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・『草地ハビタット』で生き物を管理する その4


・コオロギ・スズムシなど


 バッタを最初に紹介して、カエルの後にこれ、というのは、ちょっと順序が違うかもしれないが、ハビタットの管理の面から考えて、これを最後に持って来ることにした。

 というのも、草地ハビタットのもう一つの側面である、刈り草や抜き草の処理がからんでくるからである。

 コオロギ類は、結構な都市部でも草地はハビタットにやって来る連中で、秋風が吹くころには、都市部の植え込みなどからその声が聞かれたりする。

 エンマコオロギ、ハラオカメコオロギ、ツヅレサセコオロギ、ミツカドコオロギ、マダラスズ、シバスズなどなど、地域や標高、自然度によってもずいぶん種類は変わるが、このへんがよく見られる(聞こえる?)種類だと思う。

 河川敷近くなどだと、より自然度が高く、スズムシやマツムシがいる場合もあるだろう。

 彼らは地表性の直翅目であるから、地表に隠れ場所がないと生活しにくい。

 隠れ場所は落葉落枝や石や植木鉢みたいなものの下を好む種もいるが、だいたい刈り草や抜いた草を積んでおくとそこに潜んでいる。

 腐植質には一歩手前の枯れた植物は、彼らの餌にもなるようで、特にまだ鳴かない幼虫の頃から、積んだ草をよく利用する。

 よって、刈った草を処分してしまわず、庭の一部にこんもり積んでおくと、コオロギの種類も数も増えるという寸法だ。

 下の方の腐植質には、ハナムグリの幼虫やミミズなどの土壌動物も増える。倒木などを入れておけば、うまくするとカブトムシやクワガタの幼虫も出るかもしれない。

 こうした生物は、刈り草置き場の中だけに留まっているわけではない。彼らが移動し、土中を移動することで、ハビタット全体の土壌が耕され、有機物が広がっていく。

 ミミズや昆虫などを狙ってやって来る鳥などの捕食者もいて、エリア内の生物多様性は向上する。


 だがこの手法、問題点もなくはない。

 まず第一に、見た目が良くない。いかにも庭掃除の途中です、といった感じになるのは否めないのだ。草むらで覆われる程度ならいいが、そうなると鑑賞ポイントとしてもイマイチ。

 つまり、草地ハビタットの隅に、見た目よく刈り草を積んでおきたいわけで、これには運送用の木製パレットや簀の子が便利だ。

 木製パレットとは、フォークリフトなどで重量物や小分けの箱をまとめて運ぶ際に下に敷く台のことで、色んなサイズ、形状がある。これを四方に立ててっ壁を作り、その中に刈り草を放り込んでいくわけだ。

 見た目がそう悪くなく、適度に隙間があり、小動物が行き来できる。木製なので何年かすると菌や昆虫に食われて腐食してしまうが、そうなったらどっかで燃やしてしまうか、その辺に積んでシェルターとして使ってもいい。釘が気になるなら磁石で選別してやればいいが、まあ、その頃には錆びてボロボロになっているだろう。

 だが、木製パレットは小さな庭には少々大きすぎる場合がある。半分に切って使ってもいいが、切り方によってはバラバラになることもあるので、手間がかかる。

 そこで似たものを探すと、パレットと同じような形状で、同じく木製の簀の子というやつがホームセンターなどで入手できる。

 パレットよりも軽く、小ぶりで値段も手ごろだが、パレットより早く劣化する。

 置き場所の湿度や環境にもよるが、いいところ3~5年といったところか。


 こうして見た目の問題をクリアしても、まだ問題はある。

 それは、乾いた枯れ草は燃えやすいということだ。積んだ下の方は水分を含んで腐植質化していくが、上の方は結構長いこと枯れ草のままだ。

 コオロギにとっては悪い状態ではないのだが、万が一火でも放たれたら一瞬で燃え上がる。近所で火事でもあって、火の粉が落ちても一発だろう。いや、火事でなく焚火の火の粉でもヤバいかも知れない。

 で、これを防ぐためには、この刈草置き場には、蓋をすることを推奨したい。

 ちょっと集めの木の板などで、草の上に「落し蓋」をしておくのである。

 こうすれば火の粉程度では火がつかないし、板の下は湿度が保たれて、生物の隠れ場所にもなるわけだ。


 さて、最後にして最大の問題。

 それは、想定外の生物が殖えることである。


 そもそも、この紹介した刈草置き場は、「堆肥場」という名称で、ビオトープ造成時によく推奨されるものだ。

 ビオトープはその性質上、草木が繁茂するのが前提であるから、草地のみならず、全体の廃棄物処理のために必要なものでもあるわけだ。

 事件の舞台は、祖父の住んでいた空き家であった。

 この空き屋は結構な豪邸で、数百坪の日本庭園が屋敷を取り囲むようにある。

 樹木もざっと百本近く植わっていて、毎年、相当量の剪定枝が発生する。あちこちにササのたぐいも植わっていて、これを刈るのも大変だ。チガヤやアレチヌスビトハギ、オオジシバリなどを中心とした草も良く生え、相当量の植物体が廃棄物として発生するわけだ。

 草刈りは自分でできるとしても、剪定はプロに頼まねばならない。

 広さのこともあるが、なかなか見事な枝ぶりのマツも数多くあり、これをプロに頼むわけだから相当な金額になるし、処分費くらいはケチろうと、俺は敷地内の一角にそれらを積んでおいてもらうことにした。どうせ刈り草も発生するのだから、『堆肥場』とすればいい。

 カブトムシでも発生したらラッキーだし、そうでなくとも生物多様性は向上するだろうと思っていたわけである。

 そして、その通りカブトムシは大量に発生し、ハナムグリもカナブンもヒラタクワガタもとれるという、なかなか生物多様性に富んだ庭となったのである。

 それにしても、祖父の庭は予想外に生産力が高かった。時々、枯死した伐採樹木が追加されることもあってか、松などの針葉樹もあったせいか、カブトムシの幼虫に食われる程度ではあまり減らない。堆肥場は塀沿いに幅2メートル、長さ10メートルの範囲に、高さ2メートルくらいで積みあがることとなった。

 なかなか腐朽しないマツやコウヤマキ、ヒマラヤスギなどの葉や枝は、庭の隅で焼却して灰を畑に使ったりしていたのだが、それでも堆肥場のサイズは小さくなるどころか、次第に大きくなっていった。

 だがまあ、それでも敷地には余裕があったし、いつかは腐って消えるものと高をくくっていたのである。

 それが数年前のある秋の日、状況は一変した。

 後ろ隣りのご主人から電話がかかってきたのである。


『あのー申し訳ないんやけど……あんたんとこから、ヤスデがいっぱいやって来てのう……』


「え? ヤスデですか?」


「しばらく我慢しとったんやけど、数が増える一方で……いっぺん見て対策してくれんか」


 ヤスデとは一体どういうことか。

 そういやキシャヤスデってやつが大量発生することはあるらしいけど、そいつが出たのか。

 それにしたって何でうちが発生源だと言い切れるのか。

 まして、裏隣りのその家との間には、狭いながらもアスファルト舗装の道がある。

 それを乗り越えてヤスデが行くって、どういうことか。

 仕切りのない右隣の家に行かないのはなぜか。

 そんなことを思いつつ、祖父の空き家へ行ってみると、状況は予想のはるか斜め上を行っていた。


 たしかにヤスデがいる。

 最初は大した数ではないと思ったのだが、それは日中であったせいで、彼らのほとんどは陰に隠れていたのだ。

 発生源は間違いなく、長年放置していた堆肥場。

 従来の住処である堆肥場から、何が気に入らないのか集団で這い出したヤスデたちは、空き家の母屋の方でも、左隣のお宅でも、右隣のお宅でもなく、何故か裏隣りのお宅のみを目指して大進軍を開始していたのであった。

 裏隣りの家との間のアスファルト道路上には、死体がいくつか転がる程度だったが、その辺の石やバケツなどを持ち上げると数十匹がとぐろを巻いている。

 裏隣りの家の玄関先には、いくつかの鉢植えがあって、その下に数十匹ずつヤスデがいる。

 この調子だと、床下へもぐりこんでいる数は千や二千ではきかないだろう。

 御主人によると、風呂場や居間にも何匹も入り込んできて、気づくと這っているという。

 べつに刺したり噛んだりはしないのだが、刺激すると警戒臭を出して、これがまた独特の臭いである。勝手に人の家に入り込んできておいて警戒するなんていうのは、身勝手極まりない話だが、そんなことをヤスデに説いても仕方がない。

 とにかく、何とかしなくてはならない。主義には反するが、ここは殺虫剤を使う必要がある。ホームセンターへ走った俺は、顆粒状の散布型殺虫剤を購入した。この粒剤を裏隣りとの間の路面に一面に撒き、新たな侵入を阻んだつもりだったが、翌日にはまた電話がかかってきた。

 たしかに粒剤のかかったヤスデは死ぬが、その死体を乗り越えて進軍してきているというのだ。

 現場へ行ってみると、そこは阿鼻叫喚の地獄だった。咽返るような殺虫剤の臭いと、ヤスデの警戒臭。のたうつ死にかけのヤスデ。それを乗り越えて進む無数のヤスデ。

 これは大抵の人間が嫌がる状況だ。いや、これを嫌がらない人間て、いるのだろうか。

 そこへ裏隣りの奥さんが現れてぼそりと言った。


「……おばあちゃんの家、臭いからイヤだって言って、孫が遊びに来なくなったんですよ」


 これはまずい。かなりまずい。

 あわてて堆肥場まわりにも粒剤を蒔いたが、それでも発生は収まらない。

 発生が収まらないまま11月に入り、かなり冷え込んできたが、それでもヤスデは進軍を続ける。

 結局、大金を支払って造園屋さんを頼り、長年放置した堆肥を全く別の畑地へ移動して、ヤスデの大発生はようやく収まったのであった。

 しかし、ヤスデの発生は収まっても、裏隣りのお宅との関係は修復できず、ご主人は挨拶してくれるが、奥様は俺の顔を見ると、そそくさと逃げてしまうようになって今に至る。


 さて。今回の騒動の原因は「長期間放置した堆肥場」であったことは間違いない。

 この堆肥場は、毎年上から草木を堆積していったせいで、下の方は完全に土化し、残っていたのは、難分解性のヒバやマツ、スギといった針葉樹の枝や葉。

 カブトムシやクワガタの発生はここ数年見られなくなっていたが、またそのうち出てくるのではと放置したのがよくなかった。

 発生した種類は、在来種のヤケヤスデの仲間だと思うが、こうしたかなり土化が進んだ堆肥が好物であるようで、いつの間にか大量に発生してしまったものと思われる。

 それともう一つの原因が、周囲の自然から隔離された庭であり、土壌動物の種構成が偏っていたこともあると推測する。

 もともと臭くて固くて食う所も少ないヤスデの天敵、などというのはあまりいないのであるが、それでもムカデやカエル、ハサミムシ、アリ、クモなどが捕食することがある。

 アカシマサシガメという肉食性カメムシは、ヤスデを専食するらしいが、どの程度ヤスデを食ってくれるかは知らない。

 だが、そういった連中の多くは地上性で移動力が低い。よって、すべてが庭に住んでいるわけでもないのだ。

 堆肥が熟成し、次第にヤスデたちに好適な環境が作られていったとき、抑えてくれる天敵は少なかったのだろう。ヤスデは、一匹あたり数百個も卵を産む。前年の世代が数百個体に達したとして、それの数百倍、つまり数万匹のヤスデが捕食されることなく育ってしまったわけだ。

 こうした事例は、ネット検索するといくつか見つかる。

 ヤスデという生き物が、刺しも噛みもしない基本無害な生き物なのに、いかに嫌われているかの証左でもあるが、大量発生の原因のほとんどは、天敵がいなくて、好適な環境が一定量用意されている状況だと思われる。

 つまり、本来の自然状態と隔絶された、数年放置された大量の植物遺体である。

 積まなくても、空き地の草をただ刈って放置され続けただけでもヤスデは大量発生することがあるようだ。

 そして、ある一定の密度に達すると何かのスイッチが入って大移動を開始するわけだ。

 面白いのは、別の畑地に持って行った先で、ヤスデたちはすっかり鳴りを潜めてしまったことだ。全滅したわけではないようで、倒木をひっくり返せば何個体かはいるが、大発生というほどではない。持って行った場所は栗畑で、畑地というよりは草むらのある疎林、というような環境だったから、天敵や餌のバランスが整って落ち着いた、ということのようだ。


 ともあれ、こういう状況を未然に防がなくては、危なくて堆肥場など推奨できるものではない。

 では、どうするのか。

 簡単に言えば、堆肥場を三か所作って、毎年一か所をリセットすることをお勧めしたい。

 つまり、一か所あたり一年間刈り草を積み込み続け、あとの二年間は生き物に任せて寝かせるのである。

 一年目は、草は草のままであり、これをコオロギなどが利用する。

 二年目から腐植質化し始め、分解しかけの刈り草を、カブトムシやハナムグリが利用する。

 三年目ともなると腐植質は食いつくされ、ミミズなどが増えて土化し始める。

 この土化した堆肥を、そのままにしておかず、掘り出して樹木の根元などに撒いたり埋めたりするのである。

 土壌に漉き込むのもいい。ヤスデは乾燥に弱く、直射日光があるような環境では増えにくい。よって、開けた場所に撒いてしまえば利用のしようがないわけだ。

 もちろん、家庭菜園などに利用するのもいい。ただ、刈り草堆肥は草の種子が多く含まれる場合があるので注意。

 このポイントは、土化した腐植質の上に、シェルターとなる刈草などがないこと、ヤスデなどが増え始める前にリセットしてしまえることである。

 狭い庭に三か所も堆肥場を作れないよって方は、年に一回、堆肥場の天地返しを行い、底の方の土化した腐植質を取り出すだけでも、随分違うと思う。

 そして常に念頭に置いておきたいのは、『庭は人工的に作った生息地ビオトープであり、どこか欠けていたり過剰な面がある』ということであろう。

 自然ぽく作っても、どこか違うのだ。その違いがひずみを生み、問題を作り出すことはある。

 その時、対処できるよう常に覚悟だけはしておきたい。



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