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『樹林』というハビタット

 樹林、というと多少大げさかもしれない。

 個人宅で樹林といえるほどの規模を維持できる人は、かなりな資産家か超田舎暮らしかのどちらかであろうから。

 だが、たとえば一本であっても、数メートル以上の木あるいは茂みを作る低木となると、一つのハビタットとして機能するだけのポテンシャルがある。

 低木に関しては、前述した生垣と被る部分も多いので割愛するが、中高木に関しては、ちゃんと述べておく必要がある。


 ビオトープにおける、樹木のハビタットとしての基本機能は、すでにご紹介した「つる植物の棚」と似通った部分が多い。

 その機能とは

①植物体(茎葉、花、樹液、果実など)を他生物が利用する、物質資源としての機能

②他生物の隠れ家や生活場所としての物理的機能

③日陰部分の形成や、植物体そのものからの蒸散による微気候の機能

 これら三つである。

 中でも「つる植物の棚」と大きく違うのは、樹木そのもの、つまり幹の利用だ。

 幹は樹液を出し、皮の隙間や洞、木質部そのものを生物の住処や産卵場所として提供できる。

 つる植物の多くは、高さの割に幹が細く、樹液を出すこともほぼないので、樹木と棚は似ているようで違ったハビタットといえる。

 では、樹木の物質資源としての機能の面から解説してみよう。

 生活場所および微気候に関しては、物質として利用している生物が、そのまま恩恵を享受しているパターンが多いので、割愛する。


・茎葉。

 植物体としては、生物にとって茎葉が最もコンスタントに、かつ確実に利用できる部分であろう。

 樹木が成熟していなくても、また老いていても、調子が悪かろうとも、生きている限りは葉をつけるからである。

 さて、樹木の葉を利用する生物といえば、ガの幼虫に代表される毛虫であるが、これに対する手法は、すでに生垣の項で述べた。

 つまり、うかつに薬剤で殲滅しようとしないこと、である。

 マイマイガなどのように、大発生を繰り返す生活様式をとるものもいるわけで、あまりにも丸坊主にされると、危機感を覚えるのも分かるし、それで枯れてしまう木が無いとは言わない。だが、薬剤を使えば殲滅されるのは毛虫だけではなく、しかも毛虫以上にダメージを食らうのが、毛虫の天敵たちなので落ち着いて欲しい。

 ビオトープの意義から考えても、薬剤の散布は間違いなくNGである。ガでなくチョウでも樹木を丸坊主にすることはままあって、カラスザンショウをアゲハ系の幼虫が、サンショウやタチバナをナミアゲハが丸坊主にすることはある。

 どちらにせよ、薬剤を使うのは弊害が大きいので、どうしても食われたくないなら産卵できないようにメッシュ状の網を木にかぶせ、産卵できないようにしてしまうのがよい。

 アメリカシロヒトリのように、外来種でかつ最初のうち幼虫が集団行動するようなタイプであるならば、その部分を枝ごと伐り取って焼き捨てるのも一つの方法だ。

 外来種ではないが、カレハガやイラガの仲間も幼虫が小さいときには集団行動するので一網打尽にしやすい。小さい毛虫を殺すのは、餌資源としてはもったいないが、樹木がまだ小さいなどの理由があるなら、同様に処分しても良い。

 また、樹上性の直翅目にも、葉を利用するものがいる。ヤブキリの仲間、ヒラタツユムシ、ササキリモドキの仲間などだが、同じ樹上性直翅目でもコロギスはほぼ肉食である。

 この他、カメムシやハムシの仲間、樹上性のカタツムリなどが生の木の葉を利用する。

 これらに対して、特に手を加える必要はないものの、木が茂りすぎた場合の剪定や間伐を行う場合にはよく観察してみてほしい。そして、彼らを一緒に廃棄しないように、剪定枝はしばらく積みおいてから処分するようにすると良い。

 そういう意味でも、枝葉などの有機性廃棄物を積み置く堆肥場は有効に機能する。


・花

 花は、つる植物の棚や草地ハビタットと、内容的にかぶる部分も多い。

 多くの昆虫を誘引するという意味で、花の咲く樹木は生物多様性の向上に有効であるが、アベリアの話題でも触れたように、資源量が多すぎたり、花期が長すぎたりする植物は、地域生態系に偏りを生じさせる可能性はある。

 基本、日本在来の樹木でそのような植物はほぼないが、外来種で言えばハリエンジュはかなり花や蜜の量が多いし、サルスベリは百日紅の名の通り花期が非常に長い。

 在来植物ではリョウブ、カラスザンショウ、エゴノキなどは誘引力が強く、比較的花期も長い方であるが、前に挙げた二種ほどではないので、花の効果を得たい方は、このへんで手を打ってはどうかと思う。

 花期は短いが、野生種のサクラも花がよく咲き、春先に良い吸蜜源となっている。

 ウワミズザクラやヤマザクラなどは、近場で大木を見かけたらその周囲を探してみると、種子が落ちて発芽している場合がよくあるので、これを利用すると良い。

 しかしもちろん、遠方からの移植はビオトープ的にはやめておいた方がいい。

 また、エゴノキは最近わりと庭木として植えられているのを見る。よって植木として購入することは可能だが、遺伝的にどうなのか不明なので、山野で見つけたものから種子を少し頂いて植えるのがその点で言うと無難ではある。

 リョウブやカラスザンショウは、庭木として植えている例はほとんど見られない。どちらも成長の早い木なので、これも花の後にできる種子を少し頂いてきて植えるのが確実ではあるが、花が咲くまでに数年を要する。


・果実

 日本在来の果樹は意外とたくさんあって、人間も鳥も獣も昆虫も利用できるものがある。柿やクリ、ナシ、クワ、グミなど、日本の気候に合っていて、よく育つ。

 過熟した柿に樹液を好む昆虫が群がる様や、ムクドリやツグミが実をつつく様子が見られることもある。クリの実を専食するクリシギゾウムシなんていう、体よりも長い吻を持つ昆虫が観察できることもある。


 しかし、最近の日本では、考えなしに果樹を植えると、問題が起きることが多い。何故なら、果実には多くの野生動物も誘引されるからである。

 以前の日本では、里山里地にクリやカキがあるのは普通のことであり、それらは人間が管理し、利用する果樹であった。

 ところが、過疎化が進み、放棄された田畑、住宅、施設などのまわりに果樹が残され、利用されないまま実をつけっぱなしにするようになった。そして、その果実を狙って集落周辺までクマやタヌキ、イノシシなどの野生動物が降りて来るようになった。

 さらにはアライグマやハクビシンといった厄介な外来の獣たちも、その領域を広げつつある。彼らは田舎にもいるが、都会にも進出していて、やはり果実を食料とする。生ごみをあさり、ドブネズミや庭木の柿、街路樹のギンナンなどを食べて人間の町にも適応してしまっている。

 俺の住む県では、県庁所在地のJR駅から徒歩二分の場所にある民家に出没し、天井裏を歩き回ったり、駐車場脇で目撃されたりしているほどだ。

 しかも、彼らの糞からは未消化物として排出された種子が芽を出し、意図しないところに品種改良された果樹や外来種の芽が勝手に生えてしまうこともあるのもよくない。

 在来種の果樹なら良いとかそういう話ではなく、餌となるような果樹を植えておくと、野生動物を誘引し、その活動によって地域の生態系が良くない方向へ変わってしまう可能性がある、ということだ。

 野生生物が果実しか狙わないのなら、まだ問題も小さいのだが、彼らの多くは雑食であり、小鳥や小動物、昆虫も食べるから、彼らの生息密度が増えると、姿を消す生物が出てくることも考えられる。

 彼らが原因、とまでハッキリ言っていいかどうかは分からないが、近所の里山ではここ十数年でサワガニ、トカゲ、カタツムリの姿がめっきり減った。

 自宅ビオトープに野生動物が来る、という本来であれば、喜ぶべき状況のはずなのに、それを防がなくてはならない、というのは忸怩たるものがあるが、ここはグッとこらえて果樹を避けていただきたい。

 果実の効果をハビタットで得たい場合には、地域の野生種を導入すると良い。

 とはいえ、山野で実がなっている樹木は、だいたい成木で掘り取って来るのは至難だし、そもそも地形を改変するような行為は、自分の土地でもない限り許されない。

 運よく実のなる小さな木を見つけたとして、それを野鳥や小動物が好むかどうかも分からない。

 だがそんな場合、有効な手法がある。

 山野ではなく、街中を探すのだ。それも樹木ではなく種子を採集するのである。

 場所は屋上、もしくは電柱や街路樹の下。

 コンクリやアスファルトの上であるにもかかわらず、そこには何故か、植物の種子が落ちている。これを集めて播種すると、あら不思議。翌春には、けっこうな率で植物が発芽し、育てていくと、鳥の集まる樹種ばかりになる。

 一体どういうことか、カンの良い方はお分かりだろう。

 これは鳥の糞由来の種子なのである。

 電柱や街路樹、屋上には鳥がとまる。それも、ほとんどは小鳥ではなくカラスやムクドリ、ヒヨドリなどだ。特にカラスとムクドリは、夜間のねぐらに帰る前に、電柱や屋上で大群でたむろする習性があり、そこに無数の糞を落とす。そこで、それを利用させてもらって種子を集めようというわけである。

 これらの中型以上の野鳥は、植物の実を食べ、種子を排泄する。植物側も、もともと食われることは織り込み済みで果実をつけているわけで、一緒に飲み込まれた種子は消化液に耐え、排泄されても生きていて、糞の落ちた場所で発芽する。

 いや、むしろ普通に果実から種子を取り出して撒くよりも、消化管を通って種皮がある程度薄くなったものの方が、発芽率が格段に高い。

 だが、せっかくの植物の戦略も、種子がコンクリやアスファルト、建造物の上に落とされては意味がないわけで、せっかくなのでそれを利用させてもらおうというわけだ。

 このやり方のメリットは、すべて野鳥が食べる実をつける植物が生えてくるということ、その地域に生えている植物の種子であるということ、野外の植物に負担が一切かからないことである。

 もちろん問題点もあって、種子から発芽させると、結実までに時間がかかること、地域に生えているからと言って在来種ばかりとも限らないということ、種子の量が多すぎると、苗が多すぎて困る状態になること、などがある。

 実際に俺がやってみたところ、ヨウシュヤマゴボウやユスラウメ、ナンテンといった、外来種や園芸種ばかり生えてきて、せっかく育てたものを廃棄したこともある。

 だが、たとえそれらを育てようと、もともと地域に存在していたから種子があったわけなので、地域生態系に大きなインパクトを与えるような事態にはならないであろう。

 うまくいけば、クワ、ヤマザクラ、ソヨゴ、ヤマボウシ、ヒサカキ、アケビなど、驚くほど多様な樹木の苗木が手に入る。

 この種子の採集には、箒とちり取りを持って行くと良い。

 箒でその辺を掃除する感じで、ざっと掃き集めて持ち帰る。糞があれば糞ごとでいいし、一見何も無さそうでも、鳥の集まる場所であるなら、掃き集めてみるとなにがしかの種子が混じっているものだ。

 育成のポイントは、プランターに赤玉土や鹿沼土、種まき専用土など、栄養分が少なく、水持ちと水はけのよい市販用土を入れて播種することである。

 もちろん、その辺の土を利用しても発芽はするが、それでは土に混じっていた別の植物の種子との区別がつかない。この場合、確実に『野鳥の来る実のなる木』を得るのが目的だから、他の要素はできる限り排除するのだ。

 もう一つのポイントは、すぐ発芽しなくても、最低一回冬を越すくらいまでは、根気よく待つこと、である。

 もちろん、すぐに発芽する種子もあるが、中には冬の寒さを経験しないと発芽のスイッチが入らないものもいるからで、これは別のやり方で採取して来た種子をまいた時にも気を付けなくてはならない。

 そして発芽し、本葉が出てきたら、液体肥料を薄めにして潅水を兼ねて与えると、生長が早まる。数センチ程度に成長してしっかりしたら、大きめの鉢に移植して、できれば数十センチくらいまでは鉢で管理すると良い。

 樹木も小さいうちは草に埋もれてしまうことが多く、枯れないまでも、間違えて刈ってしまったり、踏みつけてしまったりというミスがあり得るからである。

 鉢での管理が面倒、と思われるなら、目印の棒を立てておくことをお勧めしたい。

 実がなるまでは長い道のりとなるが、その経過も楽しむくらいの時間感覚でいてほしい。

 ビオトープづくりは『これで完成』ということはなく、少しずつ変わっていくものだし、本来の自然というものも、そういうものだからだ。


・樹液

 樹液は多くの昆虫やその他の生物が利用する。クワガタやカブトムシ、カナブンなどが有名だが、チョウやガの仲間、スズメバチの仲間、小型の甲虫やハエ、アブ、アリ、森林性のゴキブリなど、意外と樹液に依存している生物がいる。

 樹液の染み出している場所を観察していると、この他にもアマガエルやクモ、カマキリなどが、寄って来る昆虫を待ち伏せしている姿も観察できる。

 そもそも何故このように樹液が染み出ているかというと、ボクトウガの幼虫が幹に食い込んで樹液を染み出させ、寄ってきた小型の昆虫を捕食するためである場合が多いらしい。

 もちろん、ボクトウガだけでなくクワガタやカミキリムシの齧った後から出ている樹液もある。

 樹液の出る木といえばクヌギやコナラが有名であるが、シラカシ、スダジイ、マテバシイ、ヤナギ類、イヌシデ、スズカケノキなどでも樹液が染み出し、昆虫が集まっているのを観察したことがある。樹液が出るかどうかは樹種も重要なのだろうが、上記のボクトウガなどが住みついているどうかも重要なのだ。

 またシマトネリコという南方性の庭木に、鈴なりにカブトムシがつくという。

よほど大量に樹液を出すのかと思えば、逆に染み出す量が少ないため、満腹になるまで時間がかかって、たくさんいる状況になっているらしい。


 さて、自宅ビオトープで樹液の出る木を作り出すにはどうするか。

 まず既に木が植わっているような場所ならば、上記したような樹種かどうか確認する。

 そういう木が植わってないなら、地域在来の遺伝子を持つ木を植える。

 そして、樹液が染み出してくるようになるまで地道に待つしかないわけだ。

 とはいえ、必ず樹液が出るようになる保証などどこにもない。そういう樹種だからと言って樹液が出るとは限らないのだ。だが、だからといって、焦ってナタやノコギリで樹皮に傷をつけたりするのはおすすめできない。何故なら、そのせいで木そのものが弱り、ひどいときには枯れてしまうことにもなりかねないからだ。

 樹液が出なくとも、木にはハビタットとしての効果がある。枯らしては元も子もないのである。

 だが、樹液が出るようにそっちの方向へ導くことはできる。

 樹種によっても違うが、樹液が出ている木というのは、かなり元気のよい木である。根から吸い上げた水分が、有り余って染み出すくらい元気が良いという状態だと思ってもらえばいい。

 俺の自宅にあるシラカシの大木は夏に樹液をよく出すのだが、庭師さんが剪定してほとんど葉を無くしてしまった年には、樹液を出さなかった。

 よって、木に肥料を与え、水を与え、剪定しすぎないようにして、できる限りのびのびと生育してもらうようにすると良いだろう。

 だが、ちなみにクヌギの場合、ドングリを植えて樹液が出るレベルに育つまで、十年かかった。

 あと、「草地ハビタット」でも書いた通り、ライトトラップで虫を集める方法も、やってみる価値はある。ライトトラップは、物干し台に白いシーツを張り、そこへ紫外線灯や水銀灯を当てることで虫を呼ぶ。夜間飛行している虫の多くが集まるから、ボクトウガも来る可能性があるわけだ。つまり、やってくる可能性を少し上げる程度だが、それで住み着いてくれれば樹液の出る可能性はぐんと上がる。

 人工的方法ではあるが、どっかから採集してきて放すよりは、よほどましだと思われる。

 周辺の昆虫の観察も兼ねることができるのも良い。年に何回かやって集まった昆虫のリストを作っていくと、ビオトープ全体の生物多様性がどうなっているか、把握する指標ともなる。

 ほとんど何も来なかったビオトープでも、生物多様性がアップすれば次第に来る昆虫の数や種類も増えてくるので楽しい。

 まあ、かなり細かい虫も来るので、全部のリスト作りは大変だが、肩に力が入りすぎない程度に、目立つ虫だけ記録していっても十分意味がある。


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