・『つる植物の棚』の管理と運用
さて、無事に植物体が導入できたとして、つる植物ハビタットの管理と運用はどういうものか、少しお話したい。
まず、こうしたつる植物の棚のビオトープとしての醍醐味は、その下で人間が涼むことではない。棚を一つ作ることで、複数のハビタットがいっぺんに稼働することである。
棚の下は林床と同じ日陰となる。このため草丈は低くなり、湿度は高くなる。風通しが良く、日陰を好む植物が生えるように工夫するといい。
校庭や公園の藤棚の下は、草一本生えていない、と思われるかもしれないが、あれは人間が踏みつけるために、植生が無くなってしまっているだけであって、放置すればそれなりに植生は復活してくる。
ただ、屋根状になることで雨が当たりにくくなり、乾燥気味になることがあるのは仕方がない。
これに対しては、乾燥期には水撒きをするとか、雨どいやエアコンの水が浸透するようにするとか、細長めに作って雨が吹き込む工夫をするとか、いろいろ工夫の余地はある。
日陰を好む植物はいろいろあるが、シダ植物や林床の植物などがいいだろう。
こうした植物は、選んで掘り採って来るのではなく、土や腐植質を採って来て芽生えが出てくるのを楽しむのがいい。
もし、近くに林や森があれば、その公道沿いのU字溝に溜まった落ち葉や落枝を、そこに生えた芽生えや住み着いたミミズなどの土壌動物ごと採ってくるのが、おすすめの方法である。
大抵の山林には管理者、所有者がおり、林床の植物や落ち葉を勝手に採って来ることはできない。また、もし許可を得られたとしても、林床は障害物も多く、木の根も細かく張っていて、腐植土壌や芽生えをとるのは一苦労である。
だが、このやり方だと、公道なので所有者や管理者に怒られる可能性は低い。ポイ捨てゴミなどを一緒に拾ってくれば、景観も水はけも良くなり、社会的にも悪いことではない。
溝に溜まった土砂や腐植質は、いずれ道路管理者が掘り上げて廃棄するわけで、芽生えや住み着いた土壌動物にとっても悪くはない。
盗掘ではなく掃除である、というのは言い訳に近いが、林床に限らず植物の盗掘が横行している昨今、こうした材料を野外から調達する場合は、ぜひとも気を付けていただきたい。
近くに山野がなく、そうしたことが無理だという場合には、とりあえず道路わきの落ち葉や泥を集めてみるのもいい。
道路わきは、住宅地の中であっても、意外と生物相が豊かだったりする。
芽生えは、さすがに住宅街だと外来植物、園芸植物が多いが、様々な草に混じって、樹木の芽生えが見つかる場合も多い。ボランティアがてら自宅まわりの道路わきを掃除して、落ち葉や落枝を回収し、つる植物の棚の下に撒くのも面白い。
グレーチングの下にいろんな植物が繁茂している状況はよくあるし、四角桝の中が湿っていると、そこにセリやオモダカなどの湿生植物が生えていることすらある。そうした場所には、カエルや昆虫が落ち込んで住み着いている場合もあるので、それらをそのまま庭に引っ越してきてもらう場合に、つる植物の棚の下はいい環境である。
また、せっかく日陰なのだから、棚の下でシイタケやヒラタケなど、キノコの栽培をしてみるのも面白い。
キノコ版の家庭菜園みたいなものだが、キノコにはまず農薬は使わないし、キノコ自体が様々な生き物を誘引するので、変わったハビタットが形成できる。
採れたキノコを味わえるのも嬉しい。
また、使い終わったホダ木は、隅に積んでおくことでカブトムシやクワガタの幼虫の発生を促したり、他の土壌動物の住処となったりする。
この場合の注意点は、ホダ木にする原木の入手である。
もっとも良いのは、自宅周辺の樹木が切り倒されたときに、それをもらって来ることである。樹木についている生物や、樹木そのものも地元のものであるから、問題が少ない。
だが、別の場所から原木を拾ってきたり、もらってきたりすると、これに様々な生物が付着していて、それらを意図せずに移動させてしまうことになる。特にカミキリムシの幼虫が潜んでいる場合がヤバい。
以前であれば、よほどの遠方でない限りカミキリムシの発生は、ビオトープ的にはラッキーで済んだ。しかし、今やツヤハダゴマダラカミキリやクビアカツヤカミキリなど、侵略的外来種が潜んでいる可能性を考えると、容易に推奨できないのである。
こんなことで、外来生物の分布を広げるようなことがあっては、生物多様性を守ることを願って作るはずのビオトープとしては、本末転倒もいいところだ。そもそもクビアカツヤカミキリなどは特定外来生物であり、移動は違法でもある。
だが、どうしてもキノコ栽培をやりたくて、どうしても原木を遠方から持って来るしかない場合もあるだろう。そんな場合は、原木を一度ドラム缶で煮てしまうのがいい。
こうすることで、カミキリムシの幼虫が死ぬだけでなく、殺菌されるのでキノコの菌糸も蔓延しやすくなる。ただ、原木を煮るのは早く乾かすことと厳冬期にやること、そして早めに菌を植え付けることをお勧めする。
なぜなら、一度煮て殺菌した原木は、生物的空白状態であるから、カビなど狙ったキノコ以外の菌が発生しやすくなるからだ。
次につる植物の根元部分であるが、樹木の根元と同じようにそういう場所を好む昆虫や土壌動物が多くなり、幹にはクモやセミなどが来る。
この部分は、管理・運用というほどの作業はほぼないが、ここに堆肥状の腐植質などを集中させておき、踏み固めがないようにした方が、根張りが良くなり、棚全体の勢いが増す。
エビヅルにしてもフジにしても、意外とすぐに幹は太くなるので、自立するようになってくると棚そのものも、簡単には倒れたりしなくなるが、脇から生えた枝や葉が周囲に巻き付きだすと厄介なので、少し剪定してもいい。
運用を続けていくと、葉が密生してきて棚の下側には、樹木の葉裏を好むような昆虫が多くなり、棚の上には日向を好む昆虫が多くなる。
この棚の上部は、下部とはほぼ違うハビタットといっていい。フジなどの、下にぶら下がった花にも昆虫は来るが、上の方は警戒心が薄れるせいか、種類がより多くて賑やかしい。
飛び交うチョウやハチ、葉をかじるコガネムシ類、それらを狙うカマキリやクモも住み着く。
上部から眺めると、下の景色は緑で隠されて見えないこともあって、別世界感が強い。あたかも熱帯雨林の樹冠のようで楽しい。
よって、棚上が見えないような設置法はもったいない。ぜひ棚上と同じ目線で眺めることを前提に、観察路を設置したい。
つまり、棚の上部と同じ目線で見られる観察路があるのが理想的なのだ。しかし、はしごや階段を付け、いちいちよじ登っていたのでは、めんどくさいし危険でもある。
たとえば、自宅であれば、ベランダから棚の上部が眺められるように高さをそろえて設置するのもいい。築山や斜路の脇に棚を設けて、棚の上部が観察できるようにするのもいいだろう。
とにかく、棚を上から見るようにすれば、普通はあまり見られない、棚の上部を観察できるわけだ。
ところで最初に、『棚のビオトープとしての醍醐味は、その下で人間が涼むことではない。』と書いたが、実際のところ、そういう運用も悪いわけではない。
というのも、本来、庭をビオトープ化すると、庭は全て生物の為の場所となる。人間の居場所など、通路以外には無くなってしまうものだ。しかし、棚があれば空中にハビタットが用意できるのだから、その下に人の居場所を少々残しておいてもいいという考えも成り立つ。
そもそも、せっかく作ったビオトープを人間が楽しめないようでは、モチベーションも下がろうというもの。棚の下だけは人間の場所にして、ハンモックを下げたり、犬を涼ませたり、丸木椅子やテーブルを置いてBBQを楽しんだりしてもいい。
犬の活動によって土壌には変化があるだろうし、人の踏み付けによって植生は劣化するだろうが、それはまあそれだけのこと。楽しくやっていくことが、継続のモチベーションとなり、継続してもらうことこそが、そこに住む生物たちの願いであろうと思う。