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11 アリバイ

「では了解。とはいっても、次はなにをすればいいのか。意見のある人は? おっ、佐藤さん」

「僕は朱里の生活とか仕事とか、付き合いのある人とか、ほとんどなにも知らない。つまり推理なんて、全くできない。考えるには知らなさ過ぎるんだ。みんなもそうじゃないかな。というわけで、とりあえずここにいる者の潔白を明らかにしてから、これからどういう行動を起こすのかを話し合う、ってのはどうかな。例えば関係者へのヒアリング、いわば聞き込みの計画とか」

「いいねえ、建設的意見。それでいこう。じゃ、いいかな。手始めに、ここにいるメンバーを消去してしまおう。では、生駒から。アリバイを」

「えっ、アリバイ? 唐突やな。いつの?」

「警察の事情聴取を受けたんだろ。当然、八月四日、五日のアリバイを聞かれたわけだよな。それを発表してもらおうか。ん、そうだな、ついでに三日の土曜日のアリバイも。さあ」


 生駒は、もそもそと手帳を出した。

「三日の土曜日は、事務所で仕事をしてたと思うな。ただし、朝九時過ぎと三時に一件ずつ打ち合わせがあった。相手は建具メーカーと設備事務所の人。場所は福島のうちの事務所で。当然、証言してもらうことに問題はない。四日の日曜も一日中、事務所で図面を描いていた。この日も証人はいる。五日も同様。以上」

「了解。四日、五日は警察に話したのと同じことを言ってくれよ。次は弓削」

「貧乏のくせに忙しくて、四日は終日、アトリエで仕事をしていました。日曜日ですけど、社員が午後に出勤してきたので、そいつが証人です。五日も仕事。朝のうちは社員と顔を合わせていました。昼から数時間は大阪市内で打ち合わせ。警察は社員に僕の話の裏を取っていました」

「四日に社員が出社してきたのは何時?」

「えっと、三時過ぎてたかな」

「うん。で、三日は?」

「土曜日のアリバイはありません。以前から見ておきたかった荒俣史郎の養老公園を見に行ったんです。朝、事務所に顔を出してからすぐに車で出かけました。もうちょっと考えたら、アリバイになるようなことを思い出すかもしれませんけど」

「入場チケットの半券や名神高速道路の領収書なんかがあるんじゃないのか」

「あ、そうか。いや……、たぶん、捨ててしまったでしょう。とってあれば無罪放免なんでしょうけど。どうかな」


「草加は?」

「よく覚えていないけど……、三日は買い物をしたり、四日の日曜日からの旅行の準備をしていたわ。アリバイになるようなことは思い出せない。どうしてもと言うなら、スーパーのレシートでも残っているか、探してみてもいいけど」

「旅行ってどこへ?」

「パリとローマ」

「へえ! そりゃリッチじゃないか。旦那と?」

「違うわよ。上野さんと行ったの」

「へえぇ! 意外だな」

「珍しい組み合わせでしょ。春のコナラ会のときに約束したのよ。以前から行ってみたかったの。上野さんも行ったことがないから、一緒に行こうかってことになって。あの人、英語ぺらぺらでしょ」

「なるほどねぇ。女の人はフットワークがいいな。生駒も見習わんとな」

「ほっとけ」

「で、出発は何時?」

「正午ごろ」


「了解。じゃ、旦那の方は?」

「三日の土曜日は、三都銀行主催の無料投資相談会というのがあって、座らされてた。会場は京都で、僕の担当セクションは四時から六時まで。日曜日は東京で打ち合わせ。朝一番に出発した。そのまま泊まって、月曜の昼過ぎに一旦家に戻り、晩の六時ごろ難波に出てレコード屋をブラブラ。八時から人に会った。往復の新幹線の切符を刑事に見せたし、警察は五日の夜に会った人に確認したそうだ」

「なかなか商売繁盛してるねえ。で、三日の午前中はどう? 午後四時から京都ならアリバイにならないからね。朱里が何時から登り始めたのかわからないけど、今は朝の五時だったらかろうじて明るい。五時に登り始めたとして犯行現場に七時か八時には着く。さっきの生駒の話だと、大阪から車で三時間くらいということだから、そのまますぐに下山したら、うまくいけば昼過ぎには大阪や京都に帰り着く」

「おいおい、きびしい追及をしてくれるじゃないか。んーと、待ってくれよ……。手帳にはなにも書いてないから、わからないなあ。恵、覚えてないか?」

「悪いけど、全然覚えてない。でも、そんな朝早くに出かけたということはないわね。朝帰りはちょくちょくあるけど、最近はどうかなぁ」

「それで勘弁してくれ」

 柏原はニヤリとしたが、恵があわて始めた。

「ちょっとぉ。日常的なことなんか、最初から記憶しておく気がなかったら、覚えてないわよ。柏原さん、まさかほんとに疑っているわけじゃないんでしょ」

「全員を疑ってるぞ」

「ええっ!」


「うそ。疑ってるはずがないだろ。ただ基礎的なデータを揃えようとしているだけ」

「もう」

 柏原は、ちょっとややこしくなってきたな、と優に書き留めておくように目で合図を送った。言われるまでもなく、優はすでに手帳を開いていた。


「そういや佐藤さん、息子さんは? もう大学生かな。夏休みはバイト漬け?」

 生駒は意識して雑談モードに切り替えた。

 朱里の死が酒の肴になるかもしれないという心配は、杞憂に終わりそうだ。むしろ深刻になり過ぎないように気を使わねばならない。

「いや、まだ高校生。この夏休みはアメリカのなんとか高校のサマースクールに行ってる。英会話の勉強っていうことだけど、半分以上が遊び。のんきなもんだ。親バカちゃんりんってところだな」


 柏原が手帳を見ながら、自分のアリバイを話した。

「三日の昼間はパソコンを触っていた。四日は一日中読書。月曜の昼間は天王寺公園を散策して美術館に行った。ただ月曜日以外、昼間のことを証言してくれる人はいない。もっと詳しく言えるぞ。几帳面だろ。ことや細かく日記をつけているからな。こういう身になるとそんな気になる。性格もあるけど。しかし僕の場合、この足のおかげで山には登れない。そういうことでいいよな。じゃ、次、蛇草さんは?」

「三日は終日、塾で夏期集中講座の下準備。ひとりで。四日は午後二時の新幹線で広島。帰省していた女房と息子を迎えに行って、五日の夜帰ってきた。ということで四日の昼すぎまでのアリバイは証明できない」


「はい、次」

「土曜日と月曜日は、普通に朝から晩まで診察。日曜日は朝十時から昼食を挟んで三時まで、地元医師会の勉強会に出席。場所は大阪市内のホテル。以上、いずれも証言者は多数あり、ということです」

 鶴添はここまで一気に話してから、カウンターに頬杖をついた。

「柏原さん、申し訳ないけど、なんだかわざとらしくて。ちょっと空しい気がします」

「いやいや、まあそう言わずに。単なる確認作業なんだから」

 蛇草も鶴添に同調した。

「俺も光一の意見に同感や。大切な事柄が見えていないのに、やみくもに全く関係ないやつのアリバイを整理しても意味がないやろ。本質的なこととして、どういう理由で朱里が殺されたか、言い替えるなら、誰がなぜ朱里を殺したかったのか、という考察がないと、単にパズル遊びになるんやないか」


 蛇草の明らかな厭味にも、生駒と違って柏原は鷹揚に構えて、さっさと進行させてしまう。

「そのとおり。しかし始まりの儀式みたいなものですからね。さて最後は赤石」

「三日は鳥取に。四日は家族と一緒に、一日中家にいたと思う。五日は普通に出勤。以上」

「鳥取へはひとりで?」

「ああ」

「じゃ、証人になってくれる人は?」

「たぶん、いない」

「了解。さて、今日来ていないやつの話をしようか」


 柏原は優がメモを取っているのを目の隅で確認して、ハイピッチで話を進めていく。

「コナラ会の常連ということでは竹見沢さん、上野さん、紀伊、筒井、松原、星田くらいなものかな。最近顔を見せない藤尾や東みたいなやつも含めると、もっと増えるけど。彼らのことで、なにか知っている人はいるかな」

「朱里と関係しそうなことで? あんまりピンと来ないな」

 佐藤が困ったようにいう。

「そうよね。なんだか告げ口するみたいで、いやな感じ」と、恵。


「筒井と星田の二人は省いたらどうかな。普段は関西にいないし、春のコナラ会のときも一次会だけで帰ってしまったし。ちょっと縁が遠いように思うな。それにその他大勢は、最近の情報が全然ないから、話のしようがない」

「そうだな。それなら、とりあえずは竹見沢さんと上野さんと紀伊に絞ろうか」

 柏原の問いかけに、弓削と蛇草が強く頷く。

 佐藤が身を乗り出した。


「その中で、朱里と関係のありそうなのは誰だろ。上野は朱里と大の仲良しだし、一心同体みたいな関係だから別格として、例えば竹見沢さん。コナラ会のとき、一生懸命自分のブログの自慢をしてたけど、朱里に教えてやるとしつこかったぞ。彼女、迷惑がってた」

「あいつは昔からあの調子や。それに最近、ちょっと強引なところがある」

 蛇草が佐藤の話に呼応した。

「そうそう。ちょっとありがた迷惑」

「偉くなりすぎたんやな」

「なんでも自分中心に進まないと気が済まないってところ、ありますよね。特に最近」

「ああ。なにしろ、こだわりがすごい。悪く言えば執念深いということやし、良く言えば意地になるということ」

「それ、両方、悪く言ってるよ」

「ハッハ。いや、良く言っているんや。そういう男やからこそ、国立大学の教授にまでなったんやろ。民間から舞い戻った男が、ああいう組織で偉くなるのは難しいと思うぞ」

「でも、ある意味、彼のおかげでコナラ会も続けてこられたんでしょうけどね」

「ま、そのとおり。しかし竹見沢の場合は、仕切りたがるってことであって、どれほどの善意があるのか、あるいは友情があるのか」

 蛇草が急にテンションを上げている。

 竹見沢の悪口めいた話題は、心地よく響くのだろう。アーバプランではライバルだったふたり。微妙な力関係が、今もあるのかもしれない。

「そこまで言ってしまったら、悪いんじゃないかな。でも、外れてもいないような」

 佐藤も煽り気味だ。

「それから紀伊。あいつは……」


「ちょっと」

 さすがに恵が止めに入った。

「あなた、やめてよ。そんなふうに、いない人のことを次々に噂してまわるのは。なんだか居心地が悪いわ」

「調子に乗りすぎか?」

「そうよ。ねえ柏原さん、いない人のことを言うのはやめましょうよ。それこそ、酒の肴になってしまうんじゃない?」

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