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14 競争

「先日のコナラ会の雰囲気はわかったけど、今の話はこれから重要な展開をするのか?」

 じれた柏原が口を挟んでくる。

「いや、たいした話はない。印象に残っているのは、竹見沢さんがロンドンで開かれた国際なんとか会議で発表した自慢話とか、紀伊の今の現場が不便なところで、かつ所長が頼りないやつで段取りが狂いまくりとか。そんな話。蛇草さんの奥さんが乳がんの手術をしたことも話題になったな。後は、延々と無駄話」


「それで、山登りの話。赤石の誘いに乗ったやつはいるのか? 次回のコナラ会は山登りにしようかという話」

「いや。予定を決めるというところまではいかなかった」

「そうか」

「恵が絶対に反対で。おまえが参加できないってな」

「ふーん。で、具体的にどこの山の話が出たんだ? 行者還は?」

「出なかったと思う」

「朱里と山登りに行った可能性のあるやつは?」

「分らないな。あ、そだ。セクハラ事件はあったけどな」

 竹見沢がいわゆる酔った勢いというやつで朱里に抱きついたのだ。

 朱里はあっさりそれをはねつけたのだが、場に少々緊張が走ったことは事実だ。

「そういうのってさ、単に見せつけたいだけなのよね」

 優がバカにしたような顔をする。

「いつまでたっても、男って単純なんやから」

「やろうな。変なライバル意識がいまだにあって」


「竹見沢さんっていう人が抱きつこうとしたのは朱里さんだけ?」

「そう。ま、赤石さんや蛇草さんに対するポーズやろ」

「ライバルかあ。くだらないよね」

「プライド高き大学教授はそれが影響したのか、二次会には来なかった」

 そんなところだ、と生駒はコナラ会の報告を終わらせた。

「はぁ、なんだかしまりがない話というか……。二次会はオルカで?」

 今度は柏原が優に話し始めた。

「さっき蛇草さんが、朱里が弓削を誘って一緒に帰ったって言っただろ。あのときのことを話しておこう」


 上野がそろそろ失礼するわ、と言い出した。

 残っていた水割りを飲み干し、濡れたコースターとカウンターをおしぼりで丁寧に拭いて、柏原が取りやすいように前の方に並べた。

 それにつられて朱里も立ち上がった。

「じゃ、私も帰ろうかな。もう遅いし。弓削くん、一緒に帰らない? ふたりならタクシー代も半分で済むわ。ね、上野さんも一緒に乗っていきましょうよ。城東区回りで帰るから家まで送っていく」


 弓削は赤石と話し込んでいた。

 朱里の誘いに、ええ、と応えたきり、また赤石との会話に戻っていく。融資や返済などという言葉が聞こえた。

 ふたりはあまり楽しそうな顔をしていなかった。

 柏原のような仕事をしていると、客同士の会話が重くなりすぎたときに、少し軌道修正してやる方がいい場合もあることを知っている。しかしその夜は柏原自身も楽しむ側だった。ふたりの話題に割り込む暇はなかった。


「ねえって、弓削くん。もう一時を回っているのよ。いくら五十過ぎたといっても、独身女性がひとりで帰れる時間は過ぎてるわよ」

 せかす朱里に上野も加勢した。

「そうよ。そんな話は昼間にしてよね。さあさあ。じゃ、皆さんまたね」

 しぶしぶ立ち上がった弓削が、財布を出した。

 赤石も立ち上がって三人のために扉を開けてやり、ふらつきながらそのままトイレに入った。

 それを目で追っていた恵が、ろれつの怪しくなった口で誰にともなく話しかけた。

「赤石さん、だいぶ、酔ってるわねぇ」

 頬杖をついている。


「それにしても、相変わらず朱里さんって、若く見える」

 曲がった唇から、独り言のような呟きが漏れた。

「ほんとにうらやましい。昔からずっとあんな風にかわいい、っていうか、お日様がパァーッと照ったような雰囲気なのよねえ。清々しくて、でも暖かいって感じ……」

 恵はほんのりどころか、目の周りは真っ赤だ。

「ねえ、ねえ、健。酔っ払いの赤石さんなんか、彼女が自分よりひとつ年上だって知らなかったのよ。昔のことだけどぉ。もしかすると、まだ知らなかったりして。ふふ、生駒さんの高校の同級生、っていうのをまだそのまま信じてたりしてぇ」

 佐藤は柏原との話に夢中だ。

 恵は大きな息をついた。

「彼女に興味津々の男がたくさんいたわねぇ。今ここにいる人も、全員そうだったんじゃないかなぁ」

 さすがに佐藤が恵をなだめにかかった。

「おいおい、何を言い出すんだ。酔ってるな、恵」

 他の話をしていた者も、恵が次に何を言い出すのかと、興味を持った。

「酔ってないわよぉ。大丈夫っ」

「いや、飲みすぎだ」


「コナラ会のルールを破って、少し思い出話をさせてね」

 恵が自分で頷いた。

「朱里さんは、みんなの憧れの的だった。よその会社からの出向社員という、ちょっとフリーな面もあったからかな。でもさ、上野さんは、ちょっとうれしくない感じだったんじゃないかな。ふたりはとても仲良しだけどね。ハハハ。そういや上野さん今もちょっとだけ、どうしようかなって顔してたわよねぇ。そんな感じ、しなかったぁ? 思い過ごしかなぁ」

 恵はカウンターの上で両手を握った。

「フウゥ。だけど、朱里さんは結局、誰とも付き合ったりしなかった。」

 握り締めた両手の上に顎を乗せた。

「と思う。自分で意識していたかどうかは別にして、仕事場でそんなチャラチャラしたことには、つき合ってられなかったのよ、たぶん。でも、男達はそんな彼女に余計に参っちゃったのかもしれない。そろそろ時効じゃないかなぁ」

 恵がトロンと一同を眺めまわした。

「みんなに聞いてみたい」

 紀伊がニヤニヤしている。

「だいたいさ、最初のコナラ会のときも、なかなか熾烈だったわよねぇ」

 佐藤がやれやれという顔をした。

「誰かが、うまくいったのかどうかは知らないわ。でも、もう何もかも昔の話。どうでもいいくらいに昔々。それでも私達、こんなふうに集まって、いろんな話をするのよ。だから仲間っていうのかなぁ」

 いくつかの首が、わが意を得たりと頷いた。


「どういうわけか、朱里さんを見るたびに、そんなことを思うのよ。あの夜の男どもの戦いが、よほど印象に残っているのね」

 佐藤が、ほれ、と恵の目の前にチェイサーを置いた。

「ありがと。その男どもが誰かということは言わないでおくわ。時効だって言ったけど、妻も子もいれば、やっぱり勘ぐられるのは厭でしょう。みんな、あのころとは比べものにならないくらい、立派なビジネスマンだしねぇ。それにしても、今日のコナラ会、おとなしかった。なんだか寂しいっていうのかな、気が抜けたっていうのかなぁ。落ち着くところに落ち着いたっていうのかな、きっと……」

 赤石がトイレから出てきて、酔った酔った、と大声を出した。

 恵は口から出かけたことを最後まで言わずに、カウンターに顔をうずめてしまった。

 誰もが十分に飲んでいた。

 恵が黙ってしまうと、バーには急に静かな倦怠感が漂った。柏原が思い出したように手を動かし始め、冷たい水を配った。

 それを待っていたかのように、生駒たちは口をつけた。


 佐藤が立ち上がった。

「じゃあみんな、僕らはそろそろ引き上げることにするよ。蛇草さん、また会いましょう。生駒も、またな。柏原、ありがとう。みんなも次のコナラ会まで元気でな」

 生駒に手を差し出した。握り返した手に、赤石も手を乗せてきた。

 恵はまだ飲んでいたいと、少し抵抗をみせてから帰っていった。

 お開きにいいタイミングだった。

 蛇草が立ち上がって、コナラ会はこれにて終了と宣言した。

 しかし、その時点まで残っていたのは、生駒、赤石、蛇草、鶴添、紀伊、そして柏原だけだった。


 あの日の恵と同じように、優がカウンターの上で手を組み、顎を乗せていた。

「佐藤恵さん、か……。いろんなことを教えてくれるかもしれないなあ。ねえ、ノブ。朱里さんとアーバプランってどんな関係? それにメンバー同士のプラーベートな付き合い、これも教えてちょうだい」


 朱里はアーバプランの社員ではない。

 朱里の勤める青山企画とアーバプランとが、南大阪のとあるプロジェクトで共同設計をすることになり、アーバプランに出向してきたのだ。出向期間は一年半だった。

「じゃ、そもそもの始まり、朱里がアーバプランに来たときのことを話そうか」

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