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コンコン。
その日の夜。私はノアの部屋の扉をノックした。
宿泊所の部屋は一緒なのだが、寝床は壁と扉を隔てて別れている。部屋の共有スペースで入れたハチミツティーを持ってノアを訪ねた。
ほどなくして、扉が開かれると少し眠そうなノアが出てきた。
「あ、ごめん。寝てた?」
「いえ。まだ。少し考えごとをしてました」
「そう。良かったらお茶入れたんだけど飲む?」
そう言ってマグカップを差し出せば、ノアが部屋から出てきてありがとうございますと言ってカップを受け取った。二人で部屋の共有スペースに置いてある椅子に腰掛ける。夜だと言うのにお祭目前のせいか、外は賑やかだ。
「考えごと、聞いてもいい?」
「貴女に誤魔化しは通用しませんね。……赤い髪の男について、考えていました」
「そう」
「昔の知り合いに、特徴が似ていて。戸惑っています。ですが、そんなはずはありません」
「うん」
「なんだろうって考えてました」
ノアの知り合いに似ている。本人である可能性はあるのだろうか。魔術?いや、そんな魔術があれば話題に挙がるはずだ。ならやはり別人と思っていいのだろう。
「ノアはその人に会いたいの?」
「……友人でした。出来たらもう一度会って話がしたいです」
「そっか。その人が、ノアの友達だといいな」
それならノアの話したいという願いも叶えられて、私の魔術も解いてくれそうだ。何故こんな事したのかは分からないけど、ノアの友達ならきっと何か大事な意味があってこうしたのだろう。
「シィナ」
名前を呼ばれて手を伸ばされる。それを思わず避ければ、ノアの手がピタリと止まった。そうです、触れたら火傷しますよ。
「本当に厄介な魔術ですね」
「役立つ魔術って言ってなかった?」
「ええ。ですが、確かめたい時に確かめられないのはとても歯痒いです」
何を確かめるというのだろうか。ノアの目が眠そうに下がってきてる。眠くて自分が何を言いたいのか纏まっていないのだろうか。
「ノアー?眠いの?寝る?」
「そうですね……寝ます」
そう言って私の長い髪の一房をノアの手が攫った。やばい、と思ったのにあのバチィって音はしなくて。そのままノアの唇へと持っていかれる。
「おやすみなさい、シィナ」
ノアは扉の向こうへと消えていった。
色々なことに驚いてはいるけど、とりあえず髪の毛は魔術師に触られても大丈夫らしい。