第2話 婚約破棄からの婚約破棄
王子から婚約破棄を突き付けられたわたし。
自分なりに王国に、未来の夫に尽くしてきたつもりだったが、わたしの想いは通じなかった。
馬車に揺られながらも、あまりの悲しさと不甲斐なさに、身体が熱くなってきて、意識が朦朧としてきた。
胸の張り裂けるような思いだった。
それでも午後になって故郷が近くなり、田園地帯が見えて来ると、少し気持ちが落ち着いて来た。
陽の光がまぶしい。
揺れる麦穂が懐かしい。
今年も公爵領は豊作に違いない。
父上に婚約破棄の件を話すのは気が重かったが、少しだけ気持ちが軽くなってきた。
夜になって市街地が見えてきた。
しかし、わたしが異変に気付いたのはその時だった。
空の向こうが赤く染まっていた。
明らかに公爵家の方角だった。
嫌な予感がした。
沈んだ気持ちなど一気に吹っ飛んでしまった。
煙も立ち昇っている。
馬車が進むとそれが炎である事が分かって来た。
そして、街の目前まで来たところで火の手が上がっているのは、街で最も大きな建物である事が分かった。
マリーゴールド公爵家の屋敷、わたしの生家だ。
少し進むと馬車は動きを止めた。
「これ以上は危なくて近寄れませんぜ」
馭者も困惑している。
逃げようとする人や、消火しようとする人で街中が大騒ぎだ。
馭者がそう判断するのも無理はない。
「それならば走って屋敷に向かいます」
わたしは馬車を降り、単身屋敷に向かった。
大きな橋を渡り、市街地に差しかかったその時だった。
轟音とともに、屋敷から爆発が起こった。石や窓ガラスの破片が舞っている。
悲鳴や怒号が聞こえる。
「うそ……、そんな事って…………!」
何が原因かはわからないが、生家である屋敷で火災が起こった。
こんな偶然があるだろうか?
あるいは、これは陰謀なのか?
王子が婚約破棄への、公爵家の報復を恐れて行った工作なのか?
しかし、こう言っては何だけど、あの殿下にそこまで頭が回るようには思えない。
では王国の大臣の誰かのしわざだろうか?
それもぱっと名前の上がる人物はいない。
両親は無事なのか。
とにかく屋敷に向かうしかない。
市街地を駆けるわたし。
街の中心部、時計台の広場までやって来た。
火の手はこの近くまで広がっている。
わたしも急いで屋敷に向かわなければ。
「つっ……!」
そう思ったわたしだったが、鋭い痛みに動きを止めた。
背中から胸にかけて激痛が走った。
下を向いて見ると、わたしのみぞおちの辺りから白く輝く刃物が見えた。
背中から刺さった刃物が胸まで貫通していた。
「かはっ……!」
血を吐き出したわたしは、その場にうつ伏せに倒れた。
激痛の余り気が遠くなっていく。
身体の向きを変えてみるが、楽な姿勢などなかった。
しかし、激痛の走る身体を横たえると、時計台が見えた。
長針と短針が垂直に重なっている。
ちょうど午前0時だった。
どうやら一日が終わったようだ。
そして、わたしの命も。
婚約破棄され、故郷を焼かれ、その上自分自身の命まで奪われる。
なんてひどい一日だろう。
なんてひどい一生だろう。
なんで、なんで、こんな事に…………。
考えてもどうにもならない。
思考力も低下していく。
星空がよく見える。
死んだらわたしも星になるのだろうか。
それもいいのかも知れない。
何もかもから解き放たれて、星になるのも悪くない。
空の彼方まで飛んで行きたい。
星空に手を伸ばそうとするわたし。
しかし、それはできなかった。
身体に力が入らない。
視界もどんどん暗くなっていく。
痛みも次第に分からなくなり、寒くなってくる。
こうしてわたしの20年の生涯はその幕を閉じたのだった……。
☆☆☆
と思ったら、急に視界が明るくなった。
倒れていない。
背中から左胸を刺されて意識を失ったはずなのに。
慌てて胸に手をやる。
傷はない。出血もしていない。
そう言えば痛くない。
わたしは周囲を見回した。
そこは王宮の玉座の間だ。
玉座には王子が。
重臣達や騎士団、魔導師団の姿も。
確かわたしは故郷に帰ったはず。
そして、そこで何者かに刺されて意識を失ったはず。
あれは夢だった?
「ローズマリー=マリーゴールド!
お前との婚約を破棄する!」
王子がわたしを怒鳴りつけて、婚約破棄を宣告する。
「それはさっき聞きました」
わたしは答える。
って、あれ……?