私のご主人様
ふと思いついたネタを走り書きしました。
ここは海に囲われた島。規模で言えば、たぶん東京ドームとやらが3つ入ればいいのではないだろうか?
実際に、東京ドームなんて見たことはないが、そのくらいの面積だと聞いている。
私はその島に唯一ある高等学校に通っている。
島の若年層の人口が少ないこともあり、私が通ってる高校の女生徒は少ない。
私は正直に言うなら、この高校に通うのだけは避けたかった。それはなぜか?
悪い噂が絶えないからだ。
この島の男性たちは結託して、悪事を島の外に決して出さない。
ごく稀に、こんな田舎の島を取材したいとメディアが来るが、そんな彼らに島民たちは島のいいところだけを見せて、真に見せてはいけない部分は、全て隠し通す。
むしろ、最近では接待をしていると聞く。若い女性が彼らの貢ぎ物として、提供されているらしい。
私もこの目で見たわけではない。だが、近所に住んでいるお姉さんがその被害に遭ったと、コッソリと教えてくれた。
「この島から一刻も早く逃げ出しなさい。そして、いつか力をつけて、誰か信用のおける人を連れて、この島の悪事を暴いてちょうだい。それが、私の最後の願いよ」
お姉さんの言葉を聞いてから、数日後。
お姉さんは住んでいた家から姿を消していた。たぶん、島の人たちに連れられて、どこかに隠されたんだろう。
お姉さんはきっとまだ生きている。私がお姉さんを助けてみせる。
この島の真実を知ったその日から今まで、私はお姉さんに守られてきたんだと理解したから。
いつも家にフラッと訪ねてくるおじさんたち。
そんなおじさんたちを見て、顔をこわばらせて、私がおじさんたちに気付かれないようにと、逃がしてくれていたお姉さん。
いつも隠れるのは家にある小さな物置小屋。時間が来るとお姉さんが声かけてくれ、小屋から出してくれる。そのときには、おじさんたちはもういない。
私はあの優しかったお姉さんを助けたい。
でも、手掛かりはなかった。
調べようにも、島の男どもが徘徊しており、迂闊なことをすれば奴らに捕まる。
そして、私もお姉さんと同じように、きっと弄ばれるのだろう。
あれから数年が経ち、私も高校生になってしまい、身体も成長した。
家のどこにいても、どこかから視線を感じる。きっと、隠しカメラがあるのだろう。
私に両親はいない。両親の記憶もないと言っていい程だ。それに気づいた時は、この島の徹底ぶりに笑ってしまいそうだった。
私はこの島が憎い。この島の男どもが憎い。女の身である自分が憎い。
高校生活で唯一よかったのは、同性の同学年の友達が出来たことだ。名前を久美と言った。
久美は弱気で、周囲からの視線が怖いと言っていた。
それはそうだ。男どもの不躾な欲にまみれた視線を一身に受けるのだ、私たちは。
私は必死に抵抗して、今日まで久美を守ってきた。だが、それもここまでのようだった。
学校行事として、2泊3日の野外合宿だそうだ。表向きは学校行事だが、校内の少ない女生徒が全員集められることから、如何わしい行事だということは明白だ。
先輩たちからも「早く諦めて、受け入れた方がいいわよ」「また今年も…」などと、良い印象を持てない言葉をたくさん聞いた。
久美もこの島のことを肌で感じているようだ。不安で顔が真っ青だ。
久美だけでも守ってみせる。あのお姉さんのように…
日中は一般的な学校行事として、レクリエーションが進んでいく。
だが、男子生徒や男性教師たちが、目をぎらつかせている。
私たちの身体を舐め回すように見てくるのだ。本当にこの島の男たちは最低だ。男たちはきっと、この島の全てを知っているのだろう。
私に男性の協力者がいれば…
そんな藁にも縋るような願望を抱いているとき、カメラを構えて私たちを撮影する、テンションは高いが頼りなさそうな男性がいた。
「君たちいいね!可愛いよー!」
この男も島の男だろうか?
けれど、見慣れない顔と服装をしている。島の男じゃない?外から来た人?
でも、どうせこの男も島の男たちから接待を受け、私たち女を食い物にするんだ。きっとそうだ。
私は敵意を持って睨み、男性に言葉をかける。
「ちょっと!何撮ってるのよ!」
「ああ、ごめんね。邪魔するつもりはなかったんだよ。あくまで自然体でいてね~。
その方が写真映えもするから。笑っていた方が可愛いし、綺麗だよ?」
「そんな下手なお世辞を言われても嬉しくないわ!」
「ダメだよ、美鈴ちゃん。あんまり騒いじゃ…」
くっ、騒いだせいか、視線が集まる。
カメラを抱えた男性はニコリと笑い、こちらの状況も知らずに大きな声で騒ぐ。
「いやー、それにしても、田舎だけあって、空気が澄んでいていいね!
祖父も連れて来ればよかったかな?
あ、お嬢さんたち、ちょうどいい。記念に一枚どうかな?
どこか景色のいいところを案内してくれたら、いっぱい撮ってあげるよ?
そうだな、お友達も連れてきなよ。
やっぱり女の子がたくさんいる方が、写真も映えるからさ!ハハッ!」
この男の意図が読めない。けど、写真撮影と言うからには、島民たちも余計なことは出来ないだろう。いいだろう、乗ってやる。せいぜい利用させてもらうわ。私たちの安全のために。
「わかったわ、おじさん。先輩たちも連れてくるから、一緒に来てくれる?」
「お、おじさん?!俺、これでもまだ二十代前半なんだけど…」
「あら、ごめんなさい。でも、私たちからすれば、年上の男性は皆おじさんよ。
お兄さんと呼んでほしければ、私たちにカッコいいところ見せてよね?」
「へえ?それじゃあ、仕事を頑張らないとだ」
「ついてきて、先輩たちのところに行くから」
カメラのおじさんを連れて、私は先輩たちのところに行く。
ちょうど先輩たちが、男子生徒に絡まれているところだった。危ういところだった。
だが、カメラのおじさんはそのことに全く気付いていないのか、
「お!?青春してるかーい!いえーい!」
と、大声を上げてカメラを構えて、写真を撮り始める。
さすがにカメラに映るのはまずいと感じたのか、男子生徒たちは先輩たちから離れていく。
このおじさん、もしかして意図的にやってる?まさかね。
「いやー、青春してるねー!」
そんな意図はなさそうだ。ただ若い男女がいたから、適当なことを言ってるだけだ、これは。
先輩たちは何が何だか分かってなさそうだが、写真を撮ってもらう約束で、このおじさんをボディガード扱いにしようとしていると伝える。
先輩たちはホッとしたように、おじさんを見る。こっちを見てサムズアップするな、おじさん。
私たちはおじさんを案内する振りをして、男たちから逃げ回る。
おじさんが海が見たいというが、ここは島の中心に近い位置だ。車がなければ、移動も困難だ。
直接海に行くか、山を登るかになってしまう。
そう話すとおじさんは、近くにいた島の男に声をかけて、車を貸してもらえないかと交渉をしているようだ。
いいぞ、おじさん!そのまま私たちを島の外に連れ出して!
私は島からの脱出計画を考えて、車の中でおじさんに話をしようとする。
しばらく待って、島の男が用意できたと言って、車を借りたおじさん。
今なら島の男どももいない。外から来たこのおじさんに、話を聞いてもらえるかもしれない!
私は逸る気持ちを抑えながら、車に乗り込む。
車に乗り、しばらく進んだところで、私は意を決して、おじさんにこの島のことを伝えようとする。
しかし、おじさんは私の口の前で指を立てる。
「あ、あのっ…!」
「っと。いやー、この山から海を一望できるなんていいね!
都会じゃ、中々見れない景色だよ!うーん、いつかは田舎でスローライフってのもいいかもね!」
おじさんの視線が車の設備に向く。まさか、盗聴器!?
それに気づいたから、私の言葉を止めたの?このおじさん、何者?
「それで?これから行く場所はどんなところなの?」
おじさんは自然に会話を続ける。私もその意図を汲み、話を合わせて続ける。
「この島の半分になりますが、山から見下ろすことが出来ます。
残念ながら、夕日は反対側なので、沈むところは見れませんが…」
「そっかー。まあ、合宿?の最中みたいだから、夜遅くまで君たちを俺の案内係にするわけにはいかないからねえ。
あ、でも、俺も撮影係として、同じところに泊めてもらうことになってるよ?
夜は宴会もするって言ってたから、今から楽しみだなあ!お酒は飲めないけどね、ハハッ!」
その言葉に私はこの人も島の男どもと同じなのかも、と再度警戒する。
でも、言葉では笑ってるけど、顔は笑ってないことに気付き、この人には何かあるかもしれないと、つい私は期待してしまった。
「ワッハッハッハ!お前たち、飲んでるかー!」
「イエーイ!!」
宿の夕食時になり、男たちが酒を飲み始めた。
宴会騒ぎになり、未成年の男子生徒たちは雰囲気に酔っているようだ。
それはそうだ。この後にお楽しみが待っているのだから、今か今かとソワソワしているのがわかる。
カメラのおじさんは、教員たちから次々と酒を注がれ、酔い潰されようとしている。
すでに顔が真っ赤である。
大丈夫だろうか?飲めないって言っていたけど。
そして、次第に空気が変わっていく。
段々と私たちは、肉食獣がいる檻の中の小動物の気分になってきた。
周囲の男たちの私たちを見る目が、性欲で濁ってきている。
男子生徒たちが立ち上がり、私たちに近づいて来ようとしてる。
私たちもここまでか、と諦めに近い覚悟をしたときだった。
「おーい!昼間の女の子たち!そんな隅っこにいないで、俺に酒を注いでくれよー!ハッハッハ!」
大きな声でおじさんが注目を集め、私たちを呼ぶ。
きっとこれはおじさんなりの助け舟なんだろう。私たちは頷きあい、おじさんの下にそそくさと移動する。途中で男子生徒が腕を掴もうとしたが、おじさんがまた大きな声で呼んでくれる。
「おい!まだかー!男に注がれても酒がまずいんだ!やっぱ女の子じゃないとなー!ハッハッハ!」
本当に助けてくれてるんだよね?ただ酔ってるだけじゃないよね?少し心配になる。
カメラのおじさんは私たちを侍らせて、酒を注がせる。
時に男たちが私たちの誰かを引き寄せようとしても、その前におじさんが私たちを引っ張って、男たちの魔の手から助けてくれる。ただ、ちょっと身体を触られるのは嫌かな。
でも、このおじさんになら…
って、何考えてるの、私!?ダメよ、それじゃあ結局一緒じゃない!
私はこの島から出て、助けを呼ぶの。そして、あのお姉さんを助けるんだ!!
夜もだいぶ更けてきた。酔いが回ってきたのか、おじさんが船をこぎ始めた。
男たちも好機と捉えたのか、休んではどうかとおじさんを寝かせようとする。
だが、おじさんは「まだ飲むぞ~」とか「君の膝枕で寝たいな~」なんて言いながら、私たちに絡んでくる。ちょっと鬱陶しい。このおじさん、本当に大丈夫かなと心配になってくる。
と、ここで、宿の支配人らしき男が来て、男を部屋に案内する。
「お客人、部屋に布団を用意しました。そちらでゆっくりとお休みください」
「お前たち、その方を一緒に連れて行きなさい。…その後は、分かっているな?ヒヒッ」
「…わかりました」
私たちはもうダメだと諦め、最後にと思い、このおじさんに肩を貸して運ぼうとする。
そのとき、おじさんがハッキリした声で、だけど、周囲には聞こえない声量で私にこう言った。
「少しの間、我慢してくれ」
そう、言ってくれたのだ。とても安心させてくれる声だった。
私はその言葉を信じて、周りに悟られないようにおじさんを部屋に運んでいった。
私たちはおじさんを部屋に運び、布団に寝かせた。
信じたい気持ちもある。でも、今は寝息を立てているおじさん。
本当にこのおじさんに期待してもいいのだろうか。
「美鈴ちゃん、そろそろ行かないと…」
久美に呼ばれて、私は諦めに近い言葉でおじさんにこう言い残した。
「期待はしていないわ、おやすみなさい」
そう言って、私は部屋を後にして、女生徒全員で宴会場に戻った。
「…ふう。まったく、厄介な仕事だ」
彼女たちが去った静かな部屋に、落ち着いたその男の声はやけに響いた。
「ようやく邪魔者も消えた。さあ、ここからが本番だ。お前たち、まずは服を脱ぎなさい」
「せんせー、島長の息子の俺が最初に味見できるんだよなー?」
「ああ、悔しいが、それくらいは目を瞑ろう。どうせ同じことだからな、ヒヒッ」
「やったぜ!おら、早く脱げよ?さっさと俺を楽しませろ。
そうすれば、少しは優しくしてやってもいいぜ?ヒャハッハッハ!」
「…っく」
男たちのいやらしい視線に、身体中が舐め回されてるようだ。気持ち悪い。吐き気がする。
私たちは視線を交わし、誰が最初に脱ぐのかを押し付け合う。
「俺はいいんだぜえ、別にぃ?俺が脱がせてやってもなあ?ヒャハッハッハ!
まあ、そんときは優しくしてもらえるなんて思うなよな?」
あの男の睨みで「ひっ!」と声を漏らした久美。
「そうだな?お前たちで誰が脱ぐか決められないなら、俺が決めてやるよ。
今声をあげた奴、お前が脱げ」
「…ゃ」
「あぁん?さっさと脱げよ!このノロマが!!」
男が我慢できず、久美に近づき、その服を無理やり剥ぎ取ろうとする。
私は久美を庇うために、声を荒げる。
「やめろ!私が先に脱ぐから!」
「お?なんだあ?女同士の友情って奴か?泣かせるねえ。
お礼にお前も鳴かせてやるよ、いい声で鳴いてくれよ?ヒャハッハッハ!」
私は羞恥に苛まれながら、服に手をかける。
そして、男たちが望んだ下着姿になる。
いやらしい視線が胸に、尻にと突き刺さる。
「ハハッ!いい身体つきしてるじゃねーか!存分に楽しめそうだぜ。
おら、さっさとこっちに来い。もう待ちきれねーんだよ」
「…」
「ん、どうした?何をしてる。痛い目に遭いたいのか?
それはそれで面白いがな、ヒャハッハッハ!」
私はどうして、こんな奴らの言いなりになって、下着姿になってるんだ…
もうこれくらい我慢すればいいよね?早く来てよ、おじさん!
私は我慢が出来なくなって、大きな声をあげる。
「…助けてくれるなら、早く来てよ!」
声をあげた瞬間、室内の照明がバンッと音を立てて落ちる。
部屋の中が一気に暗闇に包まれる。
私が辺りをキョロキョロと見まわしていると、私の肩に柔らかい布がかけられる。
そして、低い男性の声で、
「すまない、少し遅れた」
部屋の明かりがすぐに戻る。
そこには、カメラのおじさんがいた。服装は昼間に見たときよりも動きやすい格好だ。
全身黒づくめで怪しさがあるが、今は頼りがいのある背中を見せてくれる。
「お前は寝たはずじゃなかったのか!」
「はっ、あの程度の薬で俺が眠ると思わないことだな。肉食獣用の睡眠薬を持ってくるんだな」
「お前ら、女を逃がすな!男は殺してもいい!」
「おーおー、揃いも揃って、なんて物騒なもんを。それ、当たったら痺れるで済まないだろ」
男たちはスタンロッド、所謂警棒型のスタンガンを構えて、私たちを囲む。
「そうだぜ?これは特注品でな?普通のスタンガンなんかを軽く超える電流が流れるぜ?」
「ふう。そんな玩具をぶらつかせて、イキがってたら格好悪いぞ?もっとスマートにいこうぜ?」
「言ってろ、お前らやっちまえ!」
『おお!』
一斉におじさんに向かってスタンロッドを振り下ろしてくる男たち。
でも、おじさんはそれを軽くいなして、男たちの顎に掌底を入れていく。
囲まれているのに、次々と男たちが倒れていく。
すごい!このおじさん、本当に何者?!
でも、安心はまだ出来なかった。
周囲の人数が少なくなってきたところで、標的が変わった。
「くそっ、仕方ねえ!先に女を確保しろ!男は後回しだ!!」
『おお!』
「ったく、痛いとこをついてくるね。お前たち、逃げるぞ!出口に向かって、走れ!」
おじさんが何かのキーを久美に投げ、慌てて久美がキャッチする。
みんなが走る中、私は一人出遅れてしまった。
そんな私をおじさんが後ろから、抱き上げてくれる。お姫様抱っこの形だ。
昼間は気づかなかったけど、かなり逞しい腕。それに安定感もある。
やだ、こんな状況なのに、私、ドキドキしてる…
そんな私たちに後ろから迫ってくる男たち。
スタンロッドを振り下ろすのが、私には見えた。おじさんは私を庇うように背中を向ける。
「っぐ!」
「おじさん!!」
「大丈夫だ!止まるな!外に黒い車がある!そこまで走れっ!!」
『わかりました!!』
「逃がすな、追え!」
「そんなセリフ、今どき時代劇でも言わないってーのっ!おらあっ、そこをどけえ!」
おじさんは私を抱きかかえながら、邪魔する男たちを蹴り飛ばし、目標の車までたどり着いた。
その姿に私は目を輝かせていた。素直にカッコいいと思ってしまったんだ。
だけど、久美が大声で問題が起こったことを告げる。
「おじさん!車のキーが何かに邪魔されて入らない!!」
「っち!」
「ヒャハッハッハ!もう終わりだなあ!諦めな!!」
「ったく、これだけは使いたくなかったんだが…」
「ん、どうした?怖くて声も出ないか?」
おじさんがお腹に力を入れ、大声で誰かを呼ぶ。
「セバス!エミリー!ナタリー!あとを頼む!!」
『承知!!』
そこに現れたのは燕尾服、執事と言った方が分かりやすい初老のおじさんと若いメイドが二人。
「エミリー、ナタリー。まずは若と子供たちをお願いします。私がこちらを受け持ちます」
「わかりました、セバス」
「若、怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。彼女たちを先に安全な場所に頼む」
執事のおじさんがメイドさんたちに指示を出して、男たちに向かって、トンファーって言うんだっけ?を構えて、ゆっくりと歩いていく。
おじさんはおじさんで、メイドさんたちに嘘をつくから、私はとっさに声をあげてしまう。
「おじさん、さっき背中を殴られたじゃない!?絶対大丈夫じゃないよっ!」
「あ、こらっ」
「若?嘘はいけませんよ?あとから重症になっても問題です。脱いでください」
「おいこら、やめろ!」
「!?」
おじさんが上半身裸にされる。普通なら目を逸らす場面なのだが、私はあまりの光景に目が釘付けになってしまった。
なぜなら、おじさんの身体におびただしい数の傷跡がいくつも残っていたから。
「おじさん、その傷…」
「ああ、これな?昔、ちょっとな?」
「誰です?若に傷をつけたのは…?地獄の責め苦の後に、大旦那様に処分してもらいましょうか」
「エミリー、こちらはいいわ。
救援も来たみたいだから、治療と安全確保は任せて。あなたは私の分もお願い」
「わかったわ、ナタリー。任せて。死んだ方がマシな目に合わせてくるわ」
「ええ、お願い」
「お、おい。あまり手荒に、…はしてもいいか、あんな奴ら」
「ええ、そうです。あのような輩よりも若です。若にこれ以上、余計な傷跡が残っては困ります」
「ナタリーさんや。傷は男の勲章とも言うだろ?
今回は特に女の子を守って出来た傷だ。誇ってもいいさ」
「ダメです。我々はもうこれ以上、若に傷ついてほしくないのですから。ご自愛くださいませ」
「…いつもすまないな」
「もったいなきお言葉」
おじさんの傷跡を見てフリーズしてたけど、さっきからのやり取り。
それと、執事さんとメイドさんを連れてるってことは、この人。
もしかして、やんごとなき人なのかな。
なんでだろう、悲しいな。
私が失恋で気落ちしていると、それを見逃さないようにメイドさんと目が合う。
まるで咎めるような視線を向けられる。
「やめろ、ナタリー。彼女に非はない」
「ですが…」
「彼女たちはみんな被害者だ。この島にいる、女性全てが。もう救出には動いてるんだろ?」
「はい。すでに7割が移送されています」
「お爺様には感謝しておかないとな。流石に今回はちょっと大規模だったからな」
「ですが、若自らが身体を張る必要はなかったはずですよ?」
「昔のお前たちのように、俺は困っている彼女たちを見過ごせなかっただけだ。許せ」
「それで若が傷ついていれば、救われた私たちが悲しむことを忘れないでくださいませ」
そうか。私は助けられたけど、私は彼が傷ついて悲しいんだ。
失恋で落ち込んでいる場合じゃない。私はこの地獄から救われたんだ。
私の残りの人生をあの傷の治療費として、この人に捧げよう。
私の目に決意の光が灯る。
何かを察したメイドさんが、先ほどとは違った視線を向ける。
覚悟はあるか?と問いかけているようだ。
私は彼のそばにいよう。例え、恋人じゃなくても。付き人でもいいんだ。
その後、事件は世間に大々的に取り上げられた。
世間を震撼させるほどの大事件となった。
私たち被害者には一切取材は来ない。彼が所属する企業の力だ。
私は今、普通の高校生として学校に通っている。
住まいは寮を利用している。
だが、週末は彼のお屋敷で修業をしている。
私はあのメイド、ナタリーさんの下で日々、医療や健康面のことを学んでいる。
彼、「若様」を慕うメイドの一人として。
そんなある日、若様から声をかけられ、部屋に呼び出された。
私は少しドキドキしながらも、落ち着いて部屋をノックする。
部屋の中には車椅子に座った女性がいた。
私は目尻に涙が溜まるのを堪えられなかった。
あのお姉さんが今、私の前にいるのだから。彼が、若様が私をお姉さんに再び会わせてくれた。
「美鈴、今まで苦労をかけたわね。ありがとう。あなたのおかげで、私はあの地獄から救われたわ」
「この間の検査でわかったことなんだが、君たちは血縁関係にある」
「え?」
若様が衝撃の事実を突然言う。
「つまり、彼女は君のお母さんだよ」
「私の、おかあ、さん」
「ごめんね。伝えることが出来ず、最後まで守ることが出来ず、あなたに運命を托してしまって…」
「おかあ、さん。おかあさん。お母さん!うわああああん!!」
「いいのですか?彼女は優秀でしたのに?」
「人材はいくらでもいるだろ、ナタリー?せめて、残りの時間は母親とゆっくり過ごさせてやれ」
「はあ。いいですけど、きっと彼女はこのまま残ると思いますよ?」
「どうしてだ?」
「女の勘です」
「?よくわからん」
私の想い人であり、主人の若様は痛みを知るからこそ、人に優しく、手を差し伸べてくれる。
私はそんな若様が大好きだ。
これからも誠心誠意お仕えさせていただきます。
辞める気はこれっぽっちもありません。後悔もありません。
あの日見た若様の傷が、少しでも癒されるように、お側にいさせてください。
本当はもうちょっと思いついたネタがあったけど、端折りました。
長くなり過ぎたので…