『つる植物の棚』というハビタット
つる植物の棚は、普通に木を植えたり、草むらを作ったりするよりも、メリットが多い。
その大きな理由は、敷地を立体的に利用できることである。
たしかに、棚は人工的構造物であり、自然状態を目指すビオトープとは相いれないと思われるかもしれない。だが、棚状になっていることで、棚下の日陰、植物の幹や茎、根元の土壌、そして棚の上部と、四つもの違ったハビタットが提供できるのである。
ハビタットが多ければ多いほど、そこを利用する生物の種数は増える。しかも三次元的に空間が使用できるので、生物種数はさらに増えるわけだ。
これらのハビタットは、もちろん普通の高木でもカバーできるわけだが、移植にはカネと手間がかかり、育成には何十年もかかり、一番面白い樹冠や梢の中の観察は、ほぼ不可能である。
また、大抵のつる植物は、草原のど真ん中にも森林のど真ん中にも少なく、林縁部などにしかない。つまり、自然界における希少性も意外と高いわけで、生物に対する誘引力が強いといえる。
しかも林縁部とは、すなわち林と草原などをつなぐエコトーンでもあるから、そこを利用する生物は自然と多くなるという寸法だ。
さて『つる植物の棚』を作る場合に、最も重要にして最も迷うのが、使用する植物の選定である。
棚つくりにできる植物は数あるが、「ビオトープ」という性質上、「その場所自生している在来種」に限定するのが本来のあり方だからだ。
日本に自生しているつる植物は結構あるが、それぞれに問題があって扱いづらいのである。
例えばヤブガラシ。こいつは、タフで生長も早く、短い根茎からでもよく殖える。花は地味だが開花期間が長く、チョウやハチ、ハナムグリなどの昆虫がよく訪れるし、コスズメ、セスジスズメ、ブドウスズメと食草にしているスズメガも多く、可愛い芋虫が楽しめる。
だが、長所と短所は表裏一体。逆に言えば、異常な繁殖力を持ち、巨大な芋虫がやって来る植物とも言えるわけである。その繁殖力のすさまじさは、一度植えたらその敷地からの根絶はほぼ不可能と言っていい。何しろ、地下に大人の指ほどもある根茎を伸ばし、そこから次々に芽を出すのだから、棚でおさまってなどいるわけもなく、自宅の壁や電柱、塀の外にまで、思ってもいない場所にまでつるが絡みつくこととなる。
種子をほとんど作らず、栄養生殖のみに頼っているようで、離れた場所にいきなり生えたりはしないので、それが唯一の救いである。とはいえ、千切れた根茎からは芽を出すので土の移動にも気を使わなくてはならない。
コイツを制御してみようと、一度プランターで管理してみたことがあるが、プランター内では思うほどでかくならない。急に大きくなってきたと思ったら、下の穴から根茎を伸ばし、周囲に広がり始めてしまった。このヤブガラシは結局、そのまま我が家に居着き、毎年芽出しを引っこ抜く羽目になっている。
引っこ抜いた新芽は、おひたしや油炒めで美味しく食べられるのだが、収量も食味も労力に見合うようなものではないので、あまりお勧めはしない。
同様の能力、つまり根茎でガンガン増える在来つる植物には、この他にヒルガオの仲間とヘクソカズラがあって、どちらもかなり厄介。つまり、これら三種は棚作りにはお勧めできない。
では、お勧めの在来つる植物は何か?といえば、これはやはりフジ、エビヅル、サンカクヅル、アケビ類であろう。
フジは開花期間は短いものの、花自体は薫り高く美しい。チョウやハチもよく寄って来るし、葉にはドウガネブイブイやコガネムシも来る。そして、そういった昆虫を狙ってカマキリやクモも集まる。根茎を伸ばすこともあるが、勝手にあちこちに伸びるほどではなく、幹は樹木化するので、支柱に寄りかかって倒しちゃうようなこともあまりない。
寿命も長いので、いちいち植える必要がないのもいい。
管理上、気を付けるべき点があるとすると、花後にできる種子を放置すると、どこでも芽生えてくるから、回収した方がいいってことくらいだろうか。
フジは園芸品種も多いが、近くの山裾に行けば、けっこう生えているもので、それこそ林床や道沿いに落ちた種子からの発芽体を採って来れば、容易に在来系統を導入できるのも楽でいい。ただ、発芽体から花が咲くまでには数年かかるし、棚らしい雰囲気になるにはさらに年数がかかるのが、欠点と言えば欠点だろう。
エビヅル、サンカクヅルは、要は平地性のヤマブドウであり、実も食える。
ビオトープの場所が山地であるなら、もちろんヤマブドウでもいいわけだが、そういう場所はクマやサルなどが実を求めて現れる場合があるので、むしろ彼らを誘引しないフジなどの方が良いかもしれない。
この野生ブドウ類も、フジと同じく葉に来る虫が多いが、花は地味でそもそも数が少ないので、吸蜜昆虫の飛来数は多くない。瘤のように膨らんだ枝や幹の中に、ブドウスカシバの幼虫が発生することもあるが、それもまあご愛敬。べつに多収を目指すわけでもないのだから、彼らもビオトープのメンバーという考えでいい。
在来の植物は、いったん根付けばそう簡単に枯れてしまったりはしないものである。
実が食べられるので、食べた後の種子を取り播きすると数年で実をつける。
挿し木も可能だし、種子から始めるよりは生長は早いが、成功率は低い。
エビヅルによく似た植物で、実が食えないノブドウという植物もある。
もちろん、ノブドウも在来種であるし、タフでそれなりに昆虫も来る。しかし、実が不食なので、せっかく栽培しても楽しみが一つ減ってしまう。もちろん、それでもかまわないなら棚にしてみるのも良いかもしれない。
アケビ類は、木の実、山菜としても有名な植物である。
アケビ、ミツバアケビ、ムベなど何種類かあるが、地域の自生種を導入するのはそう難しいことではない。
アケビ類の熟した甘い実は、人間のみならず、鳥や獣にとっても御馳走であるが、なにしろ種が多い。よって、これを食べた彼らの糞からは、多くの実生が育つのだ。
登山道脇や獣道にもよく生えているが、鳥に食われた場合、かなり遠くまで運ばれるため、住宅地の公園や神社、電柱の下など、鳥がよく止まるような場所の下に実生が生えていることは珍しくない。
植え替えにも強く、土壌を選ばないので、近場でこうした実生を探して持って来ればいいわけだ。
在来の自生植物で、入手も栽培も容易。実は食べられて、新芽は山菜になり、鳥もやって来て、アケビコノハという魅力的な昆虫も来るというアケビ類。一見いいことずくめのように思えるが、欠点もある。
それは、初期の頃は生長が遅く、ツルの密度が薄いので、なかなか棚を覆うまではいかないことだ。また、雄株と雌株があるのでせっかく花が咲いたのに実がならない場合もある。
それを覚悟したうえでなら、アケビの棚を作ってみるのは面白いと思う。
こうして見ると、意外と在来つる植物の導入には時間がかかることがお分かりだろう。
だが、棚はあくまでそのハビタットのベースである。よって、そこから拡散しないのであれば、園芸種や外来種を用いてみるのも一つの方法だと思う。
つまり、朝顔やヘチマ、ひょうたん、あるいはキュウリやニガウリなどお一年生のつる植物で棚を作って、その場をしのぐというわけだ。もちろん、フジやエビヅル、アケビも植えておき、それらが生長してくれば、最終的には置き換えればいい。そうした植物は栽培の歴史も長く、まず野生化はしないので、周囲の生態系へのインパクトが少なく、おすすめできる。
また、フジやエビヅルが手に入りにくいならば、ブドウやバラ、園芸種のフジなども使っていいとは思う。だが、それを「ビオトープ」と呼ぶと、小うるさい人が文句を言うやもしれないし、自分自身が在来種にこだわる場合だってあるだろう。
それにバラやブドウは虫の食害やウイルスなどに弱い品種も多く、枯らさないために農薬を使っては本末転倒である。
また、ブドウのような園芸果樹の問題点は、実を放置するとハクビシンやアライグマ、カラスなどがやって来ることがあり、周辺生態系にそういう意味で影響がある。
もしかすると、そのことでご近所に迷惑をかける可能性もあるので、その点でもお勧めしにくい。
それと、キウイは環境省の侵略的外来種リストに載っているのでお勧めできない。