第52話 婚約破棄からの出生の秘密
「わたしとマリーゴールド公爵夫妻の間に血縁関係はないの」
わたしのぼそっと言った一言に目を見開くシャラーナ。
「ど、どういう意味です?」
「言葉通りよ」
マリーゴールド公爵の支援は受けられない。
わたしはそれは分かっていた。
しかし、シャラーナにはその理由をちゃんと説明するべきだろう。
「マリーゴールド公爵夫妻は子宝に恵まれなかった。
それでも王家に姫を嫁がせる野心を抑えられなかった。
それで、髪と瞳の色が同じ娘を見つけ、娘として育てる事を思い付いた。
夫妻は身寄りのない子供達の中から、条件に合う一人の女の子を見つけた。
それがわたし」
生まれた時の事なんて覚えていない。
しかし、わたしは物心ついた時から孤独だった。
王都の貧民街で生まれ育ったが、食べ物にありつけるのは数日に1回くらい。
いつも生きることに必死だった。
そのままそこにいれば、いつまで生きられたか分からない。
生き延びるために、悪い事をしたかも知れなかったし、身体を売ったかも知れなかった。
しかし、わたしは外見上の単なる偶然から、4歳の時に公爵の娘として育てられる事になった。
領民達は突然現れた公爵の娘を、私生児ではないかと噂をしたが、貧民街の捨て子などとは思わなかった。
「公爵の計画を聞かされ、わたしの生きる道はこれしかないと思った。
マナーも読み書きも必死に勉強した。
公爵の計画のために、王妃になるために。
結局は失敗に終わったけどね」
「そんな秘密を簡単に話してしまっていいんですか?」
「今さらでしょ」
勘当されたのに、秘密を守る筋合いなんてない。
「それにしても、門をくぐるな、なんて。
冷た過ぎやしませんか」
「分かってた事だわ」
役目を果たせなかったわたしに用などないのだろう。
ダイカント=マリゴールドはそういう人物だ。
「ふうっ……」
でも助けが得られたら有り難かったので、残念ではある。
「他の方法を探しましょう」
ファーワールド達に相談したい。
まずは連絡を取らなければ。
「メルテと落ち合いましょう」
わたしはメルテの戦闘艇の通信機で、ファーワールドに状況を報告した。
「そうか。故郷の助けは得られなかったか」
「いい知らせができなくて、ごめんなさいね」
しょんぼりとするわたしだが、
「いや。その事だが、実はジャーゼラ議員から提案があったんだ」
提案?
「ティアラ病の特効薬は需要があるので、急いで安定供給を目指したいらしい。
高高度プラットフォー厶を1基手配するので、特効薬の全銀河への供給の態勢を整えて欲しいそうだ」
高高度プラットフォー厶とは確か、軌道エレベーターの宇宙側の拠点の事だったはず。
これがもしかして、相手が貿易の用意をしてくれるって状態だろうか。
確かにあの厄介なティアラ病が銀河中に蔓延していると言うなら、特効薬の供給は急がなければならないだろう。
「つまり軌道エレベーターを建ててくれるって事?」
「ああ。惑星グランドへの運搬は銀河連邦からスタッフを派遣する」
そこまで手はずを整えてくれるなんて。
だが、こちらはあいにく何の用意もできない。
全銀河への供給など夢のまた夢だ。
わたしが途方に暮れていると、急にメルテが空を見上げた。
その瞳の幾何学模様が回転している。
「宇宙船の跳躍反応です」
そしてその直後に、ファーワールドから通信が。
「どうやらジャーゼラ議員が到着したようだ。
メルテ、マリーマリーと一緒に宇宙へ上がってもらえるかい?」
速い!
跳躍なんてものがある銀河のペースにはびっくりだ。
「了解しました、マリー、行きましょう」
「分かったわ。
シャラーナも行くわよ」
わたしは当然の事としてシャラーナに声を掛けたのだが、
「この戦闘艇は二人乗りです。
シャラーナは乗れません」
急にメルテが乗船拒否してきた。
「そういう訳にはいかないわ。
魔法薬を作ったのは彼なんだから」
「では座席裏スペースへ。
シートベルトがないので、安全は自己責任でお願いします」
何だかメルテのシャラーナへの当たりがキツい。
武器庫としても使えるらしい座席裏スペースは、人一人が収まるには問題ない。
でも、シートもシートベルトもないので快適とは言い難い。
わたしとしては大変心苦しい。
「ごめんなさいね、シャラーナ」
「僕は大丈夫です。行きましょう」
こうしてわたし達三人は宇宙へ向かう事になった。




