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『草地』というハビタット


 草地というハビタットは意外と難しい。

 日本という土地では、放置すれば勝手に草地になる環境である。つまり、どこにでもある草地を、特に生物を呼ぶハビタットとして機能させるのは難しい、ということだ。

 北は北海道から南は沖縄まで、だいたい湿度が高くて、そこそこ温暖で、植物が生えられる土壌が普通に「ある」のが日本だ。

 この土壌が「ある」というのは、実はなかなかに大事なことで、高塩分だったり火山地帯だったり岩場だったりすると、これが「ない」。土壌が「ある」地域というのは、たとえアスファルトやコンクリで固められたとしても、そのわずかな隙間から、草本が芽を出し根を張り、いつの間にかしっかりと繫茂する。

 つまり、ただ放っておくだけで勝手に草が生えてくるわけで、「草地ハビタット」の創出に際しては、これは非常にありがたい。

 だが、この世の中、短所とならない長所はない。

 前述のように、どうやったって生えてくるということは、草地ハビタットなんてものはどこにでもあるわけで、そんなものに特に誘引されてやって来る生物は少ないということでもある。


 俺の祖父の住んでいた空き家は、百坪ほどの庭が十年以上、放置気味でチガヤやススキ、エノコログサなどが結構な密度で生えているわけだが、バッタ類はヒシバッタくらいしかおらず、コオロギ類も二~三種しか見当たらない。

 1キロ足らずの距離にある小河川の土手には、クルマバッタやトノサマバッタ、ショウリョウバッタなどが多数見られるのに、である。

 同じ庭に樹液の出るシラカシがあって、これにはクワガタ三種、カブトムシ、カナブン、ゴマダラチョウ、スズメバチなどが毎年飛来してくるのと対照的である。


 では、どのように草地ハビタットに生き物を呼ぶか、だが、これは『コリドーをつなぐ』のが基本にしてベストな手段である。

 「コリドー」とは「生態的回廊」などと訳される、いわば生き物の通路のことである。

 前述の我が家の庭に、どうしてバッタ類がまったく来ないかといえば、我が家とバッタのいる小河川の土手との間には、水田地帯が広がっているのが大きな理由だと思う。

 水田は、まあ、生物の宝庫のように言われることも多いし、それなりに生物はいるのだが、皆様ご存じのように農薬も撒く。また、一様な植生であり、その水稲をバッタはあまり好まない。

 百メートルやそこらなら、水田を越えてバッタもやって来るかもしれないが、一キロもの気に入らないエリアを越えてやって来るほどの価値が、百坪の草むらにはない、ということなのだ。

 そして、不運なことに祖父の家の周りに流れている用水路は、三面護岸で岸辺に草むらもない。

 このせいで、十年以上経ってもバッタは草むらの庭を見つけられないでいるわけだ。

 もし、この用水路脇に草むらが残されていれば、それを伝ってバッタなどの草むら生物がやってきた可能性は高いと思う。

 これが「コリドーをつなぐ」ということで、これは飛び石的なものでもよい。例えば、一キロの距離の途中の水田を、飛び飛びに五か所くらい買い取り、無理やり休耕田にして草ボーボーにすれば、バッタはそれを伝ってやって来るという寸法だ。

 とはいえ、バッタの為にそんな投資はできないし、用水路脇を草ボーボーにする権限もない、となると、これはもうバッタを捕獲してきて放す以外にないかも知れない。

 その際には、土手の植物も土付きで持ってきたり、コオロギ類なども連れて来たりできればさらにいいわけだが、土手の土を勝手に採るのは犯罪であるから、そう容易にはいかない。

 バッタを採集するにしても、出来る限り多くの種類を数多く採ってきた方が、定着率はいいだろうが、採取地に負担をかけては良くない。それに、百坪の庭という広さに定着できる種類かどうかについての検証も必要だ。また、産卵のための土質や湿度、餌植物の状況によっては、せっかく連れてきてもすぐに死んでしまったり、出て行ってしまったり、卵を産まず滅びてしまったりしかねない。

 であるから、最初は絞り込んで二、三種を、複数個体導入するのが良いだろう。

 特にメスが重要で、オスが捕まらなくとも、メスさえいればまず卵は産む。というのも、昆虫の場合、野外にいるメスの大半はすでに受精している可能性が高いからだ。

 百坪というバッタが住むには「狭い庭」であるから、小型種で飛翔力があまりなく、礫の河原などの特殊環境に依存しない種類がいい。たとえば、最初に導入するならオンブバッタ、ショウリョウバッタ、マダラバッタあたりであろうか。ササキリの仲間やヒメギスなど、キリギリスの仲間も良いかもしれない。もちろんコオロギの仲間も、導入してみてもいい。

 まず一般種が安定して定着するかどうか確認してから、他の種を導入していってみようかと思う。

 また、この敷地内でライトトラップをやる、というのも一つの方法である。

 夜間、シーツに紫外線灯や水銀灯の光を当てて昆虫を誘引するライトトラップには、様々な昆虫がやって来る。これは種類を問わず、周辺の昆虫が寄って来るので、草むらハビタットのみならず、昆虫の生息トライアルには有効と思われる。

 バッタ類はあまり光に寄っては来ないが、全く来ないわけではない。バッタ以外にも、寄ってくる昆虫の中には、草むらに住むような奴もいるかもしれないし、そのまま定着してくれれば、ハビタットの底支えになる。


 こうした強引な生物種の導入は、本来はあまり推奨したくないわけだが、草むらビオトープの場合は、前述したとおり希少性があまり無いので、仕方がないともいえる。

 ゆえに、ビオトープの中核ハビタットとしては機能しにくいわけだが、うまくいけば夏から秋にかけて、バッタやコオロギ、キリギリスといった存在感の強い生物たちを観察できる場所になり得るのである。


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