僕の女神(中)
まず僕らは、巨大な屑鉄と化した揚陸艦の積荷を漁る事から始めた。弾薬を補給しないとマトモに戦える状態では無かったからだ。
補給物資の収まったコンテナを降ろすため、06が揚陸艦の予備制御系へと接続を試みている。このタイプの船は艦載AIによって運用されるため、クルーは基本的に乗艦しない。外からコンテナを降ろしてくれと喚いても無駄なのである。もし制御系への接続が不可能となると、僕らは開かないハッチに屈して丸腰で戦う羽目になる。
幸運な事に、その心配は杞憂だった。やがて両舷に並ぶ十六個のハッチのうち二つが開き、中から八メートル四方のコンテナがせり出してきた。僕はきつく握っていた手を緩めて長い息を吐く。他の隊員からも安堵の感情が伝わってくる。
『ペイロードP8、S8のアンロード完了。弾薬と火器が積載されている。各自補給作業を開始されたし』
「お手柄だな。他に使えそうな積荷はないか?」
『ない』
06のあまりに手厳しい対応に面食らう。いつもなら何も言わずに積荷の情報を送ってくれるだろう。見かねた少尉殿が助け舟を寄越してくれる。
『積荷の一覧をくれ。今はどんな物でも使いたい』
『……了解した』
弾薬の補給を続ける傍ら、僕は06が送ってきた情報に意識を走らせる。雑多な補給物資の他に、XAー213という開発コードの実験機が一機。そして、その子機と思しき中型の無人機が三十二機も搭載されている。
『よく分からん実験機に、三十二機の無人機?前線をゴミ捨て場と勘違いしている節があるな……06、コンテナを全て降ろしてくれ。取り敢えず検分する』
『その必要を認めない。補給を急ぐべき』
06が少尉殿に抗命するなど初めての事だ。驚きのあまり、僕は作業の手を止めてしまった。
06のような情報管制担当員は、通常の戦闘員とは異なり情報処理に特化して遺伝子設計されている。彼女らの体は情報戦仕様A3の特に狭いコクピットにも納まるように、身長百三十センチ程度で成長を止められている。その幼い声は感情の起伏が乏しく、淡々と命令に従う様子はまるで機械のようだと常々思っていた。
そんな彼女が必死さを漂わせながら上官に反抗している。これまでの姿からは想像もできなかった光景だった。
『もう一度言う。06、全てのコンテナを降ろせ』
断固とした命令に逆らえず、06は無言で全てのハッチを解放した。艦の両舷からコンテナが運び出され、次々と地面に降ろされていく。そのうちの一つに、XAー213が格納されていた。八本足を持つ異形の機体は黒く塗装され、そこかしこに上下に向かい合った赤い三角形のマークが描き込まれている。
『少尉、それに触れてはダメだ』
06の制止も虚しく、少尉殿はXAー213との接続を確立してしまっていた。
『なんだコイツ、私と06が既に搭乗者登録されているんだが……06、コレが何なのか知っているんだろ。説明してくれ』
少尉殿に命じられ、06は無念さを滲ませながら言葉を押し出し始めた。
『……これは海軍兵装研究局が開発している、複数の子機の同時制御を目的とした実験機だ。XAー21系列の四番目に製造された機体で、三十二機の子機の同時制御を目標に設計されている』
僕は耳を疑った。
三十二機の子機を操りながら戦う。そんな芸当ができる操縦者など存在しない。仮にそんな奴がいるなら、そいつはたった一人で一個中隊を率いる事が可能な正真正銘のワンマンアーミーである。実際のところは一機も扱えないという者が大多数だ。ならば僕に考えられることは一つしかない。
「06、この子機にはAIが搭載されているのか?」
もしそうだとしたら、この三十二機は全部ガラクタだ。僕らの敵は人工知能を起源に持つ『情報生命体』であり、AI搭載の兵器は彼らに行動を先読みされて全く歯が立たない。AIを搭載しても問題が生じないのは、シミュレートされようがされまいが結果の変わらない艦船や輸送機などに限られる。
だが、この推測は間違っていたようだ。
『いいや、AIによる制御とは違う。この機体が多数の子機を制御できるのは、これに十六基の特別な副脳が搭載されているからだ』
十六基。
僕は黒い機体へと目を向ける。それが本当ならば、これだけ大柄な機体になるのも理解できる。
『十六基の副脳は、操縦者の脳神経マップを転写するために搭載されている。要するに操縦者の脳を十六個コピーして、十六個の脳で三十二機の子機を制御しようという暴力的なコンセプトだ。しかし転写プロセスに適合する者が稀である事、また操縦者が大小様々な脳損傷を受けるという深刻な問題があるため、計画は停滞気味だったと記憶している』
「……聞いたこともない話だ。お前も関わっていたのか?」
『数ヶ月ほどの短期間だけ。私の場合は搭乗試験の直前でこの小隊に転属になった。同時に参加していた同郷の仲間二人は、私より先に試験を受けて脳に損傷を負い、廃棄処分になった』
しばらくの間、誰もが口を閉ざした。弾薬がロードされる音だけが機内に響く。
『……制御する子機の数を減らせば危険性を軽減できるか?』
『相関関係はあると思う。だけどこの危険性の本質は、脳を複製するというプロセスそのものにある。十六人の自分自身と精神的に接続される事を想像してみてほしい。あるいは、気がつくと機械の中にコピーされていた自分がどう感じるのかを。一つの脳から全ての脳が連鎖的に発狂してしまう危険が常にあるんだ。もしそうなれば、接続している操縦者の脳神経に深刻な損傷が生じる事態は避けられない』
『……なるほど、何となく分かった。なかなかに悪趣味な代物だなコレは。で、実際のところコイツの戦闘能力はどれ程なんだ?さすがに上の連中も、こんな欠陥だらけのガラクタに理由なく執着したりせんだろう』
『…………』
06は口を閉ざした。長く沈黙が続く。
ちょうどその間に、僕ら全員の弾薬補給が完了した。あとは覚悟を決めて戦うのみだ。
『06、答えてくれ。仲間の命がかかっている』
『……私の知る範囲では、三百秒程度、戦闘を継続できた事例があった。その時は三個小隊を相手に勝利判定を記録している』
『そうか、わかった』
僕の視界に、跪く少尉殿のA3が映る。
「少尉殿!!」
『軍曹、もう敵は目の前だ。貴様に指揮を任せる』
『ダメだ少尉、貴方が乗るというなら私が乗る!!』
地上に降りた少尉殿は足を止め、06の機体を見上げた。
嵐の中で立つ彼女の顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいる。
『バカを抜かせ。お前にそんな事させる訳がないだろ』