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そうしてこの一ヶ月、刈り取りを繰り返した結果、見事目標の二百五十個に達成したのである。しかしこれ以上は採取出来なかったので、必要とあれば長期間納品するとデバクァイの調剤師に申し出た。が。
「お気持ち、ありがたく頂戴します。ですが充分です」
「そうなのですか?」
「はい。思った以上に挿し芽……草の増殖に成功いたしまして。ご依頼した分でどうにか間に合わせられるかと」
「あら……それは良かった。病の方も問題なく?」
「まだ流行ってはいますが、だいぶ対処法が整ってきましたので。今回は本当にありがとうございます」
「お役に立てたなら良かったです。しかし、魔術石は本当にいらないのですか?」
「ええ。それは貴重な材料。魔術石の活用方法を教えていただけただけで充分です」
なんと謙虚な。それなら余った分は、私の私物にすることにする。いやなに……ちょっと欲しかったからちょうど良かった。なんて、ノアに言ったらまた睨まれそうだ。
「シィナ殿。もし、デバクァイ領に来ることがありましたらぜひお声かけ下さい。貴女ならいつでも大歓迎です」
「ありがとうございます。いずれ伺わせてもらいます」
「ええ。それとこちらが今回の謝礼です」
どさりと皮袋に入った貨幣を渡される。おぉ……重い。ちらりと中を見てみると、金貨が何枚か混じっていた。
「少し……多いような」
「気持ちですよ。商売は何事も信頼が命です。貴女は信頼に値する仕事をした。これはその表れです」
ほっほっ、と。
独特な笑いをしながら、彼は立ち上がった。私とノアは彼にぺこりと頭を下げて店の玄関まで見送る。
彼も軽く会釈をして帰路についた。
これで大きな依頼は終了した。
しばらくはのんびりと店内業務だけに集中したいなーなんて思っていたら、コトリ、とカウンターにティーカップが置かれた。
「ありがとうノア」
「お疲れのようですね。大丈夫ですか?」
「うん。緊張の糸が切れた……みたいな?ノアもお疲れ様」
「ありがとうございます。ところでシィナ。俺との約束……覚えてますか?」
約束?と首を傾げる。そして、ああそうだと思い出した。そうだ。
「お願いごとだっけ。なにか」
あるの?と続けようとしたら、ノアが間髪入れずに答えてきた。
「シィナの時間を下さい」
「……え?」
「ああ、すみません。抽象的過ぎました。えー……貴女に保護してもらってから二ヶ月ちょっと経ちます。そろそろ邪魔にならぬよう、出ていかなくてはと思ってました」
ですが、と続ける。
「もう少し、貴女と共にいたいと思って……」
そう言いながら、自分の顔が熱くなるのを感じる。うわぁ……イケメン、口説き文句みたい。私はノアをうちに住まわせると決めてから出て行って欲しいと思った事はない。むしろ、私の助手的な立場でよく働いてくれている。とても頼もしい存在だ。
「私は構わないし、むしろ大歓迎だけど。ノアはいいの?うちで」
「はい。シィナと共にいると、知らないことが沢山あるので。良い勉強になります」
「そ、そうかな……えへへ。じゃあ、ノアの気が済むまで一緒にいよう」
そう言うとノアは視線を少し下げて、彷徨わせてから私と目を合わせた。
その表情はこの出会った時間の中で一番の穏やかな表情だった。