第61話 婚約破棄からの惑星グランドの危機
どれほど手のつけようがない大問題でも、最初はほんの些細な問題だ。
そして、ほんの些細な問題は後回しにされるものだ。
しかし、その結果として、問題は手がつけられない状態になってしまう。
取り返しのつかない事になってしまう。
そして、その時になって、なぜそれを真っ先に解決しなかったのかと後悔するのだ。
わたしにかけられた呪い。
死と婚約破棄の輪廻、運命シークエンス。
それがなぜ、わたしにかけられたのか、追求する選択肢はあった。
しかし、今はその時ではないと思った。
せっかく停戦合意した銀河帝国と事を荒げるべきではないと思った。
また、マリーマリー連邦共和国の大統領としての業務も忙しかった。
しかし、もし全てを知っていたのなら。
全てを知ったうえで行動する事ができたとしたなら。
わたしは些細な問題を、最優先に、徹底的に、追求していただろう。
その物体も、初めて確認した時は、とても小さな点でしかなく、目にゴミでも入ったのかと思ったくらいだった。
空に浮かぶそれは、最初は地平線すれすれだった。
しかし、少しずつ上に移動し、大きくなっていた。
それはやがて、誰の目にも見える大きさになった。
それに伴い、すこしずつディテールもはっきりしてきた。
それは、機械でできた球体だった。
「マリー様!」
シャラーナが慌ただしく執務室に駆け込んで来る。
もちろん球体の話と思っていたが、そうではなかった。
「魔界から通信が入っています」
魔界から?
魔界に通信機器を使う人があっただろうか。
「カルワリオ神殿からです」
「あ、そういう事」
カルワリオ神殿は魔界にある施設の名前だ。
魔界の帝王カルワリオを祀った神殿で、魔神官ダイザーの居城でもあった。
「ローズマリー=マリーゴールド、わたしだ。ゴーディクだ」
そして、ダイザーは銀河帝国中将、ゴーディクの仮の名前た。
「あなただったのね。知らないアドレスだったから分からなかったわ」
「帝国の艦船から直接通信するわけにはいかなかった。
今すぐ惑星グランドを脱出しろ。
その惑星は危険だ」
いきなりそんな事を言われても困る。
しかし、残念ながら心当たりはあるのだった。
「それって今、空に見えている物体と何か関係ある?」
「もう見えているのか、そうか」
ゴーディクのため息が聞こえる。
「よく聞け。あれは隕石兵器。
機械惑星を、跳躍させ、敵の惑星の引力圏に出現させ、落下させるためのものだ」
惑星が落ちて来る……?
「跳躍後、動力が安定したら惑星はさらに巨大化し、そのまま落下する」
えっ………。
デスクワークで鈍っていた頭が、急に冴えてきた。
そんな事したら、この惑星はどうなっちゃうの?
「演算しました。
落下の衝撃で地表は壊滅的なダメージを受けます」
瞳の幾何学模様をさかんに回転させていたメルテが断定する。
「落下の衝撃もさることながら、巻き上げられた土砂は天候にまで影響を与えます。
太陽の光が遮られ、異常気象に見舞われる事でしょう。
多数の生命が死滅します」
なんて事!
でも何で? 銀河帝国とは停戦合意が成立したのに。
「この攻撃にはまったく合理性が見当たりません。
これを行う事で、惑星は人が住む事ができなくなります。
当然、支配する事もできません。
帝国主義政策と矛盾をしています」
それに何より停戦合意を破れば、銀河連邦との関係は悪化するはずだ。
なぜこんな事を?
「急に決定された作戦だ。
わたしは反対したが、『神託は絶対』と言われ、押し切られた」
神託って何?
神様のお告げでこんな事をしてるって言ってるの?
「工廠惑星で巨大兵器を作っている話は聞いていたが、戦艦の類だと思っていた。
まさかこんなものを建造していたなど……」
工廠惑星。
一度だけ近くを通った事がある。
工業生産力に特化した惑星らしい。
あの時、一瞬見えた巨大な物体が、まさかこれだったのでは?
「何か、何か方法はないの?!」
「あります。
戦闘艇や高速艇での脱出は可能です」
そう言う事じゃないんだよね。
「あの隕石を止める方法!」
「ありません」
淡々と告げるマルテ。
「あの質量の物体が惑星グランドの引力に引かれるのです。
隕石が跳躍してきた時点で、阻止する方法は物理的に存在しません」
物理的に方法は存在しない。
それがメルテの演算の結果。
しかしその時、わたしの心をある考えがよぎった。
「じゃあ、わたしとユウちゃんで止められないかな」
魔力を持たないはずのわたしが、ユウちゃんを操る力。
メルテも演算不能と言っていた力。
それにはまだ未知の可能性があるんじゃないだろうか。
宇宙空間でもユウちゃんは問題なく動く事ができた。力を集中させればあれを押し返す事はできないだろうか?
「わたしとユウちゃんで隕石を押し返すの」
「あれほどの質量の物体が引力に引かれて落ちてくるエネルギーは膨大です。
剣で弾き返すなど……」
「お願いできる? ユウちゃん」
メルテの言葉を遮り、傍らのユウちゃんに話しかける。
ユウちゃんはわたしの呼びかけにうなずき、浮遊する。
「無茶です。できる訳がありません」
「やってみないとわからないわ」
「マリーまで危険です。撤退しましょう」
わたしの腕をつかむメルテは真顔だった。
しかし、わたしは空中のユウちゃんに両手を向けて、意識を集中する。
「マリー!」
それは大人しいメルテらしからぬ大声だった。
「命を大事にしろと言ったのはマリーです。
これ以上ここに留まればわたしもあなたも危険です」
それは確かにそう。メルテの指摘は正しい。
それは分かってる。
「ごめんね、メルテ」
わたしは伸ばした両手をそのままに言った。
「わたしの故郷なの。
絶対に守らなければいけないの」
「ユウちゃんで隕石兵器に対抗する事は不可能です」
「ユウちゃんで打ち返そうって意味ではないの」
「ならばどういう意味なのです?」
メルテは瞳の幾何学模様を回転させているが、答えは出ないようだ。
わたしは宇宙空間でユウちゃんを操った。
という事は、かなりの距離、わたしの能力の範囲は及ぶはずなのだ。
「ユウちゃんには隕石の向こう側に行ってもらうの」
そう言うとわたしは座席から立ち上がった。
両手は前方にかざしたまま。
その態勢でメルテに話しかける。
「わたしを、隕石を迎え打つ地点まで連れて行ってちょうだい」
「ユウちゃんとマリーの間に働いている何らかの力に期待しようという事ですね」
うなずくわたし。
おおよそ自信にあふれた表情などではなかったろう。
冷や汗が止まらない。
「絶対に生きて帰り、ハイタッチをします。
いいですね」
メルテも成功率などを報告してはこなかった。
「……分かったわ」
わたしもそのつもり。
やるしかない。
惑星グランドを守り、生きて帰る。
やっとつかんだ幸せを手放してなるものか。




