・『草地ハビタット』で生き物を管理する その3
カエル
湿地帯無しで、どうしてカエルが呼べるのか。
本当にカエルが来るのか。
そう疑問を持たれる方も多いと思うが、カエルの成体は、水辺でなくとも生活できる種類も多いのである。
特にアマガエル、ヒキガエル、シュレーゲルアオガエルなどは陸生傾向が強く、産卵期以外は水辺に近寄らなくてもいい。この三種のうち、住宅地の草地ハビタットにやって来る可能性が最も高いのはアマガエルである。
ヒキガエルは草むらというよりは倒木や石、縁の下などのシェルターの下に、シュレーゲルアオガエルは、どちらかというと林や水辺に近い草地に多い。
これに対してアマガエルは、かなり乾燥したエリアでも、身を隠せる場所や生い茂る植物で湿度さえ維持できれば生活できる。
また、平地の農村部であれば、トノサマガエルなども湿地帯のない庭にやって来るメンバーである。里山沿いや、山間部であれば、ニホンアカガエルやヤマアカガエルだって来る。
もちろん、どのカエルも湿地帯がないよりは、あった方がいい。
大きいタライサイズの水場でもあれば、アマガエルなら産卵までいく。
しかし、たとえそんな湿地帯がなくとも、これらのカエルは、草地ハビタットを住処として、春先から秋まで過ごしてくれる。
ただ、そうはいってもポイントは湿度であることは間違いない。
カラカラに乾いた砂利や砂地ベースのハビタットでは、いかに草むらが発達していようとも、カエルはすぐに干からびてしまうので、住んでくれない。
よって、彼らが住めるように湿度の高い場所を作ってやると良い。
湿地帯でない湿度の高い場所、それは、直射日光が遮られる場所であり、外部水源や地下水位に近い場所となる。
具体的には、ただ草が密生しているだけでなく、落葉や落枝、刈り草がある程度地表を覆っている状態であったり、石や倒木が置かれていたりすることだ。
地表がこうしたもので覆われていると、蒸発が抑えられ、直射日光が遮られるため、その下はカエルにとっての避難場所となる。
また、ハビタットエリアに穴を掘って、高低差を付けるのもいい。水が溜っていなくとも、地下水位と近くなり他の場所よりは地表の湿度は上がる。また、穴の底には落葉落枝が吹き溜まってその場所に土壌生物が増え、分解された腐植質によって保水力も上がる。
穴をまたぐように倒木でも配置してやれば、ヒキガエルやアカガエルにとっては良い住処となる。
洞のあるような大木があると、その中がアマガエルの避難場所となったりもする。
さて、こうした自然物で構造体を作れたらいうことはないが、人工物でもカエルの生活に寄与することはできる。
たとえば、外の手洗い場からは、常に水分が供給される。
特に、庭仕事の多い暖かい時期はよく外で水を使うわけで、これはカエルにとっても都合がよろしい。
これの周囲をコンクリやアスファルトにせず、草地ハビタットとするだけで、アマガエルが生息できる状態になる。洗剤などが混じらなければ、排水自体を地面にたれ流したり、前述した穴を掘った場所へ導いてもいい。せっかくなら、石積みや倒木、朽木を利用して、凝った外観の「湧き水のような感じの手洗い場」を作れたらなお良い。
水分が供給されることで周囲の草が元気になり、アマガエルのみならず様々な生物が住みつくようにもなるだろう。
エアコンの室外機を利用する手もある。
室外機からポタポタ垂れる水。湿地帯が許される状況なら、これをタライやプラ舟に受け、そこに湿地帯ビオトープを形成できるが、それが無理なら樋などで草地ハビタットに導いてやるといい。
晴天続きの乾燥期でも、湿っている場所が提供できればトノサマガエルやアカガエルといった、比較的水生傾向の強いカエルでも住み着いてくれる可能性が高くなる。
都合のいいことに、室外機からの水は暑い夏ほどコンスタントに出るわけで、なおさらカエルたちにとってはいいわけだ。
さて。こうして「カエルにとっていい場所」を作っても、カエルそのものが来てくれなければどうしようもない。
もちろん、周囲に水田や里山、里地があれば、居場所を作るだけでカエルがやってくる可能性は高いが、そういうビオトープ整備ができる状況ばかりではない。
特に、『湿地帯無しビオトープ』は、湿地帯を作ることさえ禁じられた場所に、在来生態系を取り戻そうとする、いわば生態系抵抗軍である。
都市部の住宅地や、商店街、オフィス街といった、まずカエルが居そうもない場所こそが、その暗躍の舞台としてふさわしい。
だからといって、カエルを捕獲して連れてくるのはNGだ。
産卵場所である湿地帯もない場所に連れてくることがすでに論外だが、それ以上に、本来移動能力の低いカエルたちを人間が移動させることで、遺伝的にも種類的にもいるべきでない場所へカエルを連れてきてしまうことになりかねないからだ。
例えば宮古島在来のミヤコヒキガエルは、北大東島、南大東島では国内外来種となって問題視されているし、東日本在来のアズマヒキガエルは、北海道で駆除対象になっている。
これらは、おそらくだが悪意で移植されたものではなかろう。
あくまで善意。「カエルが可哀想」「害虫を食べてくれないか」「カエルを見たことのない子供たちに見せてやりたい」最初の思い付きはそんなところだろうが、結果は多くの在来種が圧迫され、数を減らし、増えすぎたカエルは気持ち悪がられ、甚大なコストを支払って駆除作業がされることになるっているわけだ。
これらは極端な例ではあるが、海を渡らなければ良いというものではないし、同種が近傍にいれば良いという問題でもない。
カエルはおしなべて移動力が低い。ゆえに、いかに近傍、隣接地であっても、遺伝的に隔離されている可能性、つまりお互いに交流がなく、このまま隔離されていれば、悠久の時を経て別種になっていく可能性すらあるのだ。
もうひとつ。カエルには「カエルツボカビ病」という致死率の高い病気があって、これはカエル同士のふれあいだけでなく、水や器具を通しても感染する。
人間が移動することによって、移動先だけでなく採集先にもツボカビ病を蔓延させる可能性があるわけだ。
よって、いかな近傍でもカエルを捕獲してきてハビタットに放つのはNG。
では、どうするのか?
その説明の前に、もう一つ問題。
やっとカエルが住み着いてくれたとして、何も問題がないかといえば、そうでもない。
最近ではアマガエルの声さえも、苦情の対象とする連中がいるのである。
アマガエルは繁殖期が長く、春先から初夏にかけてよく鳴く。特に雨の時期、空中湿度が上昇すると昼夜関係なしに鳴く。
べつに飼育しているわけでもなし、野生生物が勝手に来て勝手に鳴いているだけなのだが、狙って誘致した手前、全く知らん顔もできない。
ご近所に目をつけられたら、カエルどころか敷地全体を埋め立てて、アスファルトにしてしまわないと許してもらえない可能性もある。
この上記二つの問題を、同時に解決する手段。
それは、ご近所も協力者にしてしまうことである。
さすがに大都市の真ん中では、難しいが、郊外の住宅地などならば、歩いて行ける距離にアマガエルのいる場所がある可能性は高い。
数百メートルから数キロ程度なら、そこから転々と緑地を配すれば、それを伝ってアマガエルは来る……可能性がある。
例えば、プランターに草花を植えてプレゼントしたり、街路樹の植え込みなどに除草剤を撒かないようお願いしたり、ご近所づきあいを積極的にやるわけだ。
その流れで、カエルの良さや小さな虫を食ってくれるなど、人間に都合の良いイメージを植え付ける。「アマガエルが来てくれたら楽しいですよね」なんつって、アイドルのように扱っておくと、いざ住み着いた時に苦情を言われる可能性は低くなるだろう。
例えば俺の経験だが、「除草剤を撒かないようにお願い」しても、言うこと聞かない老人ばかりで、しかも撒く奴が複数いて無駄だったので、「撒けないように」した。
方法は、あまり気は進まなかったが「マツバギク」を街路樹の植え込みに植えて回ったのである。
「マツバギク」は園芸種で外来種だが、やたらに殖えることがない。
種子でも増えるが、綿毛で遠くにばらまいたりはしないので、安心できる。
草むらや森林で野生化することはまず無いにもかかわらず、タフで乾燥にも湿潤にも強く、挿し木でいくらでも殖える。
特殊な形状の葉をしていて、しかも、目立つ花を咲かせるので存在感があり「誰かが植えた」というのがすぐにわかる。
よって、これを街路樹の根元に挿し木して回ったわけだ。
普段の言説に反して「外来の園芸種」を「管理できない野外に」放逐したわけで、その誹りは甘んじて受けるしかないが、これによって除草剤が撒かれなくなった場所がいくつもある。
明らかに誰かが植えた植物があるからと、さすがに除草剤を手加減したのであろう。
手加減、というのは、それでもマツバギクが覆っていない場所へ、少しでもこまめに除草剤を撒いたり、あるいはそんなの関係なくマツバギクそのものに除草剤をぶっかけて枯らしたりする奴も何人かいたからで、完全成功とは言い難かった。
とはいえ、不毛地帯だった街路樹の根元が、多少は生物の住める状態になったことは間違いなく、それを伝って移動できた生物も、多少なりともいると思う。
また、開削の水路つまり、排水路や用水路が敷地まわりを流れていれば、これも「コリドー」として利用できる。たとえどえらく汚くても、上流は水田につながっていたりするわけで、そこをカエルが流されてくることがあるのだ。
そこで、草地から「這うタイプの草」を水路に向けて生やす。
カキドオシ、キヅタ、ナワシロイチゴなどなど。要は、上に登らないタイプのつる植物だと思えばいい。プランターからサツマイモやカボチャを垂らしてもいい。
壁そのものを緑で覆いつくせれば言うことはないが、そうでなくとも数本垂れ下がっている状態でも十分だ。
1メートル以上の垂直なコンクリの壁を、トノサマガエルのように吸盤を持たないカエルでも、カキドオシの細いつるを伝って這い上れることは確認している。
もちろん、這い上って来るのは彼らだけではない。地上性の昆虫やオカトビムシなどの土壌動物なども、増水で流された際につるを命綱のようにして這い上がって来るので、一気に草地の生物多様性はアップする。
これが『コリドーをつなぐ』ことの一例であり、ビオトープ管理の基本技のひとつである。