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「シィナ」
待ち合わせ場所に行くとノアはすでに来ていた。その顔を見てホッとする。
あぁ……良かった。
そう思った事実に背筋が震えた。私がいかにさっきの人に恐怖を抱いていたのかが分かる。
かけられたおまじないはよく分からないがノアに聞けば分かるだろうか。呪いの類ではないと良いけど。
それにしても通りすがりの女性に何してくれてんだ、あの赤い髪よ。
ノアの傍まで近付くと、彼は不思議そうな顔をして私の顔を覗き込む。少し長い前髪が、ノアの瞳を隠した。
「どうしました?何かありました?」
「うーん。あったと言えばあったのだけど」
「何が……というか、なんです?これ」
そう言って私に手を伸ばして額に触れようとしたその時。
バチっと何かがノアの手を弾いた。
「え?」
「痛っ」
ノアが顔をしかめて自分の手を見る。見れば指先が赤くなっていた。
「ノアっ、手が」
「大丈夫です。すぐに冷やしてますから。それにしても、これは」
「さっき変な赤い髪の男性に魔除けをされたんだけど」
「魔除け?あぁ、なるほど。そういうことか」
額を見せて下さいと言われて、私は自分の額をノアに見せる。自分では見えないのだが、ノアはじーっと見つめた後に短くため息をついてこう言った。
「魔除け、つまり魔術師避けの魔術が貴女に施されています」
「魔術師避け?」
「本来なら、戦闘とか諜報員とかが魔術師の攻撃を受けないために施されるものです。魔術の力を持つ者が貴女に触れると弾かれ、火傷を負います」
「こわ」
「本当なら役に立つものですよ。俺達には必要ないものですが」
「これ、解けないの?」
これではうっかりノアにぶつかったりしたら大変じゃないか。指先をちらりと見ると、自分で冷やしているそうだが痛そうだ。
「俺では解けません。それを施した奴に聞かなければ」
「じゃあまだいるかも。私ちょっと行ってくる」
「待っ、ーー!」
うっかりノアが私の手首を掴んでしまって、すぐにぱっと離される。手のひらを握りしめながら、待って下さいと言われた。
「俺も行きますから。こんな事をする奴です。何をされるか分からない」
「それは……たしかに」
「歩きながらで構いません。その魔術師とやらの特徴を教えてもらっても?」
私達は歩を進めながらノアにその魔術師の特徴を伝えた。髪が赤くて、長くて、腕に腕章をしていて……そうだ。口元に二つ、ほくろがあったと言うとノアが眉間に皺を寄せた。
「その男、名前は名乗っていなかったのですか?」
「名乗ってなかったよ。もしかして知り合い?」
「いえ……違うはず、です」
それもそうだ。もしノアの知り合いだとしたら、それこそおじいちゃんのはずだ。あの男は若かった。ノアより少し年上に見えたが、そんな歳には見えなかった。
ーーさっきの場所に戻ってきたが、あの目立つ赤い髪の男は見当たらなかった。
「いないね」
「金の腕章ということは王宮の者です。祭の間はこの辺りを見回っていることでしょう」
ノアは顎に手を当てて少し考え、そして。
「そのままで気持ち悪いかとは思いますが、今日のところは食事をして引き上げましょう。明日、商売をしながら情報収集も出来ますし」
「うん……そうだね」
このままで良くはないが、この広い首都を探し回るには効率が悪すぎる。
私はノアの提案通り今日のところは諦めることにした。あとはうっかりノアに触ったりぶつかったりしなければ良い。他の魔術師然り。