・『生垣』の管理と運用
剪定と除草
生垣は生きている樹木だから、放置するとどんどんでかくなる。
特に俺の推しであるアベリアは、よく徒長するタイプの植物で、ひょろりと長い枝をたくさん伸ばす。これを放置しておくと、枝分かれしてしっかりした幹になり、翌年には生垣全体が一回りでかくなる。その際に生垣自体の形も歪んでしまうし、次第にスペースをとって邪魔になって来るので、ある程度剪定した方がいい。
剪定は、樹種によって時期ややり方に多少のコツはあるが、生垣に使用されるような種は、おおむね生命力が強く、バッサリ伐ってもまた復活してくるものが多い。
ただ、あまりにキッチリ直線的に刈り込むと、見た目はスッキリするが、枝の形が単調になって、昆虫やクモが住み着きにくくなる。花芽も多くが切られてしまうことになるから、吸蜜に来る虫も減る。
秋ごろ剪定すると、カマキリの卵のついた枝をカットしてしまう場合もあって、次年度の個体数に影響を与えてしまうこともある。小さい生垣なら剪定鋏で、カマキリの卵などを避けて切っていけばいいだけだが、大きな生垣を電動バリカンで刈る場合には、いちいち生き物に配慮していられない。
だから、例年は徒長しすぎた枝をカットするくらいに留めておき、何年かに一度、ごっそりカットして樹形を整えるくらいでいい。
また、カマキリが卵を産む前の夏にカットするのも一つの方法である。
カットした枝は、挿し木で根付かせ、生垣を殖やすのに使うと良い。挿し木はプランターに鹿沼土を入れて挿しておく。挿し穂の葉が伸び始めたら根付いた証拠だが、十分に成長するまでプランターで管理した方が、根が増えて植え替え時に失敗がない。
除草に関しては、草地ハビタットと同じように、まず背の高い草を抜くようにする。
例のセイタカアワダチソウやヒメムカシヨモギ、オオアレチノギクなどは、綿毛で種子を飛ばすので、生垣の隙間からでも伸びてくるのだ。
その他のイネ科植物に代表される草も根元に生えることはあるが、日光や雨が当たりにくいので、密生するほど生えることはない。
よって放置しても大したことはにはならないが、やはり外来種は面倒だし、根のしっかりしたつる植物や根茎を伸ばすタイプの連中は厄介なので抜く方がいい。
特にヤブガラシやヘクソカズラ、ヒルガオ類が入り込んだ時は非常に厄介で、それこそ生垣を枯らさんばかりの勢いで巻き付いて繁茂する。とはいえ、生垣ハビタットの本来の目的は、地域生物多様性の向上であって、生垣の植物を守ることではない。
見た目はいかにも荒れた雰囲気になるが、ヤブガラシはよく蜜を出し、葉を食うガの幼虫も何種かいるので、誘引される昆虫も多い。ヘクソカズラも花は咲くし、どちらも在来種でもあるから、この際、目くじら立てずに容認するのも一つの方法である。
生垣の植物は、勢いを失ったり枯れたりするかも知れないが。
もし、生垣まわりと他のエリアの土壌が完全に断絶しているならば、わざとつる植物を生やす手もある。もともとハビタットとして不適な樹種が生えていた場合など、それを撤去して何かを植えるよりも、つる植物を蔓延させ、そいつらで生物多様性向上を図った方が手っ取り早いこともあるという意味だ。
ただ、前述のようにヤブガラシもヘクソカズラもヒルガオ類も一筋縄ではいかない連中だし、見た目放置気味に見えて貧乏くさくなるので、ご注意。
カマキリとクモ
カマキリもクモも、生垣によく住みつく。
特に前項で推した「アベリア」の生垣は、カマキリの生息密度が高いことが多い。オオカマキリだけでなく、コカマキリやハラビロカマキリもいっしょに見られることが多いのだ。
本来、コカマキリは草むらに多く、ハラビロカマキリは林縁などの樹木に多い。オオカマキリはどちらにもいるが、花の咲く背の高い草や低木でよく見かける。
生垣は、背の低い樹木の塊で、草むらと花と樹木の三要素を混合したような環境であるから、この三種の生活とちょうどマッチするわけである。
クモも同様で、草むらによく巣をかけるクサグモの仲間も、日陰や軒下に巣を張るオニグモの仲間も、木々の枝間に巣をかけるコガネグモの仲間も、待ち伏せ型で巣をかけないハエトリグモやカニグモの仲間も、同じ生垣に住む。根元の方にはジグモやトタテグモが住み着くこともあり、生垣一つでかなりの数のクモを観察できる。
捕食者であるかれらは、生態系的には比較的上位に位置する重要なメンバーだ。ビオトープにこうした捕食者が住めるということは、その餌となる生物が豊富にいるということ。
つまり、彼らがいるかどうかが、生物多様性の評価ポイントと言っても過言ではない。
だが、特にクモは一般的にはあまり歓迎されない生き物である。
カマキリはそう嫌われ者ではないが、それでも綺麗とか可愛いとかいう感覚とは遠いかも知れない。
カマキリとクモは分類的にはかけ離れているが、生態的地位としては似た位置の生物なので、管理方法及び注意点は重なる部分がある。
カマキリ、クモはどちらも待ち伏せ型の捕食者である。吸蜜植物の花の周りに潜み、獲物が来るのを待って、罠にかけたり不意打ちで襲ったりするわけだ。
目の前で美しいアゲハがカマキリに襲われたり、クモの巣にかかっていたりすると、思わず可哀想になるかもしれないが、決して助けたりしてはいけない。
カマキリもクモも何も悪いことはしていないのだ。自分が生きるために、食事をしているだけのこと。
だが、そのことが地域の生態系バランスをとるために、重要な役割を果たしている。
例えばカマキリやクモがいなくなったらどうなるか。
まず前提として、カマキリやクモは、どの種も一年で一回しか産卵せず、親虫が死んだら次の世代が出てくるのは翌年である。しかしチョウやガの多くは一年で二回以上産卵し、羽化する。この事実を前提としてシミュレートしてみよう。
さて、ある生垣に毛虫が発生したとする。
ガやチョウの幼虫である。カマキリやクモがいれば、産卵に来た親も食われ、生まれた毛虫も捕食される。これにより数は抑制され、生垣の樹木は葉を食いつくされるほどではないわけだ。しかし、たとえば毛虫を死ぬほど嫌いなある人間が、毛虫がいるのを発見し、一匹でも毛虫を見たくないと、薬剤を散布したとする。
薬剤は、チョウやガに選択的に効くものではなく、すべての昆虫、クモを殺してしまう。
つまり、ガやチョウの幼虫だけではなく、他の様々な昆虫も、クモも、カマキリもすべて一掃されてしまうわけだ。すると、食べ残された葉に、離れた場所からチョウやガが飛来してその年二回目の産卵をする。
しかし、クモもカマキリも移動力が低いため、遠方から来る可能性は低い。生き残った個体に期待するか、周辺からゆっくり移動してくるのを待つしかなく、産卵も一回だけだから、その年のうちに彼らが復活するのは絶望的である。
その年、二回目のチョウやガの幼虫は、大した数は発生しない。だが、捕食されないまま成虫になるわけで、その大多数がそのままそこへ産卵することになる。よって、翌年は、前年の数倍の幼虫が発生することになる。
増えすぎた幼虫が、生垣に大発生する。今度はすべて丸坊主にする勢いだ。その有様を見て、また人間は薬剤を散布する。
わずかに復活していたクモやカマキリは、また薬剤で全滅する。すると、翌年もチョウやガが大量発生し、食草を食いつくす。
そんなことを繰り返すうちに、生垣からはほとんどの生物が姿を消していき、生物の種類も数も減っていく。
これが、毎年殺虫剤を撒かなくてはならなくなる生垣の一つのパターンである。
そして『虫が発生しやすいから』というような理由で、花がよく咲く広葉樹が避けられるようにもなる。
まあ、ハビタットとして機能させたくない、というならばそれもアリではある。カイヅカイブキ、マメツゲ、キャラボク、ドウダンなどを利用する生物は少ないから、そういうものを植えてやればいいわけだ。
そういう生垣であっても、ブロック塀やアルミの柵よりはずいぶんマシである。
だが、ハビタットとして機能させたい、と言いながら「毛虫だけはダメ」というのは、申し訳ないが通用しない。
たしかに、イラガ類を筆頭に「刺す」毛虫はうっとうしい。だが、植物食の彼らは、生態系的には下位に属し、他の生物にとって重要な資源となっているのだ。
嫌いな気持ちはよく分かるし、そこを否定するつもりはないが、安易な化学戦はかえって彼らを増やす結果になること、彼らもハビタットの住人であり、捕食者にとっては重要な餌であることを認識したうえで対応していただきたい。