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「ノットベイは魔獣なので魔術が弱点ですよ」
唐突にノアが口を開いた。
「あれは昔からいる魔獣です。毛はフカフカなので、俺の知り合いがよく皮を剥ぎたがってました」
「皮を剥ぐ……痛そう」
「はい。ですがあの毛皮、外套にはもってこいなんです」
「でも私が欲しいのは皮じゃなくて魔術石だから」
「分かってますよ。背中の皮をちょっと剥ぐくらいですね」
やっぱり皮は剥ぐのか。
魔術石はノットベイの背中にある。フカフカの背中に埋もれるようにしてあるのだ。取っても奴らの命が奪われるわけではないが、奴らにしてみたら痛いし嫌だろう。だが申し訳ないがいただこうと思ってます。はい。
「でも私、魔術は使えないから、この痺れ草でどうにか」
「大丈夫ですよ」
珍しく、目元が優しそうに細まる。
「俺がやりますから」
「俺がやります……って。魔術使えるの?」
「心得てますよ。ほら魔女のしもべだったわけですし」
「え!?」
待て待て待て。私はそんなの初耳だぞ。
呪いだって聞いてたから、私はてっきり、うっかり捕まったものだとばかり……。
じゃあ、ノアは何で魔女のしもべなのにあんな所で氷漬けになっていたの?
「貴方……本当に、魔女の呪いにかかっていたの?」
「はい。かかっていましたよ。でも氷の魔女が俺の主だったのも間違いないです」
「だからって」
「俺にやらせて下さい。久しぶりに魔術、使えるか確認したいんです」
そう言われたら頷くしかないじゃないか。私が頷くとノアはありがとうございますと言って、私に自分の身につけていた外套を頭からかぶせる。
「ぶはっ」
「寒くなりますからね。着てて下さい」
ノットベイの巣は枯れ枝が山のように積まれている。そこに何匹かのノットベイがいて、目印となる。
『ここが縄張りだ、近づくな』と言っているのであろう。
目の前に枯れ枝の山が広がる。
ひぃ、ふぅ、みぃ。よ……。
「四匹かぁ……」
「ええ。では行ってきます」
そう言ってノアが一歩踏み出すと、ノットベイがこちらを振り向く。私は木の陰に隠れているがノアは丸見えだ。案の定、奴らはノアに警戒心を高めている。と、同時に頬を冷たい風が撫ぜた。
冷気が吹く。周囲の温度が一気に下がった気がした。ノアの足元が白くなっていく。あれは……。
「霜が張っているんだ……」
ノアが手をノットベイに手を差し出すと、みるみるうちに奴らが凍っていく。鳴き声が聞こえ、その鳴いている口さえも氷が塞いでいく。背中のフカフカの部分だけを残して、ノットベイの体が凍ってしまった。
「これが、氷の魔術」
「シィナ。こちらに来てください」
そう言われて彼らに近付く。おお……ノットベイをこんなに近くで見たの初めてだ。
「皮を剥がなくても簡単に取れましたよ」
「ほおぉ」
「案外背中に埋まっている魔術石はぽろぽろ取れるみたいですね。こいつらの垢みたいなものでしょう」
「垢……」
「くまなく探したら、もしかしたらどこかに落ちてるかもしれませんね」
「でもこんなに大きいのは見た事ない。やっぱり直接採取して正解だったね」
「はい。ではこれはシィナに渡しておきます」
お礼を言って受け取る。魔術石……本物だ。これでクレメンソールの成長が促せる。
ちらりとノアを見上げると涼しい顔をしていた。こんなに寒いのに大丈夫だろうか。私は被された外套を脱ごうとすると、それをノアの手で止められる。
「そのまま着てて下さい」
「でも寒いでしょ?」
「そんなには。人より寒さは強いんですよ。氷の魔術を使う者は、そうなってるんです」
「そうなの?」
「はい。なので貴女が着てて下さい」
そう言われたので大人しく外套を着ておくことにした。
その後、離れた場所からノアがノットベイの氷を溶かしていた。魔術で出来た氷は自由意志で溶かすことが出来るらしい。
そして私はクレメンソールの生える土地に、魔術石を埋め込んだ。これが一番よく効くのだ。石から流れる力が大地に流れ、根に伝わり花や草に伝わる。ここの土地はクレメンソールだけではなく、やがて豊かな土地となるだろう。
「このような魔術石の使い方、初めて知りました」
「ノアは昔の人?なんだっけ?昔は魔術石って武器ばかりに使われていたみたいだからね」
「……はい」
「魔術石を見つけるとたまーにこうするの。土壌も良くなるしね」
「良いことです」
そう言ったノアの顔が優しく、柔らかい表情をしていたので私も嬉しくなった。