・『草地ハビタット』で生き物を管理する その1
草むらは、多くの生物に利用されているが、前に書いたように、誘引力が弱い。
どこにでもあるものだから、個人宅の小さな草むらなんぞ、わざわざ利用しに来ないのである。
そんな場所へのバッタの誘引方法もすでに紹介したが、せっかくやって来ても定着しない可能性があるので、その辺から述べてみたい。
バッタは草があればいい、というものではない。好きな種類の草があるのは当然だが、それ以外の条件として、土壌の質や湿度がある。
多くのバッタは、地面に卵を産む。トノサマバッタやショウリョウバッタのような大型のバッタも、メスはおなかを地面に突き刺して数百もの卵を泡で包んだような卵塊を、地下数センチの地中に産み付ける。
卵塊は翌年の春まで地中で過ごし、気温の上昇とともに孵化して幼虫が地上に出てくるわけである。
こうした生活環を持つ彼らだから、まず土壌がそこそこ柔らかくなくては、卵を産むことができない。多少石ころが混じっているくらいはかまわないが、完全に砂利のみだったり、人が踏み固めたような固い土壌では産卵できないのだ。
湿度も問題である。雨が降るたびにぐじゃぐじゃになるような土壌では、卵が溺死してしまうし、完全な砂地で乾いてしまうようでも困る。理想は乾き気味だが保湿力がある状態でたとえば、目の細かい山砂ベースの土壌に、ノシバなどが密生してある程度腐植質も混じっているいるような状態が、多くのバッタには好まれるようだ。
よく分からなければ、バッタの生息する草原や河原の土を掘ってみるといい。おおよその目安は分かる。
湿度に関しては、たいてい土が見えないくらい植物が繁茂していれば、その場所の湿度は調整される傾向がある。植物は根を張ることで空隙を増やし、その根の隙間に土壌を確保することで、湿度を保つ。ぐちゃぐちゃな場所でも、草が密生していれば歩きやすかったり、カラカラに見える草原でも、草を引っこ抜くと根の周りに湿り気が残っていたりするのがその証拠である。
そのように考えると、まず目指すべきは、地面が見えない程度に草が密生した状態、といえると思う。少なくとも乾燥した土壌がむき出しになっているようでは、バッタ類の産卵は難しい。もちろん、カワラバッタのように礫の隙間に卵を産むような例外もいるが、そもそもカワラバッタは自宅ビオトープ向きではない。
あと、あまりしょっちゅう土を耕したり掘ったりして攪乱しないことや、乾燥しすぎないことも条件であろう。
そういう風にしてバッタがいったん定着すると、毎年小さなバッタが春先に生まれてくれる。 彼らはハビタットの住人としてもありがたいが、カマキリや鳥などの餌となり、生物多様性に寄与する、生態系ピラミッドの底辺層の生物でもあるので、ぜひ草むらハビタットにいて欲しい生物である。
草むらには、チョウの食草となる植物も生えている。
チョウの多くの種類は、幼虫期に食べる植物がわりと厳密に決まっていて、それがないと生きていけないのである。
よって、食草を生やしておけば、チョウが産卵に訪れるし、その際に花の咲く植物があれば、そこで吸蜜する姿も観察できる。
ネット上には、種類ごとの組み合わせ表がいろいろなサイトで紹介されているから、細かくは書かないが、代表的なチョウと食草の組み合わせから管理と運用方法について解説しておこう。
・スミレ類
庭の草むらで、ほぼ確実に見られると思われるのが、スミレの仲間である。
スミレ、ニワスミレ、タチツボスミレなどが、移植するまでもなく生えている庭は結構ある。草刈りや厄介植物駆除作業の際に、これらを踏まないようにしたり、根にダメージを与えたりしないよう、またスミレを圧迫している草があれば抜くようにしていくと、次第に密度も上がって来る。スミレには、ツマグロヒョウモン、ミドリヒョウモンなどが産卵するが、スミレ自体が小さいので、株数が少ないと、食べつくされてしまうことも往々にしてある。
そうならないように、スミレの密度はできるだけ高くしておくに越したことはない。
スミレが見当たらない、という場合にはできるだけ近くの道端を探してみるといい。
歩道の割れ目や街路樹の植え込みなどでも、容易に見つけられると思う。
これを掘り取って来てもいいのだが、狭い場所に根付いている場合が多く、根そのものも強くて抜きにくい。無理に抜いても根が少なくて枯れることが多いので、確実なのは種子を狙うことだ。
春から秋にかけて、花後に楕円形の実をつけるから、これが弾けて種子を散布してしまう寸前くらいに採取するのだ。実の中には、たくさんの種子が入っている。これを庭に直接撒いてもいいしポットなどで発芽させてから導入するのもいい。
スミレ類の種子にはエライオソームという白い栄養分がくっついていて、これをアリが巣に持ち帰り、そこで発芽するという性質がある。
つまり、アリのいるような場所なら、種をその辺においておけば勝手に植えてくれるわけだが、思ったところに植えたい場合は、鉢で発芽させてから地植えするか、アリに見つからないようちゃんと土をかけるといい。
・イネ科
草むらハビタットの主役とも言うべきイネ科植物にも、食草とするチョウは存在する。
ジャノメチョウ、ヒメジャノメ、イチモンジセセリなどがそうだ。
ジャノメチョウは、イネ科のみならずスゲなどカヤツリグサ科の植物も食べる。だが、メヒシバやエノコログサなど、よくある小さなイネ科の群落では見たことがなく、やはりススキなど大型のイネ科植物を好むように思う。
とはいえ、ススキを敷地内に導入するのはかなり勇気のいる決断である。大型でもあり、穂を出した姿は、あまりにも存在感がありすぎる。いざ駆除しようということになっても、容易に抜くことはできないのも、ススキのヤバいところだ。
そして、そうまでしてススキを導入しても、意外とチョウは高密度では飛ばない。
どうしてもジャノメチョウなどを呼びたい、というのであれば、大型になりにくい密生型のスゲなどを導入した方が良いと思う。
・カタバミ
カタバミはヤマトシジミの食草として有名だが、史前帰化種であるようだ。
性質は強健で、根まで引き抜くのが難しく、わずかでも残すと復活することから、嫌われがちな草であるが、いったん定着すると地面を覆って増えていくので、グランドカバーと考えるのが草むらビオトープとしては正しい。
他の植物が生えていても、お構いなしにかぶさっていったり、時には数十センチも伸びていたりもする。裸地になるくらい除草された場所や、コンクリやアスファルト舗装との境目、舗装のヒビが入った隙間など、かなり過酷な条件でも生育するので、カタバミが生育するハビタットを作るのは難しくないが、ちゃんと管理しないと人からとやかく言われる可能性も高い草ではある。
日当たりよく、乾燥気味な場所の方が元気がいい。
カタバミの仲間は他にも、いくつか外来種が入ってきているが、ムラサキカタバミは食草にならないようなので注意。外来種のオッタチカタバミ、アカカタバミは食草になり得るらしい。
・クサネム
水の少ない休耕田ではおなじみの植物。
これがたくさん生えていると、キチョウが乱舞している場合が多くて、誘引効果はかなり高い。
ただ砂地や砂利などの乾燥気味の土壌は苦手で、湿地でなくともしっかり水分のある粘土状の土壌がお好み。なので、庭にいきなり生やそうとしても難しい。
でかいプランターの底穴をふさぐか、プラ舟に粘土質多めの土を入れ、常に湿り気がある感じで管理すると育成できる。
イメージは『水のない休耕田ハビタット』で、そういう場所を好む湿地植物も同時に生やせるし、アマガエルなどの避難場所にもなるので多様性への効果は高い。
・ミツバ
キアゲハは、セリ科植物を好み、特にセリをよく好む。
このセリはほぼ水生植物、といってもいいくらい高湿度な土壌を好むので、テーマである「湿地帯無しビオトープ」で維持するのは至難である。
だが、セリ科植物であれば、けっこうなんでも食うので、同じセリ科であるミツバを代用としても発生する。
セリよりは誘引力は低いし、どうしてもキアゲハにこだわるならプランターで人参でも育てた方が確実なのだが、ミツバは日陰でも日向でもよく育ち、土壌もあまり選ばずよく殖える在来種なので、草むらの構成種としては悪くない。もちろん、人間も食べられるというおまけ付きで、うまくいけば毎年春先におひたしや和え物でいただける。
そういうわけなので、キアゲハのことは置いておいても、ハビタットに欲しい種ではある。
ただし、販売されているミツバは遺伝的に出自不明なので、使用しない方がいい。
使用するなら、逸出しないようプランターなどで管理すべきと思う。
というのは、あの根っこ部分を植えておくと、復活してきて育つので、これを地植えしたことがあるのだが、山野で採取して来た株と比べて明らかに性質が違う。
乾燥に強く、直射日光にも強い。それどころか繁殖力も野生のミツバと比べて強かった。
科学的比較検証をしたわけではないので、あまり強くは言えないのだが、園芸品種のミツバは、栽培しやすいよう、かなり改良されているのではないかと思う。これがもし、野生株と交配したら実に面倒だ。よって、購入してきたミツバの根っこは、燃えるゴミとしてもらい、近場の山林から親株を採取してくることをお勧めしたい。
ただ前述しているが、山林からの植物の採取は、盗掘になる可能性が高いので、公道脇の溝など、林床でない部分から採取してきてほしい。
幸いにも、林縁部に多いミツバは、そうした溝の中に生えていることが多い植物だ。
その場合も、一株あれば何年もかからず何倍にも殖えるので、採りすぎないように。
・ホトトギス
ルリタテハの食草となるが、園芸種が多くて、庭に野生個体が自生していることはまずない。園芸的人気も高いので、山野から掘り取ってくるのは慎みたい。園芸種も効果は同じだが、よく殖えるので野外に逸出しないよう気を付けてほしい。
成虫の食事場所となる樹液の染み出る樹木を同時に整備できれば、幼虫が発生する確率は高くなるだろう。