第13話 婚約破棄からの魔界転移
転移魔法で魔界に逃げようとする魔王を止めようとして、魔法陣に飛び込んだわたし。
ユウちゃんが魔法陣に刺さったせいか、はたまた定員オーバーだったのか、魔法陣から伸びた光の柱が歪み出して、振動が起こった。
周囲の風景が霞んでいき、足元の地面を感じなくなる。
身体がふわっと浮き上がる感じ。
しかし、その感じはすぐ終わり、風景がはっきりしてくる。
そして、身体に重さを感じたと思ったら、
「きゃあっ!」
いきなり地面に投げ出されてしまう。
「痛たた……」
「てめえ、無茶苦茶しやがって!」
わたしのすぐそばに魔王も倒れていた。
「お前のせいで転移に失敗したじゃねえか」
「普通に失敗ー!」
「微妙に失敗ー!」
「逆に失敗ー!」
ハーピー姉妹が遠くに聞こえる。
見れば岩山の木の枝にに引っ掛っていた。
本来はもっとマイルドに転移できるはずだったのかも。
「ここは……?」
辺りを見回すわたし。
赤く暗い空。
延々と続く荒野。
遥かな山の向こうから聞こえてくる遠雷の音。
「魔界に決まってんだろうが」
魔王の不機嫌そうな声。
やはりここが魔界のようだ。
「どういうつもりなんだ? お前……」
胸の傷口を押さえてうずくまってる魔王だが、すでに出血は止まっている。
やっぱり自然治癒能力が高い。
「あなた以外の魔界の勢力の事を聞かせて欲しいの」
「そんな事のためについて来やがって」
「わたしに呪いが掛けられてるんだからしょうがないでしょ」
「さっきもそんな事言ってやがったな」
「あなたじゃないなら、別の誰かの仕業なんだから。
さあ、教えて……」
その時、不意に視界が暗くなった。
そうかと思ったら、ハーピー達が引っ掛かっている岩山の向こうから大きな姿が現れた。
岩より硬そうな黒い表皮。
二本の角の生えた頭に鋭い牙の生えた口。
背中には爪の生えた大きな翼。
それは黒い巨大なドラゴンだった。
「おい、その剣は勇者の剣じゃないのか?」
大きな、まるで濁流ののようなうなり声。
「だったらそいつが勇者だろう?」
わたしとユウちゃんを見たその竜は、鼻を鳴らしてにらんでいた。
「貴様の気配を感じて、負けたんだろうとは思ったが、勇者の下僕になり下がったのか?」
次に竜は魔王ザンを見下ろして言った。
「そうじゃねえ。こいつが勝手について来たんだ」
それは事実なのでわたしには反論のしようが無い。
「……気に入らんなあ。
これではわしが人間界に行っても勇者と戦えんではないか」
唸り声を上げる竜。
明らかに不機嫌そうだ。
会話の内容から考えると、この竜が魔界の別の勢力のリーダーなのかも知れない。
しばらくすると、竜は顎に手を当てた。
考え込んでいるようだった。
「そうだ。
二人まとめて、わしと戦ってもらおうか?」
魔竜はそう言うと、その巨大な手で、手近にいたハーピー姉妹をわしづかみにした。
「傷を癒やす時間はやる。
手ひどくやられたようだからな」
そのまま、空中に浮かび上がる竜。
「てめえ、何の真似だ。
ぐっ……!」
魔王は立ち上がろうとするが、わたしとの戦いのダメージが大きく、膝をついてしまう。
「お前の傷が癒えるまでの間、こいつらを食って時間をつぶすとしよう」
それを聞いたハーピー三姉妹は大騒ぎをして暴れ出す。
「あたしら、普通においしくないし!」
「あたしら、微妙においしくないし!」
「あたしら、逆においしくないし」
「そんな事はあるまい。
焼き鳥にすればうまいはずだ」
「「「ひいぃっ!」」」
表情の凍り付くハーピー姉妹。
「うむ、決めたぞ。
一匹ずつタレを変えよう」
「普通に離せー!」
「微妙に離せー!」
「逆に離せー!」
必死に抵抗するハーピー達だが、暴れても魔竜の大きな指を引き剥がす事はできなかった。
「リンド、てめえ……!
勝負ならサシでやってやる。
そいつらを離せ」
そうこうしてる間に、竜は浮き上がる。
「冗談だ。ハーピー共は人質よ。
明日、わしと勝負するなら、こやつらは生かして返してやろう。
その後でわしは貴様らを倒し、人間界に攻め込む。
人間界も魔界もわしが制してくれるわ。
ガッハッハッハッハ!」
竜は大笑いし、空高く飛び去って行った。
ハーピー達の泣き声も遠ざかって行く。
「ちっ……!」
魔王が苛立って地面を叩く。
「あの竜が別の勢力?」
「ああ、魔竜リンドだ。
ケンカっ早い野郎だが、魔界に戻るなり現れやがるとはな」
そう言うと魔王は魔竜が飛び去ったのとは別方向に歩き出した。
「オレは一旦、城に戻り、傷を癒す。
手勢も集めないとな」
そう言うと魔王は魔竜が飛び去ったのとは別方向に歩き出した。
「ハーピー達は大丈夫なの?」
「オレ達と戦う事が目的だ。
ちゃんと明日までは待ってるだろうぜ」
確かに大事な人質とか言ってたけど。
「あの野郎、待ち伏せしやがって」
ちなみに、魔王の歩き方はしっかりしていた。
傷はどんどん癒えているようだ。
「おれもくじ引きなんぞより、戦いでどっちが先に人間界を攻めるか決めたかった。
望むところだ」
盟約ってくじ引きだったんだ。
あの竜も人間界に攻め込みたがっていた。
でも、手を組むような関係性ではないのだろう。
「もっと詳しく話して」
「うるせえ」
「わたしは自分に呪いを掛けた相手を探しているの。
あの竜がそうかも知れない」
ドラゴンと言えば長命で、英知に長けていると言う。
魔法もたやすく行使するに違いない。
「それはないな。
魔法は一つも使えないはずだ。
あいつはオレより頭悪いからな」
違った。
ザンより頭悪いみたい。
正直、さっきのやり取りを見る限り、英知のかけらも見られなかったけどね。
でも、そうなったらわたしに呪いを掛けたのは誰なの?
魔王と魔竜も違うなら、もう一つの勢力なのかな?
「それで、もう一人の実力者の名前は……?」
わたしは尋ねようとしたが、ザンは踵を返して歩き出していた。
「まずは寝る。
しょうがねえからお前もおれの城に来い」
「いいの?」
「眠そうな顔で何言ってやがる」
そう言えば、この前は戦いの後に午前零時になって、殺されたのだ。
今回は、それから魔竜リンドとのやり取りまであったのだから、もういい時間だ。
ん……?!
という事は、今回は呪いが発動してない。
3日目に突入できた!
やはり魔界に来た事は正解だった。
「万全の態勢を整えなければ、リンドには勝てん。
奴との対決までお前とは休戦する。
それでいいか?」
「分かったわ」
こうしてわたしは、勇者だけど、魔王の城に泊めてもらう事になった。
「ここだ」
荒野を進むと丘の上に建てられた岩の城があった。
「おお、魔王様! よく戻られました!」
ザンが扉を開けると中からゴブリンが現れた。
「人間界は征服できましたか?
おや、この女性は?」
「勇者だ。そいつに負けた。
人間界進出は失敗だ」
「なんと!? こんな美しい女性が!」
ゴブリンはわたしが勇者とは思わなかったようだ。
「リーゼロッテ、こいつはいずれおれが倒すが、その前に野垂れ死にされてはたまらねえ。
客人として、丁重にもてなせ」
「了解いたしました。
お部屋に案内いたしますわ」
ザンの言葉にゴブリンはすぐに従った。
勇者なんて聞いたら警戒されると思っていたが、そうでもなかった。
案内された部屋もとてもきれいで清潔だった。
「クローゼットには女性ものもございます。
洗濯物がございましたらお出し下さい」
手際がよくて、面倒見のいいゴブリンみたい。
「リーゼロッテと申します。
何でもお申し付け下さい」
ちなみに女性との事だったが、外見では分からなかった。
勇者が人間界を侵略する魔王の城で休息なんておかしな感じ。
だけど日をまたいでいる事もあって、何しろ眠かった。
わたしはすぐに熟睡した。




