第4話 婚約破棄からの宮廷魔術師の考察
「ローズマリー=マリーゴールド!
お前との婚約を破棄する!」
「やったーっ!」
王子の声を聞いたわたしはガッツポーズをした。
また戻って来る事ができた。
今度こそ午前0時に殺される謎の真相を突き止めなければ!
「ローズマリー、何を喜んでいるのだ?」
と、それは良かったのだけど、ここでわたしは玉座の間が静まり返っている事に気づいた。
王子の顔もひきつっている。
しまった。
婚約破棄されてガッツポーズで喜ぶ公爵令嬢があるだろうか。
「えーと、これはその……、ほら。
やっちまった、的なやったーです。
いやー、これはやっちまったなー。
やったー、やったー」
頭を抱えるジェスチャーで弁解するわたし。
「はしたないでしたわね。
ごめんあそばせ、ほほほ。
ほほほほほ……」
そして、上品に振る舞うわたしだが、自然な流れでフォローできたとは言い難かった。
「ほほほ。で理由は何でしたっけ?」
わたしは話題を変える事にした。
「お前は再三、余の政治に口を出して来た。
国を意のままにしようとするお前の行為は、もはや看過ごす事はできん!」
「ですよねー」
やっぱり同じだった。
「これは仕方がありませんわね。
じゃあそういう事でサヨナラ~!」
「おい、ローズマリー……!」
そそくさと退出するわたし。
今日のわたしは忙しい。
分かってる事にいつまでも構っていられない。
「ロ、ローズマリー様!
お守りできず、本当に申し訳ありません!」
マナー講師のシボーン先生が泣きながら現れたのも、これまで通り。
「わたしなら何とも思ってないから、気にしないで。
よしよし。
よしよしよしよし……」
シボーン先生をハグして、頭を撫でるわたし。
「ああ、ローズマリー様! 何と気丈な!」
彼女は感極っているが、わたしは本当に何とも思ってないのだ。
3回目だし。
「ローズマリー様!
これでお別れなど残念でなりませぬ」
次はマーク騎士団長だ。
「わたしなら大丈夫。後は任せましたわ」
「おお、ローズマリー様!
その様なご無理をなされますな」
「本当に大丈夫。
全然大丈夫」
大丈夫過ぎてもどかしいくらい。
「それに引き換えあの王子の奴は全く許されませぬ!」
怒り心頭の騎士団長。
気持ちは嬉しいが、それどころじゃない。
「ああ、でも後で手紙を公爵家に届けて欲しいかも」
必要な事を告げ、足速に立ち去るわたし。
ここまではいい。
重要なのはこの後だ。
わたしは、わたしを見つめて廊下に立っている宮廷魔術師に話しかける。
「火にかけている薬品、沸騰してダメになってしまいますよ」
「はっ! そうだった!」
若い魔術師は目を見開いて、急いで自室に戻る。
跡をつけて、彼の研究室をのぞき込むと、今度は紫色の煙は上がっていない。
「ふーっ、間に合った!」
ほっとしているシャラーナ。
それを確認して、彼の研究室にわたしは入って行く。
「ほらね。言った通り」
「ロ、ローズマリー様?!」
不意に現れたわたしにびっくりしているシャラーナ。
「ど、どうしてこんなところに?!」
どぎまぎして、キョロキョロしている。
今までは挨拶するくらいで、特に接点はなかったので、仕方がない。
「薬品がダメにならなくてよかったですね」
「ありがとうございます。
でも僕の実験の事、よく分かりましたね」
「大した事じゃないの」
三回目だし。
「それより、お礼の代わりにわたしの質問に答えてもらっていい?」
「ロ、ローズマリー様が僕に質問ですか?!」
「魔術に関する質問があるの」
この王宮で魔法に一番詳しいのは恐らく天才魔術師と呼ばれた彼。
わたしに掛けられた魔術について尋ねるなら、彼が一番だろう。
「魔術ですか?」
婚約破棄された元王妃候補が、魔術の事を聞いてくるのは、さぞ不自然な事だろう。
「変な話で信じられないでしょうけど、本当の事なの」
わたしを改めてよく見るシャラーナ。
「信じますよ」
よかった!
さすが天才魔術師! 勘がいい、
「あなたは臭いますから」
は?
臭い?
王子との謁見前に、身だしなみを整え清潔にしたはず。
香水をかけ過ぎた?
それも注意をしてるんだけどな。
「そうじゃありません」
自分の袖の臭いをかいでいるわたしに、彼は首を振った。
「呪いの臭いですよ。
あまりに強力過ぎて臭うんです」
突然の一言に、わたしの動きは止まる。
呪い?
「誰かがわたしを呪ってるって言うの?!」
王子?
ラーリン?
王妃の立場を狙った他の貴族家?
可能性はいくらでもありそう。
「いえ、これはとても人間にできる芸当じゃない。
とんでもなく強力な呪いです。
魔族でも最上級の、それこそ魔王クラスでなければ掛けられないほどの」
話が大きくなって来た。
どうやらすごい呪いだったみたい。
「ローズマリー様は呪いの性質を、どの程度つかんでいますか?」
どの程度、と言われれば、2回殺された程度には理解している。
「夜の0時になった瞬間に殺されて、王子に婚約破棄される直前に戻される。
それが呪いの性質」
なるべく分かりやすいように、わたしの身に起こった事を説明した。
「時間が戻る?!」
「そう。今回でもう3回目。
ちなみにあなたの薬品がダメにならなかったのは今回が初めて」
魔術師は大きな目をしばたかせて驚いていた。
「時間を戻す呪いだなんて、聞いた事もありません。
道理で……、想像した以上です」
「そんなに臭い?」
魔術師の顔を覗き込む。
やっぱりこれは気になっちゃう。
「ご、ごめんなさい!
誤解を招く言い方でした。
いわゆる香りではなく、気配のようなものです」
「じゃあ臭くない?」
「ローズマリー様は全然、臭くなんてありません!」
「ホント? よかった!」
「で、でも強力な呪いがかけられているのは確かです。
解き方も分かりません」
うーん、残念。
でも、魔族が実家を襲った事実はあるし、魔王が関わっている可能性は高いかも。
「だからと言って魔王に会う訳にはいかないし……」
「勇者もまだ現れてませんしね」
勇者の剣の刺さった岩は城下町の広場にある。
この国を建てたのがそもそも千年前の勇者で、戦いの後に剣のあった場所に建てたのがこの国なのだ。
勇者の剣は資格のない者は、岩から引き抜く事すらできない。
選ばれたものだけが、苦もなく引き抜けると言う。
魔王が現れる時、勇者も現れると言われているが、未だ剣を抜ける者は現れていない。
王子もかつての勇者の子孫だが、抜けなかった。
まあ遊んでばかりで、剣術もからっきしなので、当然と言えば当然だけど。
「勇者現れないかなあ、今日中に」
今日中に魔王が倒されれば、わたしにかけられた呪いも解けるかも知れない。
「今日中に勇者が現れて、今日中に魔王を倒すなんて、さすがに無理ではないですか」
確かに。
でも、そうしてもらうしかないのだ。
何しろ明日になる瞬間、夜中の0時に殺されてしまうのだから。
「あ…、でも……」
その時、わたしは閃いた。
「今日ダメでもまた時間が戻る訳だし、次回も引き続き探せばいいじゃない」
「そんなに時間が戻る事を当て込んでいいんですか?」
「戻れないなら死ぬだけだし」
時間の戻る呪いを解くために時間を戻ってやり直す、なんて本末転倒な感じもするけど、他にどうしようもない。
「とにかく行ってみるしかないわ」
わたしとシャラーナは、勇者の剣の刺さる岩の場所、通称「剣の岩場」に向かった。