第68話 婚約破棄からの選ぶべき正解
「理性を失う前のローズマリー様に事実を正しく伝え、その上で時間を戻し、聖域にお住み頂き、生涯を終えて頂く。
これがこの銀河の滅亡を防ぐただ一つの方法なのです」
全知全能のウィルはわたしに終末の魔女にならないために、宇宙環境の要塞と言われる惑星にひとりで住めと言ってきた。
「わたしは本当にその、終末の魔女なの?」
「まだ信じて頂けませんか?
ローズマリー様はこれまでも特異点の力を行使しています」
「これまでも?」
「例えばあなたが連れているオートパイロットの事です」
メルテ? メルテと特異点の力に何の関係が?
「オートパイロットは本来、銀河帝国に逆らう事はできない様にプログラムされています。
あなたが無意識にプログラムを書き換えたのです」
「そんな事してないわ。
わたしはプログラムの事なんて分からない」
わたしにはメルテのような演算はできない。
「プログラムが書き換わっているならそれはメルテによるものだわ。
そうでしょ、メルテ?」
わたしはそう言ってメルテの方を見た。
「わたしではありません」
メルテはびっくりしたみたいに目を見開いていた。
「しかし、なぜわたしが銀河帝国に不利益な行動ができるのかについては、ずっと不思議に思っていました。
……ウィルの説明には、一定の合理性と蓋然性があると言えます」
メルテまで何を言っているの?
困惑するわたしにウィルはさらに続けた。
「そして、もう一つ。
あなたが勇者の剣を操っている事も、特異点の力によるものに他なりません」
ユウちゃん?
「魔力を持たないあなたがどうやって勇者の剣を操っているのかを、考えた事はありますか?」
ユウちゃんはひっついて来ただけで、わたしは操ってなんかいない。
「ユウちゃんとは気持ちが伝わってるの。
わたしが動かしているんじゃないわ」
「先ほどと同じく無意識の話です。
あなたが勇者の剣を行使できる理由は特異点の力以外あり得ません」
「やっぱりあなたの話はデタラメだわ」
何でもかんでも特異点の力にしないで欲しい。
ユウちゃんには意思がある。
わたし達は友達のような関係なのだ。
「ね、ユウちゃん」
わたしがそう言って横を見た瞬間、直立して浮遊していたユウちゃんが音を立てて床に転がった。
「え……?」
「あなたが正しい認識を得たからです」
「嘘……! 違うわ、そんな事……」
わたしとユウちゃんは思いが繋がっているのだ。わたしが無意識で動かしていたなんて、そんな事あり得ない。
「動かす事は可能です。
特異点の力を意識して下さい」
わたしは手のひらを恐る恐るユウちゃんに向けた。
その力を使っている時の気持ちでユウちゃんを見つめた。
震えるように勇者の剣が動く。
そして、持ち上げようとする事でゆっくりと起き上がり…………、
「いや!」
わたしが顔を背けると剣は再び音を立てて転がる。
「嘘よ。こんな……」
勇者の剣はわたしの無意識によって操作されていた。
わたしは終末の魔女とか言う、銀河に滅亡の運命をもたらす存在だった。
「ああ………」
わたしはようやく理解した。
今までわたしは、誰かに必要とされる事を、誰かに愛される事を望んできた。
本当の家族になりたかったから、マリーゴールド公爵の命令に従った。
王子に愛される事を願い花嫁修業をした。
政治に関わり、疫病や魔王への対策に取り組んだのも国民に必要とされたかったから、愛されたかったからだ。
マリーマリー連邦共和国の大統領になった時、仕方がないと言いながら内心満ち足りていた。
誰かに必要とされている事が嬉しかった。
「ああ、そうだったんだ……。
そうだったんだ……」
しかし、それは不正解だった。
愛されたい。必要とされたい。
その前提が間違っていた。
だからどう頑張ってもうまくいかなかった。
わたしはようやく正解を知った。
わたしの選ぶべき正解。
それは、誰にも関わりを持たず、静かに一生を終える事だった。
わたしがようやくその事を理解した、その時だった。
「か、勝手な事を言うな!」
シャラーナの怒鳴り声が聞こえてきた。
「マリー様は素晴らしい人なんだ!
これからもすごい事を成し遂げていく人なんだ!
一生ひとりで過ごせだって?
ふざけるな!
そんな話があるか!」
見てみると祭壇に近づこうとして、帝国兵に取り抑えられている。
天才魔術師らしくない荒れ様だ。
そのように言ってくれる人が一人でもいるのはとても嬉しい。
でも、
「シャラーナ、もういいの」
「マリー様?」
わたしはもうウィルに従うと決めたのだ。
なぜなら、
「時間を戻せば惑星グランドも元に戻るわ」
ウィルは婚約破棄の瞬間に戻す、と言っていた。
つまり、隕石兵器の落着をなかった事にできるということだ。
母星の崩壊を防げるとい言う事だ。
その事実はわたしの心に楔を打ち込んでいた。
「わたしは自分のために故郷が滅ぼされるなんて耐えられないの」
「ま、待って下さい!
何か他に方法が。
聖域なんかに行かなくていい方法が、何か、何か……………」
それ以上言葉が続かない。
全知全能のウィルにすら考えつかない方法など、ある訳がない。
「今までありがとう……。
ごめんね」
これまでわたしのわがままでさんざん彼を振り回してきてしまった。
「マリー、わたしはどうすれば……」
「メルテも本当にありがとう」
メルテも困惑していた。
わたしは勝手に彼女のプログラムを書き換えてしまっていたらしい。
しかしそれも、出会う前に戻るのなら心配はいらないだろう。
「二人に会えてよかった」
二人を抱き寄せてそう言うと、精一杯の笑顔で別れを告げる。
「じゃあね」
祭壇に向うわたし。
「ダメだ!
マリー様! こんなのダメだ!」
シャラーナの声はまだ聞こえていたが、わたしは祭壇の中央に立っていた。
「それでは始めましょう」
運命シークエンスは発動した。
苦痛を伴わない時間遡行は、何ともゆったりとしたものだった。
何が失敗だったのか反省する必要も、何が正解だったのか考える必要もない。
視界が揺らいで気が遠くなっていくが、手持ち無沙汰のような気すらしてしまう。
ほんの一瞬、まだ他に何か方法があるのでは、と頭によぎった。
でももう疲れた。
9回も繰り返した結果がこれなのだ。
さらに状況を悪化させる訳にはいかない。
もう何も考えたくない。考えるのはやめよう。
視界が黒く閉じていく。
その感覚にわたしは静かに意識を委ねた。




