『樹林』ハビタットの管理と運用 その1
樹林ハビタットと一括りに言っても、構成樹種によってその運用は大きく変わる。
また、どのような効果を期待するかによっても、管理を変える必要がある。
前項で解説したように、樹木を植えるところから始めると、ハビタットとしての効果が出るまで育成するだけでも、相当の年月を要する。だが、最初から樹木がある場所も多いだろうし、植わっている樹木に合わせて管理を変え、狙った効果を得ることも可能である。
・土壌を豊かにする。
庭園として造られた場所の多くは、樹木については剪定をし、殺虫剤を蒔いて管理している。だがその木が植わっている土壌に関しては、あまり管理されていないことが多い。
そもそも瓦礫や石の埋まった土地に植えられていたり、水はけのよすぎる砂礫や、逆に水を通さない粘土質に植えられていることすらある。人のよく歩く場所などは、舗装でもしたかのように踏み固められ、根がむき出しになっている場合もあって、それでは木自体も元気になりようがないわけである。
そういう状況では、樹林ハビタットとしての機能もまた十分に発揮されないので、土壌にも気を使っていきたい。まずやることと言えば、樹木まわりの掃除しすぎをやめることである。
落葉落枝は、日本庭園において特に嫌われる要素ではあるが、ビオトープに関して言えば、その限りではない。
あまりに丁寧にそういったものを取り除いてしまうと、ミミズやトビムシ、ヒメフナムシ、ヤスデといった、腐植質を分解して生活している生物が減少、というかそもそも定着できなくなってしまう。
彼らは土をほぐし、樹木の根が張る範囲に空気を呼び込み、栄養や水分が地中に供給されることを助けている。
乾きやすい砂礫質であれば、この腐植質によって少しずつ水持ちがよくなる効果が狙えるし、粘土質で水はけが悪い場合は、この腐植質は間隙となって水はけをよくする。さらに土壌生物が土中を移動することで出来た穴などの生活痕も土壌水分の調整に役立つのだ。
もちろん落葉落枝を片付けることで、いいこともある。
地表から落ち葉などを除くと、チチアワタケやハツタケといった、菌根性のキノコの発生が促進されたり、地表の蘚苔類の生育が落ち葉で邪魔されなくなったりする。落ち葉のある林床を好む生物もいれば、落ち葉のない林床を好む生物もいるわけで、この辺はバランスを見て掃除すると良い。
判断基準は、自分の好みでよいが、狙っている環境にどう近づけるか、どんな生物にいて欲しいかによって決めればいい。とはいえ、日本庭園を目指すのでないなら、藪の中や根の周りなど、目立たない場所の落葉落枝は基本残していった方がいい。
そして、掃除で集めた落葉落枝は、エリア内に設けた『堆肥場』に積んでおくようにする。『堆肥場』に関しては、草地ハビタットの項で詳しく解説した。
これについて、もう一点だけ補足すると、積むモノが刈草なのか、抜き草なのか、落葉落枝なのか、生木なのか、によって、そこに発生する昆虫や土壌動物の種類が変わる。
特に落葉落枝の場合は、カブトムシの発生率が高く、コオロギはあまり来ない。そして刈り草の場合はハナムグリの仲間が多くなり、抜き草の場合はミミズの発生が顕著である。
当然ながら、そういう傾向がある、というだけのことで、どんな環境下でもそうなるわけではないし、やってみて観察することが大事だ。また、材料を混ぜこぜにした場合にどうなるかとか、その組み合わせとか、積み込む順番でも状況は変化する。
ただ、草地ハビタットの項で触れたように、ヤスデの大量発生を招くこともあるので、管理は慎重にしてほしい。
カブトムシは、落葉落枝を積むことで、かなりな都会でも発生させることができる。カブトムシが発生しなくとも、ハナムグリ類の幼虫はほぼ間違いなく発生するので、間違っても購入したカブトムシ幼虫を放虫することなどないようにお願いしたい。
遺伝的な問題もさることながら、飼育下の昆虫が外国のダニや病気に感染している可能性もあり、それを野外に解き放つことになりかねないからだ。
また、カブトムシが発生するのは、子供らにとっては嬉しいことだが、それを狙ってアライグマやタヌキ、イノシシまでもがやって来ることもあるので、周囲の状況を見て、堆肥場を設定していただきたい。
また、最近ではリュウキュウツヤハナムグリという国内外来種が大量発生してしまう地域もあって、様子を見て管理して欲しい。
堆肥場があると、近傍の樹木は目に見えて生長がよくなる。これは、堆肥場で発生した土壌動物が、周囲の土壌中も移動し、空気を循環させ、栄養素を行き渡らせるからであろう。
それと、前述の踏み固めだが、人の歩く道を設定して、それ以外を歩かせないようにすることでダメージを減らすことができる。立ち入り禁止にするのが簡単ではあるが、人が観察できなくてはビオトープの意味がない。
踏圧を減らすことは、樹木だけでなく、下草や草地ハビタットにもよい効果をもたらす。
単に人の歩く道を設定して、他の部分を踏まないようにしてやるだけでもいいが、それでは踏まれる部分が不毛の地になることは防げない。
そこで、木道や飛び石で道を作ることをお勧めしたい。もちろん、木道や石の上は不毛の地となるわけだが、木道や石の下に空間を設けることで、それらの下が土壌動物などの隠れ家にもなり、空間の利用効率がよくなる上に「木道・石の下」という新しいハビタットを追加することにもなる。木道の材質をキノコが生えやすい広葉樹にしたり、下に空間のできやすい廃瓦やブロック材を用いたりすることで、さらに生物多様性の拡大を図ることも可能だ。