第55話 婚約破棄からの停戦合意
「ただちに軍事行動を中止しなさい。
銀河連邦の加盟国への侵略行動は条約違反です」
わたしは銀河帝国艦隊に通信を行った。
「旗艦ユグドラシルと通信を繋げました」
モニターに銀河連邦旗艦のブリッジが映し出された。
メルテの瞳の幾何学模様が回転し続けている。
「惑星グランドには銀河連邦に加盟できる国家はない。
他星との接触を持たない、文明レベルも低い惑星が連邦に加盟できる訳がない」
ブリッジの中心に座っているのは見覚えのある初老の男。
少将に昇進したゴーディクだ。
「貴様に命令する権限などない」
冷たく言い放つゴーディクだが、手続きは全て済んでいる。
「本日付けで惑星グランドに建国された国家が、銀河連邦への加盟を承認されています。
確認しなさい」
「本日付けだと?!」
ゴーディクは、データベースを確認している。
議事録を見れば、数時間前に一つの国家が建国され、銀河連邦への加盟を承認されている事が確認できるだろう。
「馬鹿な?! 一体何と言う国だ?!」
ゴーディクが国名を確認するのと、高高度プラットフォームからの宣言は同時だった。
「わたしはマリーマリー連邦共和国初代大統領、ローズマリー=マリーゴールドです!」
「マ、マ、マリーマリー連邦共和国……だと?!」
ゴーディクは間違いなく、マリーマリー連邦共和国の銀河連邦への加盟を確認した。
☆☆☆
「さあ、こちらにお掛けになって」
わたしはにこやかに着席を促した。
着席したのは銀河帝国少将、ゴーディク。
ここは高高度プラットフォーム内の貴賓室。
停戦合意の確認のために招いたのだ。
ゴーディクは露骨に嫌な顔をする訳にもいかず、無表情を装おうとして、何とも言えない表情になっている。
高速艇に忍び込んで捕獲されそうになって以来だ。
あいつの心中も複雑だろう。
「こことここにお名前、よく読んでからサインしてね」
「分かっている」
憮然としたゴーディク。
ゴーディクとしては、文明人とすら思っていないわたしに指図されるのは面白くないだろう。
しかし、わたしは大統領として初の外交行事に強い意気込みで望んでいる。
文書だって穴の空くほど熟読していた。
気後れするところは全くない。
緊張の面持ちでサインを終えたゴーディク。
「銀河連邦に加盟するとはうまくやったな」
文書を受け取るわたし。
間違いなくサインされている。
「ごめんあそばせ。
わたしもこの星を守りたいの。恨まないでちょうだいね」
「本国からは、建国を承認して、お前の要求も全て飲むように命令されている。
わたしが文句を言う筋合いはない」
あくまで私情は挟まないのは、彼らしいと言える。
「それに、時間を戻ってやり直すお前の相手をさせられるのは、身がもたんと思っていた」
苦笑するゴーディク。
難敵だったゴーディクだが、彼にとってもわたしの相手はしんどかったらしい。
「敵ではないなら仲良くしましょう」
わたしは手を前に出し、握手しようとしたのだが、彼は不思議そうな顔をしていた。
「わたしが憎くはないか?」
確かに彼は魔界からの宿敵だ。
何度も煮え湯を飲まされたし、殺したいと思った事もある。
「うーん……」
しかし、改めて考えても、もう彼を憎む気持ちはない。
彼も結局は命令に従っていただけだし。
「今は個人的なわだかまりなんかに構ってられないかな。
どっちかって言うと宇宙との貿易の事が気になってるの。
特効薬以外の貿易品が何かないかな、とかね。
宇宙の事ももっと知りたいし」
「そうか」
そう言うとゴーディクはわたしの手を握った。
「マリーマリー連邦共和国の繁栄を願っている」
「あなたも家族に会いに行ってあげてね」
こうして、停戦合意は締結した。




