黒い装いを思い出した。

「で、肝心の朱里の交友関係は?」

「ああ、それについては」


 「中道さんの交友関係? 仕事以外のご友人のことですね。あいにくですが、ほとんど知りません」

 三好は、握り合わせた両手を口元に持っていった。背筋を伸ばした姿は、祈りを捧げているように見えた。

 古びた事務所の内装は、清潔な白い色に最近塗り替えられている。

 雑然とさまざまなものが散らかっている。三好の質感の乏しい白い肌は、心なしか青みがかって見えた。

 やつれた様子。

 そう感じる理由が、無造作に後ろに束ねた髪が乱れているせいなのか、化粧けがないからなのか、張りのない疲れた声のせいなのか、生駒はわからなかった。


「ほとんど、ということは?」

「はい、でもお付き合いをされていた方はおられたようです」

「青山企画の人ですか?」

「いえ、それは違うと思います。それなら私にもわかると思います」


 三好はなにも答えることができないようだった。

 生駒は、追及調にならないように気をつけていたが、リラックスして初対面の人に事情聴収まがいのことをするのは難しいものだった。

 つい、先を急いで詰問調になってしまう。

 それに、今日の会談には、もうひとつの意味があった。三好のアリバイを確かめることも重要な目的だったのだ。三好には個人的に聞きたいことがあると面談を申し込んでいたのだが、それを切り出す糸口はまだなかった。


「厚かましい質問ばかりしてすみません」

「いえ。生駒さんのお気持ちは、私にもよくわかりますから。それに、ご家族の方のご希望でもあるのでしょう?」

 はい、と生駒は嘘をついた。


「ところで、警察はあなたのところにも来ましたか?」

「ええ」

「どんな話をされましたか。よろしければ聞かせていただけませんか」

 三好は伏せていた目を上げ、久しぶりに生駒の顔を見た。目が潤んでいた。


「ええ。でも、警察の方の参考になるようなことは、なにもなかったでしょう」

「立ち入ったことをお聞きしますが、資金面では大迫さんという方からの出資だけなのでしょうか」

「はい。でも、中道さんは将来的には、銀行からの融資も受けたいとおっしゃっていました」

「千日銀行ですか」

「はい。赤石さんという支店長さんが懇意だとかおっしゃって、最近頻繁にお会いになっていたようです。生駒さんともお知り合いの方だろうと思います」

「ええ。そうです。ところで大迫さんという方はどんな方なのでしょう。つまり、支援されていた理由というか、中道さんと、その……、どんな関係なのか……」

 三好が久しぶりに笑顔をみせた。

「お会いになるんでしょう。そうすればわかります。それに、支援の理由は直接お聞きになった方がいいと思いますよ」


 私達の会社は人が資産なので、設備投資はそれほど必要ない。事務所も知人の好意で、ただ同然で貸してもらっていると三好は説明してくれた。

 生駒は迷った。

 沈黙が流れた。口を開かねばならなかった。


「えーと、それから警察にどんな話をされましたか?」

 三好がまた目の下を暗くした。

「私の場合はアリバイを聞かれましたよ」と、生駒は朗らかにいった。

「あっ、そうでした。私も、中道さんが亡くなった日の居場所を聞かれました」

「あれは、なんとなく落ち着かない気分になるもんですね」

 そういって、生駒は待った。


「あの……、私は、八月四日は友人とドライブに……。五日はいつものように朝からここに出社しましたが、中道さんは来ませんでした。連絡がないのはおかしいと思って、携帯に何度も連絡を入れましたけど、繋がりませんでした。昼からは、予定をしていた打ち合わせにひとりで出かけました。行き先は姫路です。午後二時に着きました。そのように警察官に答えました」

「そうですか。土曜日は出勤ですか?」

「ええ。週休二日なんて、贅沢いってられませんから、あ、ちょっと待ってください」

 三好が手帳を開いた。

「あっ、すみません。この日はお休みでした。中道さんがたまにはお休みにしようとおっしゃられて。このところ働きすぎて、ふたりとも疲れているからと。それで私は、一日中家でゆっくりしていたと思います」

「なるほど。ところで、中道さんが山登りに行くことは聞いてられましたか? 八月四日か五日にです」

「いいえ……」

 生駒は礼をいって立ち上がった。


 生駒の報告を聞きながら、柏原が「悲しくてやりきれない」を口ずさんでいた。

「ケッ、調子に乗ってるな」

「それで四日はドライブだと言うんだな。誰とだ。確かめたか? それに三日の件はどうだ?」

「アホ。そんなことできるか。あの人は関係ないと思う」

「なぜ、そう思う?」

「なんとなく。彼女は悲しんでいる。告別式のときも泣いていた」

「そのように見えた、ということだろ」

 柏原はさらりと言ってのける。

 おまえなあ、と言ったきり、生駒は反論ができない。

「うっ、わかった。そのとおり。でも、彼女には朱里を殺す理由がないやろ」

「人殺しの理由なんて、部外者には窺い知れないぞ。本当の動機が明らかになるのは、犯人が捕まってから」

 柏原は腕を組んで、すました顔をしている。


 次は弓削の報告だ。あの写真はやはり住道駅のコンコースだったという。

 駅の北側には、青いのれんの食堂。店の名は桔梗。

「実は僕も何度か入ったことのある店です。で、おばちゃんにコナラ会のときの写真を見せたら、どう言ったと思います? 僕のことは全然覚えていませんでしたけど、朱里さんを見て、この人はうちの客だ、と言ったんです!」

「あれはやっぱり朱里さんのブログ……」と、優がつぶやいた。

 弓削は食堂の女将にコナラ会の会報の取材だとごまかして聞き込みをしたらしい。

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