第21話 婚約破棄からのダイザーの正体
「ここが最上階ね」
カルワリオ神殿の塔を登ったわたしとシャラーナ。
塔の最上階には部屋は一つしかなかった。
そこは簡素な机が置かれた小さな部屋だった。
部下は全て洗脳していたダイザーの本拠地にある部屋ならば、これはダイザーの部屋だろう。
「それにしても、この部屋……」
婚約破棄されるまで王城に住んでいたわたしは、ダイザーの部屋の質素さに驚いた。
「彼、贅沢しない人だったのね」
ゼイゴス王子は、身の回りのものは何でも高級品で揃えようとした。
その上、すぐに飽きて、新しいものに頻繁に買い替えていた。
魔界三強の一角がこんな殺風景な小さな部屋に住んでいたのは意外だった。
でも、ダイザーが倹約家かどうかは、この際どうでもいい。
「呪いに関する資料はないかしら?」
呪いを解く手掛かりを得られるかが重要だ。
しかし、そう思っても本棚すらない。
机の引き出しには何枚も紙が入っていたが、例の魔神語らしくて意味が理解できなかった。
「これじゃあ何の手懸りにもならない」
「そうでもありませんよ」
しかし、シャラーナは目を輝かせていた。
「これらの文字を参照してダイザーの使っていた言語を翻訳できるかも知れません」
「本当?! そんな事できるの?」
「これを見て下さい」
シャラーナが拾った紙は地図だった。
「人間界の地図に矢印でコート王国の場所が指されています。
つまりこの文字は『コート王国』という名詞です」
ふむふむ、確かにそうかも知れない。
「他にも……」
別の紙の地図の矢印は、マリーゴールド公爵領を差していた。
「これで『マリーゴールド公爵領』も分かりました」
「じゃあこれは?」
わたしが拾い上げた紙にも絵が書いてあった。
小さな円が何個か書かれていたが、その内の一個だけが他より大きい。
「これは宇宙ですね。大きな円が太陽です」
「宇宙?」
「空のさらに上です」
「空の上?!」
シャラーナはそんなことまで知ってるんだ。
「じゃあこの矢印の書かれた丸は?」
大きな丸から数えて三つ目に近い丸に矢印があり、魔神語らしき文字が。
「それが僕らのいる世界、惑星です」
「じゃあこっちの紙は?」
わたしは無数の丸が書かれた紙を拾い上げた。
その内二つの丸にやはり矢印があり、魔神語らしき文字が。
「見て下さい。
片方の矢印に書かれた文字は、さっきの紙の魔神語と同じです」
「どういう事?」
「どちらもこの惑星を指していると言う事です。
一枚目の紙が星系図とするなら、二枚目の紙は銀河系図での位置を示しています」
星系? 銀河?
話に付いていけない。
「マリー様。
ダイザーに関して、僕達はとんでもない勘違いをしていたのかも知れない」
シャラーナはちょっと神妙な顔になった。
「前からおかしいと思っていた事があるんです。
かつて人間界を脅かした魔神カルワリオの伝承は、人間界にも無数にあります。
しかし、魔神語なんて言語の話は聞いた事がありません」
でも、ダイザーは確かに聞き取れない、意味の分からない言葉を話していたのだ。
「あれは魔神語なんかじゃなく、彼の母星の言語だったのでは?」
魔界三強の一人は魔族ではなく、空の向こうからの来訪者だった。
その上、わたしに厄介な呪いを掛けてきた。
「この部屋の資料をじっくり読み込めば、もっと分かるかも」
ダイザーの目的は知りたい。
呪いを解く方法も分かれば尚いい。
「お願いするわ、シャラーナ」
「任せて下さい」
すごい勢いで資料を漁るシャラーナ。
普段はおとなしい性格だけど、没頭するタイプだ。
わたしは邪魔にならないように、部屋の外に出た。
そして、窓から空を見上げた。
シャラーナの言うように、ダイザーが他の惑星から来たのなら、彼は単に空中に逃れただけでなく、宇宙とかいう、空の向こうに帰って行った?
なんとも壮大な話になって来たものだ。
そんな事を魔界の赤黒い空を眺めながら考えていると、こちらに向かう黒い点が見えて来た。
それはやがて竜の形に。
どうやら魔竜リンドが戻って来たようだ。
「魔界中を飛び回ったが、奴はどこにもいなかったぞ!」
やはりダイザーはこの惑星にはいないのだろう。
あの時リンドが乗せてくれなかった事が悔やまれる。
いや、あの時点で、すでに遅かったのかも。
乗せてくれるか交渉する時間さえなかったのかも知れない。
「マリー様、大体翻訳できました」
それから数時間後、シャラーナが部屋から出て来た。
「まずは彼の名前についてです。
『ダイザー』は固有名詞ではなく、階級を表す名詞でした。
「彼の本当の名前はゴーディク。
ダイザーと言うのは『大佐』という階級の事でした。
彼らの軍団の中の階級を指す言葉のようです」
軍団? 階級?
「どうやら彼は軍人で、作戦行動としてこの惑星にやって来たようです。
彼が毎日、付けていた日誌がありました。
これを手掛かりにして、彼らの言語を翻訳できました」
さすが天才宮廷魔術師。
わずか数時間で翻訳を終えてしまうなんて。
「この言語は、かなりシンプルなんです。
複数の文化圏で使用する事を想定して作られた人工の言語のようですね」
相手が惑星の行き来をするほどの文明なら、「複数の文化圏」というのも複数の惑星の事なんだろうか。
「ダイザーは自分の文明に帰ったのではないでしょうか」
「それがどこなのか、分かる?」
「はい。
どうやら銀河帝国という国がダイザーの故郷のようです」
「ぎんがって何? どこ?」
「宇宙の星の集まりの事です」
空のさらに上にあるのが宇宙で、星の集まりが銀河でその名を冠した国。
うーん、とにかく強大な事は分かった。
「ダイザーはそんな所からわざわざこの星にやって来て、さらに魔界にやって来て、それからわたしに呪いを掛けに来たの?」
「そうなりますね」
何て迷惑極まりない!
「なんでそんな事するの?!」
「日誌に記録がありました。
ダイザーは本物の魔神官ではないようですね。
本物を殺し、魔界の勢力の一角になったようです。
魔神カルワリオの復活を阻止する事も彼の任務の一つだったようです」
確かに彼の言動に魔神に仕えているような節は見られなかった。
それはいいんだけど、
「わたしに呪いを掛けたのも任務だって言うの?」
これは看過できない。
「それも日誌に書いてありました」
シャラーナはダイザー(ゴーディク大佐?)の日誌の最新のページをめくり、読み上げた。
「予定通り、観測していた特異点はこちらに接触して来た。
ここまでの過程で時間遡行を複数回行ったと考えられる。
これより艦隊に帰還する。
ついては、作戦を次の段階に進める事を要請する。
この座標の惑星へ、銀河帝国艦隊による制圧を目的とした総攻撃を開始する事を要請する」
敵の思惑が判明し、これでスッキリ一件落着、の訳がなかった。
これから銀河帝国とか言う国が、この惑星に攻めて来る。
恐ろしい事実が明らかになった。
わたしの呪いの事なんて気にしている場合じゃない、そう思った時だった。
「ぐうっ……!」
みぞおちから突き出す光り輝く刃。
口から血があふれてくる。
激痛に気が遠くなる。
前言撤回。
どういう場合でも呪いの事は気にするしかない。
やっぱり痛い。
そして、有力な情報を得たが、死は免れなかった。
これが正解ではないらしい。
やはりあの円盤に追つくしかないのでは?
しかし、追いつける可能性のあるリンドは人間を背に乗せる事を許さない。
「どうすれ……ば、いいの?」
わたしは思考を巡らしながら意識を失ったのだった。




