第6話 婚約破棄からの門出の儀式
「なんだ、ローズマリー!
意義を申し立てようと婚約破棄は覆らんぞ!」
わたしは玉座の間に戻って来た。
騎士団を引き連れて来たわたしに、ゼイゴス王子は不機嫌そうだった。
「いえ、そうじゃないんですけど」
「ならば何だ?!」
「勇者を……、その、見つけました……、みたいな?」
恐る恐る告げるわたし。
「何だと? お前がか?
それはでかしたが、随分急な話だな。
それでどこにいるのだ、勇者は?」
キョロキョロする王子に対し、わたしは恐る恐る自分を指差した。
「わたし、なんですけど……」
「は?」
きょとんとする王子。
「そなたは余を馬鹿にしてるのか?
武術の心得もないお前が勇者などと、そんな話があるか!」
わたしもそう思う。
「でも本当にわたしが勇者の剣を抜いたんです」
抜けちゃったと言った方が正しいけど。
わたしが指を鳴らすと、勇者の剣が扉を押し開けて、玉座の間に飛び込んで来た。
剣はわたしの周りを円を描くように回っている。
岩から引き抜いてからは、わたしの身体から離れ、宙に浮いた状態でわたしの後をついて来るようになった。
「これが動かぬ証拠ですわ」
めっちゃ動いてるけど。
「それが勇者の剣だと言うのか」
しげしげと宙に浮く長剣を見つめる王子。
他の人達もひとりでに動く剣に釘付けだ。
王子は難しい顔でわたしとユウちゃんをにらみつけるが、彼にはやってもらわねばならない事がある。
「ひいては王家に保管されている勇者の衣をお授け下さい」
王国を建てたのはかつての勇者。
王国には代々勇者が身に付けていたと言われる勇者の衣が安置されている。
「ゼイゴス王子!
今すぐ『門出の儀式』を行わなければっ!」
マーク騎士団長が宣言する。
勇者の衣も城内に安置されている。
新たな勇者が誕生したら、勇者の衣を与える儀式を行うならわしがある。
わたしはかつて使っていた衣装部屋で勇者の衣に着替える事になった。
勇者の衣はドレスより断然動きやすい。
男性向けのサイズかと思っていたが、ちょうどいい感じにフィットした。
これも神のご加護なのだろうか。
改めて玉座の間の扉を開けると騎士団、魔導師団、重臣達が勢揃いしていた。
わたしは胸を張り、堂々と玉座に座る王子の前へ。
ちなみに勇者の剣には鞘に入ってもらった。
そこまで進み、恭しく王子に跪く。
「必ずや魔王を討ち果たし、ここへ戻って来るのだぞ」
王子がわたしに呼びかける。
「二度と我が前に姿をみせるな!」と言われた事もあるけど。
そして、わたしは顔を上げ、片膝を突いて、胸に手を当て答える。
「おお、我が主君よ。永遠の忠誠を誓います」
永遠に顔を会わせたくないけど。
白々しいやり取りだったけど、「門出の儀式」はつつがなく完了した。
「さあ、皆様方、我らがローズマリー様の門出を盛大に祝いましょうぞ!」
「え? ちょっ! 何……!?」
儀式が終わると玉座の間に大量の料理の乗ったテーブルが運び込まれた。
「これは何の騒ぎだっ!」
勇者の門出を祝う宴会が始まった。
「嬉しいですわ、ローズマリー様!」
マナー講師のシボーンもわたしの隣りに座ってはしゃいでいる。
「レッスンした甲斐がありましたわ!」
顔を真っ赤にして満面の笑みのシボーン。
魔王討伐にマナーレッスンがどう役に立つのか分からないけど、とにかく上機嫌だ。
てか、お酒に弱かったのね。
「マリー様なら必ずや成し遂げるとワシは確信しておりますぞ」
マーク騎士団長からも謎のお墨付きをもらう。
その後も兵士や大臣や侍女達から祝福されたり、激励されたりしながら宴会は続いた。
「ふう……」
話しかけて来る人がいなくなったタイミングを見計らって、テラスに出るわたし。
「大人気ですね、マリー様」
そこにはシャラーナがいた。
お酒は飲んでなかったみたい。
「こんな事してる場合じゃないんだけどね」
「みんな優しくて聡明なマリー様が大好きなんですよ。
そのマリー様が勇者となって旅立つのなら、みんなちゃんと送り出したいんです」
だけどわたしにはこの時点でも勇者になった実感はなかった。
魔王を倒すために旅をする事に、現実感が沸いていなかった。
だってわたしはこれから数時間後には胸を貫かれて死ぬ。
そういう呪いが掛けられている。
だからわたしが勇者として旅をする事なんてできない。
これは何かの間違い。
わたし以外の勇者はちゃんといるはず。
次は勇者の剣に触らないように気を付けながら、真の勇者を探し出し、魔王をやっつけてもらおう。
「わたしは明日に備えて休みますね」
1日いろいろあって疲れてきた。
ウトウトしてきたので、横になる事にした。
婚約破棄令嬢が高級宿屋を案内されたのは勇者だからだろう。
ふかふかのベッドは、わたしを瞬く間に夢の世界へ。
0時になったら鋭い痛みで起こされる運命だが、眠気に抗う事はできなかった。
せめて束の間の安らぎを……。
☆☆☆
よく晴れたすがすがしい朝。
ふかふかのベッドが心地よい。
ん、朝?
思わず自分のみぞおちを触る。
傷はない。痛くもない。
跳ね起きてベッドシーツを見る。
汚れ一つない上質のシーツ。
実はまだ夜だとか?
カーテンを勢いよくめくる。
まぶしさに目が眩む。
やっぱり朝で間違いない。
うーん、状況が把握できない。
そうだ!
これまでの事は全て夢だったのでは?
勇者になんてなってない。
呪いで夜中の0時に殺されたりなんてしない。
婚約破棄もされてない。
なんだ、夢だったか。
長い悪夢を見たものだ。
一時はどうなるかと思っ……、
ベッドの影から豪華な意匠の施された両刃の長剣がピョンと姿を現す。
それは勇者の剣だ。
ひとりでに動き、わたしの後をついて来る。
部屋を見回すとハンガーには勇者の衣が。
「おお……」
わたしは頭を抱えた。
やっぱり夢じゃない。
わたしは勇者になっていた。
しかし、午前0時に殺されずに明日を迎え、次の日になった。
この二つの事実が示す事は、
「呪いが解けた?」
勇者になった事で明日に進む事ができたわたし。
神様のご加護で呪いが解けたのかも。
実際のところは分からないけど、とにかくこうなったら、前に進んでみるしかない。
こうしてわたしは勇者として魔王を倒す旅に出る事になったのだった。