第1話 ローズマリー、婚約破棄される
「ローズマリー=マリーゴールド、お前との婚約を破棄する!」
玉座の間に呼ばれたわたしは王子から怒鳴りつけられた。
重臣達や、騎士団、魔導師団も驚いてわたしに注目する。
「そ、そんな……!
理由は? 理由は何なのですか?」
コート王国のゼイゴス王子との婚約が決まり、わたしが公爵家から王宮に引っ越して、かれこれ1年。
公爵家にてお父様により、王妃にふさわしい見識と礼儀作法を猛特訓させられた。
それどころか、政治経済の知識まで叩き込まれた。
王宮に入ってからも、さらに厳しい礼儀作法を教育された。
人間関係にも気を配り、侍女達や騎士団にも優しく接するよう努め、愚痴や要望にも耳を傾けた。
公爵家にも王家にも、万が一にでも泥を塗る事があってはならない。
わたしはその想いで鍛練に励んで来た。
しかし、
「わたしの力量が至らなかったでしょうか。
それとも、わたしが何か無礼を働きましたか?」
恐る恐る尋ねるわたし。
「当たり前だ!」
ゼイゴス王子は大声を張り上げた。
「お前は再三、余の政治に口を出して来た。
国を意のままにしようとするお前の行為は、もはや看過ごす事はできん!」
国王陛下は半年前から、大病を煩われ、休養なされている。
疫病と魔王出現が重なり、心労がかさんだ故だ。
疫病の調査と救援。
勇者の剣を抜ける者の捜索。
しなければならない事が山積していた。
しかし、殿下は国王の代行を行わず、街に繰り出して遊んでばかり。
仕方がないのでわたしが疫病の調査、研究の指示を出し、実家の公爵家に物資の供給の話をつけた。
その甲斐あってか、疫病の件は下火になってきた。
しかし王子はあろう事か、遊ぶ金欲しさに国庫にまで手を出そうとする始末だ。
ついに先日は強めに咎めてしまった。
もちろん、わたしに国を意のままに操る意図などない。
国のため、王家のため、ひいてはいずれ国を治める事になる王子のためであった。
しかし、ゼイゴス王子にその想いは通じていなかったようだ。
「ローズマリーよ。分かったら、今すぐ余の前から消えるがよい」
玉座の間での、公衆の面前での王子の言葉にわたしは、悲しみと屈辱で顔が真っ赤になった。
その様子を見て、侍女の一人が口元を抑えた。
その目は笑っているようだった。
彼女の名前はラーリン。
童顔で愛らしい娘で、元は酒場で働いていたと言う。
しかし一瞬、そのラーリンと王子が目配せするのが見えた。
これが婚約破棄の本当の理由か。
この娘と結婚したいから、わたしと別れたいのだ。
二人が付き合っている噂は、わたしの耳にも入っていた。
婚礼前の事であまり強気に出るのもどうかと思い、触れずにおいたのだ。
しかし、まさか婚約を覆すなんて。
「お考え直し下さい。
国王陛下がお目覚めになられたら、きっとお怒りになります」
国王陛下は、王子の暴挙をきっと咎められる。
この結婚はわたし達二人だけの話ではないのだ。
王国の南方に位置する、肥沃な公爵領からの持参金と、今後の貢ぎ物に国王は大いに期待している。
また、わたしの父、マリーゴールド公爵も権力を欲している。
王子との結婚も公爵が中心になって押し進めたものだ。
国王も公爵も、そんな計算が狂うとなれば黙ってはいないだろう。
「ええい、しつこいぞ!
処罰しない余の寛大さが分からないかっ!」
「マリーゴールド公爵も認めない事でしょう」
「ローズマリー!
貴様は余に脅しをかけるつもりか?!」
「そ……そんな……」
何を言っても通用しないようだ。
心配をして言っているのに、脅しなんて。
「残念です、殿下」
失望のあまり、涙がにじんでくる。
わたしはやむを得ず、玉座の間を退出した。
逃げるように廊下を駆けるわたし。
涙がぽろぽろ落ちてくるのをもはや止められない。
「ロ、ローズマリー様!」
そのわたしを呼び止めたのはマナー講師のシボーン先生だった。
「お守りできず、本当に申し訳ありません!
わたくしはローズマリー様以上に王妃にふさわしい方はいないと申し上げたのです」
泣きながら何度も頭を下げる先生。
「ゼイゴス王子は以前街に繰り出すのを国王に咎められました。
国王が病になったのをいい事にタガが外れてしまったのです」
あの厳格な先生が目を真っ赤にして、ぺこぺこしている。
何だかこっちが申し訳ない。
先生は何とか王子を説得しようとしてくれたらしい。
「ローズマリー様は最高の王妃になられます! なのに……!
こんな事、なんて理不尽な……!」
「その気持ちだけで十分ですわ」
袖口でシボーン先生の涙を拭くわたし。
ハグをして頭を撫でてからシボーン先生と別れた。
「ローズマリー様!」
その後わたしに話しかけてきたのは、
白い口髭をたくわえた老騎士、マーク騎士団長だった。
「これでお別れなど残念でなりませぬ」
「騎士団長、あなたにもお世話になりたした」
深々と頭を下げたわたし。
最近は魔王の件で騎士団長と話をする機会も多かった。
必要なものを尋ね、予算を大臣達に組ませていた。
「ローズマリー様あっての騎士団。
ローズマリー様こそ最高の王妃。
婚約破棄などと!
全くあの王子は許せませぬ!」
「魔王の脅威も迫っています。
どうか殿下とこの王国を守って下さいね」
今後の事は心配だが、わたしにできる事はもうないのだ。
わたしは騎士団長と別れた。
階段を降り、自室に向かうわたし。
「まずい! まずい!」
その隣を駆け抜ける一人の青年。
確か宮廷魔術師のシャラーナだ。
童顔でまだ若いはずだが、国王がその才能を見出したようで、かなり優秀らしい。
そう言えば玉座の間にもいたはず。
「沸騰し過ぎた!」
叫んで入って行ったのは彼の研究所。
わたしの婚約破棄に気を取られて、魔法訳作りを失敗したようだ。
いつもなら雑巾でも持って掃除に駆けつけたところだが、今は何かしてあげられる精神状態ではなかった。
「出て行け」と言われたばかりだし。
わたしは荷物をまとめて実家である公爵領に戻る事になった。
荷物と言ってもそう多くはない。
クローゼットには豪華なドレスがたくさん入っていたが、持ち帰るつもりはなかった。
わたしの趣味で買ったものではないし、売るなり捨てるなり、好きにすればいい。
わたしは失意の中、そそくさと馬車に乗り込み、王都を離れた。