第5話 婚約破棄からの勇者誕生
剣の岩場は騎士団が警備していた。
盗難や魔王の手下が破壊する可能性を警戒しての事だった。
剣を抜こうとする腕自慢も、彼らに断りを入れてから剣に近付く。
わたしが来た時も、逞しい男達が何人も剣を抜こうとしていたが、抜く事はできなかった。
筋力で抜くものではないと言う。
資格のある者が握る事で、剣は一切の抵抗もなく抜けると言う。
「あっ、ローズマリー様!」
騎士団の一人がわたしの姿を見かけると駆け寄ってきた。
それはマーク騎士団長だった。
「ようこそおいで下さいました。
ローズマリー様」
続々と騎士達がわたしの元へ。
「マリー様っ!」
「マリー様だ!」
「ようこそ、マリー様」
わたしの周りに人だかりができた。
「すごい人気ですね、マリー様」
魔王が現れるより前、ゼイゴス王子が経費削減のため、騎士団の規模を半分にしようと言った事がある。
それをわたしが諌めて以来、騎士団はわたしに恩義を感じているらしかった。
もっともあれは、魔王出現の直前で、魔物がすでに増え始めていた時期の話。
あの王子でなければ、経費削減なんて言い出さなかったろうけど。
勇者の剣の前に案内されたわたし。
一本の両刃の剣が岩に刺さっている。
「勇者はまだ現れないようですね」
「わしもそれが気がかりで、毎日ここに顔を出しております」
勇者の資格のある者にのみ抜けるという剣。
それが抜かれていないという事は、魔王が勇者に倒されるのは当分先という事だ。
「ええ、わたし達も待ちわびているのです。
魔王の奴、侵略した街や村に幹部の魔族を配置し始めています」
この前魔王が現れたと思ったら、もうそんな事に。
「国中を捜索してでも勇者を見つけなければ。
すぐに捜索隊を編成するのです。
あっ……」
しまった。
わたしはもはや次期王妃ではない。
わたしが騎士団に命令していい筋合いなどないのだ。
「ああ、ごめんなさい」
がっくりと肩を落としてうなだれるわたし。
1日で勇者を見つけるのも困難だろうが、それ以前にそもそもわたしには、何の権限もなかったのだった。
魔王の呪いを解く方法が見つからなければ、また今夜も胸を貫かれて死ぬと言うのに。
「わたしはなんて無力なの……?」
何だか身体から力が抜けて行く。
崩れ落ちた先には、剣の岩場が。
岩に刺さった剣のてっぺんの柄頭を握る。
掴まるにはちょうどよかった。
わたしは無事に持ちこたえる事ができた。
「ごめん遊ばせ」
剣から手を離して立ち上がろうとするわたし。
しかし、わたしの手の動きに合わせて剣がついて来てしまったので、岩に戻す。
「いけない、いけない」
そっと柄頭から手を離そうとするわたし。
ところが、わたしの手の動きに合わせて剣が動いてしまう。
「ん?」
握ってもいないのに、まるで吸い付くようにわたしの動きについて来る。
「ローズマリー様!
つ、剣が抜けているんじゃ?!」
マーク団長がびっくりした声をもらす。
「ちょっと動いただけ。 まだ抜けてないわ」
勇者の剣を抜くという行為の絵面は、恭しく仁王立ちで垂直に抜いた剣を天に掲げるみたいな、英雄譚の一節のようであるはずだ。
よろけた拍子に手に張り付くなんて、そんな間抜けな話があるだろうか。
「い、いや、でも誰が触ってもびくともしなかったんですよ!」
周囲の人々が集まってきた。
「うーん、これはローズマリー様が勇者である証では?」
「勝手に抜けただけでしょう」
わたしは力を込めていない。
断じて抜いてなどいない。
「もう離れなさい」
わたしは手を振って、剣から離れようとした。
しかし、剣はわたしから離れず、それどころかいよいよ刀身が八割方抜けてしまう。
「おお、ついに勇者の剣が抜けた!」
大騒ぎする騎士団。
「勇者だ!
ついに勇者が現れた!」
街中の人までぞろぞろ集まって来た。
「ち、ちが……。わたしが勇者のはずがありません!」
わたしはあくまで公爵令嬢。
剣術どころか、武術の心得すらない。
「ほら、まだ先っぽが岩の中だから抜けてない!」
「それってほぼほぼ抜けているって事ですよね」
シャラーナもわたしの手元をまじまじと見詰めている。
「あとは先っぽを残すのみ。
ローズマリー様、あと一息です!」
騎士達は勝手に盛り上がっている。
抜こうともしてないのに、あと一息も何もない。
「おお……! あなたこそ、神に祝福されし勇者だ!」
群衆の中には感動の涙を流している者さえいる。
「シャラーナ、この状況は一体何?
わたしは魔王に呪われてるんでしょ?
それなのに神に祝福された勇者?」
確かに魔王を倒す方法を探していたのは事実。
けど、わたしが自分で倒しに行くなんて、そんなの想像できない。
街の人達が続々と集まって来た。
「さあ、ローズマリー様。
勇者の剣をお抜き下さい」
「何て事……」
わたしは剣の方を見ないようにしているが、中指の先に剣の気配を感じる。
そのままでいる訳にもいかないので、恐る恐る指を持ち上げると岩の感触が消える。
そして、人々の歓声が聞こえてきた。
「勇者万歳!」
「ローズマリー様万歳!」
「勇者万歳!」
「ローズマリー様万歳!」
わたしの指に張り付いていた勇者の剣は岩から抜けると、わたしから離れた。
そして、わたしの側に浮遊している。
「わたしがあなたの持ち主なの?」
わたしが剣に話しかけてみると、剣はうなずくように柄を前に突き出してきた。
剣自身に認められてはこれはもう間違いない。
わたしは選ばれし勇者だった。