第36話 婚約破棄からの混迷の戦線
「ウェイカー司令。
司令の手腕は存分に見せて頂きました。
今日はわたしも戦列の端に加えて頂きたく存じます」
銀河中心戦線2日目。
軍服もシャインに用意してもらい、優雅に一礼。
王宮式の作法で、軍隊の敬礼ではないけど。
「ふむ、貴様もようやく分かってきたか!
よかろう、存分に力を見せい!」
もちろん彼の望むような消耗戦に臨むつもりはない。
戦闘を終わらせる事が目的だ。
わたしは最後尾での出撃となった。
わたしとメルテの乗ったペイトリオットⅡが発進した時、宇宙ではすでに無数の火花が不規則に咲き誇っていた。
炎の花が咲く度に命が失われていく。
こんな馬鹿な事はすぐにも終わらせなければ。
しかし、正面対決を指揮するウェイカー司令にはそんな考えはなさそうだ。
敵の指揮官、フォレスト将軍がどういう人物かは知らないけど、同じように正面からぶつかっているだけなのだから、同じような考えだろう。
戦争など生命と資源の浪費でしかない。
始まってしまったなら、速やかに終わらせるしかない。
「しかし、わたし達一機だけで戦況が変えられるものでしょうか?」
メルテがもっともな疑問を呈した。
「戦略的にも戦術的にも、戦闘に影響を与えられるとは思えません」
数百機の戦闘艇や高速艇と、数十機の戦艦が激突するこの銀河中心戦線。
確かにただ一機にできる事などたかが知れている。
しかし、
「わたし達はただの一機ではないわ」
この銀河帝国の戦闘艇、ペイトリオットⅡには、勇者の剣ユウちゃんとオートパイロット、メルテがいる。
それに、わたしがここまでで把握した情報と、花嫁修業の一環で得た戦争の知識を合わせればできる事はあるはずだ。
わたしの宇宙での戦いが始まった。
この宙域の特徴は複数の小惑星帯に囲まれ、行動範囲が狭い事だ。
小惑星に衝突するリスクを避けるためには、陣形は細長くならざるを得ない。
ならば、その出口を利用して集中砲火するのがセオリーだ。
そう思うのだが、敵味方共に正面突破しか考えない指揮官なのが問題だ。
わたし達が出撃した時点で、すでに狭い宙域に敵味方がごった返しの状態になっていた。
「どうしますか、マリー?」
「敵の指揮官の戦艦の位置が知りたいのよね」
指揮をするのは後方だろうが、最後尾ではないはず。
背後からの奇襲も警戒する必要があるだろう。
旗艦の正確な位置を知る方法は何かないだろうか?
「第15艦隊の旗艦、ヨルムンガンドのデータなら知っています。
位置情報の検索は可能です」
「え……?」
そんな事もできるの?!
「演算しますか?」
「演算します!」
もちろんして欲しい!
「演算しました」
メルテの瞳の幾何学模様の回転が止まり、モニター上の敵艦の反応の一つがおおきくなり、旗のマークが付いた。
「これが旗艦ヨルムンガンドの位置です」
その位置は、敵陣の最後尾だった。
セオリー通りじゃない布陣だが、それならそれで、セオリー通りの後方からの奇襲が有効な事になる。
「跳躍で旗艦の後ろに回り込みましょう」
これまでの経験から、跳躍と言うのが長距離の移動手段だという事は分かっている。
「ですが、戦闘艇の跳躍距離はそれほど長くありません。
一度にヨルムンガンドの後方まで跳躍する事はできません」
それもこれまでの経験から分かっている。
戦艦と戦闘艇で跳躍の飛距離に差がある事は予想がついていた。
宇宙における戦艦、艦船の役割は、居住空間と長距離の跳躍なのだろう。
跳躍のための設備が大掛かりなものになるため、大型の艦船が必要なのだと思われる。
「なら回数を分けていきましょう」
一度の跳躍ではなく、複数回に分ければ何とかなるのでは、とわたしは考えた。
しかし、
「戦闘宙域への跳躍はタブーです。
跳躍先に物体があった場合、光速で激突する事になります。
流れ弾でも、残骸であっても接触すれば致命的な状況になります」
それはそうか。
でなければみんなとっくにそうしている。
「それなら……」
わたしは腰に下げた鞘から長剣を抜いた。
もちろん、勇者の剣、ユウちゃんだ。
「ユウちゃんにスペースを作ってもらいましょう」
「ユウちゃん……!」
驚くメルテ。
ユウちゃんの事は演算の外だったようだ。
環境シークエンスを展開してもらい、ユウちゃんに出撃してもらう。
モニターを見ながら跳躍したい宙域の敵をやっつけてもらう。
それはごく短時間で終了した。
「残骸の一つでもあれば戦闘艇には致命的です」
「そうね。
ユウちゃん、周囲の残骸をどかしてもらえる?」
「そんな事までできるのですか?」
ユウちゃんは今倒した敵機の残骸をどかしている。
それがわたしには感覚として分かった。
以前は目の前にいないと何をしているのか想像もつかなかった。
しかし、扱いに熟練するにつれ、ユウちゃんの動きを感じる事ができるようになってきていた。
触れている残骸の感覚も分かった。
遺体は丁重に扱っている事まで感じられる。
「コンディショングリーン。行けます」
あらかた危険な残骸を取り除き、ペイトリオットⅡは跳躍を行った。
果たして、機体に損傷なく跳躍は成功した。
「ユウちゃん、次はここ」
わたしがモニターを指し示した地点。
宇宙空間のユウちゃんにはそれは見えていないが、伝わってはいた。
ただちにユウちゃんはその宙域に向かう。
「演算不能です」
勇者というシステムはオートパイロットの演算能力を持ってしても把握し得ないものらしかった。
わたしにも上手く説明はできないけど。
とにかくユウちゃんの活躍で無事に数回の跳躍を終え、わたしは第12艦隊旗艦、ヨルムンガンドの後方に回り込んだ。
「なるべく死者は出したくないわね」
旗艦を制圧したいが、犠牲者は少なくしたい。
「降伏勧告なんてどうかな。
メルテ、敵の指揮官と会話できないかな?」
「通信は可能です」
「翻訳も有効?」
「わたしの翻訳シークエンスが適用されます」
本当にオートパイロットはすごい。
メルテは何でもやってくれる。
「司令官と直接放したいんだけど」
「周波数を合わせます」
メルテが計器を操作すると敵艦の会話が聞こえてきた。
「……戦艦での特攻など聞いた事がない!」
「敵が予想し得ないからこそ特攻の価値があろう」
「そもそも特攻で無駄に消費し過ぎるから、オートパイロットを回してもらえなくなったんだろう!」
聞こえてきたのは怒鳴り合いだった。
「わしの命令に反逆するのか?」
「戦闘の後、この件を報告する」
何だか揉めてるなあ。
そう思っていたら、
「……?!
我が艦はなぜヨルムンガンドからロックオンされている?
どういう事だ?
フォレスト将軍?!」
そして目の前のヨルムンガンドからミサイルが発射されるのをわたしは確認した。
それは戦艦の一つに命中。
大爆発は周囲の敵味方をもろともに巻き込んだ。
「えっ……、どういう事?
今何が起こったの?」
ミサイル攻撃で戦艦が撃沈した。
それは、因果関係としてはおかしくない。
しかし、明らかにおかしい事が起こった。
「帝国軍のヨルムンガンドのミサイルによって、帝国軍の戦艦が撃沈されました」




